07 強くて凄い人。
3人称。
ソーヤ。
――ルカゼは強い人かもしれない。
ソーヤは、ルカゼをただの教育係だと思っていた。子どもの相手をする、したっぱのしたっぱ。
今日の昼にアマンの群れが街に侵入し、襲撃をされた時も、真っ先に駆けつけないルカゼを責めようとした。
仲間にソーヤ達を預けて、全速力で一人向かったルカゼが気になり、皆で追いかけると見たのだ。
詠唱をしながら、襲いかかるアマンを斬り倒していたルカゼ。
自分達とそう年齢が変わらない女の子を抱き締め、最後の呪文を唱えた途端、雷鳴が轟いた。
目が眩むような光が、その場にいたアマン達だけを貫き、黒焦げにする。
圧巻な魔法だった。
ソーヤ達は食い入るように、魔法を発動したルカゼを見た。
揺らめく度にダークレッドに艶めく黒髪。深紅の強い眼差し。
ルカゼは周りを見回してから、声を上げて指示を言い渡す。住人達はお礼を言いながら、手を貸し合っていた。
そのあと、初めて魔法を使ってアマンを倒した。初めての勝利。ルカゼのおかげだ。
戦っていたルカゼの姿が、頭から離れない。
午後の訓練が終わったあとから、ソーヤはじっとルカゼの観察をした。
ナノンとリクノは、入浴後疲れ果てて寝てしまっている。
午後からのルカゼは、いつも通り。よく頭を撫でてきて、へらへらしている。
廊下を一人で歩くルカゼを廊下の柱に隠れながら追っていくと、男二人がルカゼを引き留めた。
一番若い部隊長のハルバ。
癖の強い黒髪の持ち主で、俗に言うイケメンだ。
もう一人も部隊長。ヴェルカン。
スキンヘッドに無精髭。筋肉で丸い体型。40代に突入したベテラン隊員だ。
「ルカゼやい。今日はわしの留守中に活躍したそうじゃな」
「いえいえ。隊長達の指導の賜物です」
「まっ、ハルバが未熟だから、ルカゼがしっかりしてるのかもな!」
ヴェルカンが豪快に笑いながら、バシバシとルカゼの背中を叩く。
「んだと? オッサン」
「ハン! 貴様みたいなヒヨッコでは頼りない。ルカゼやい。さっさとわしの部隊に移れ、可愛がってやる」
「ルカゼはやらねーって何べん言ったらわかるんだ! 歳で物忘れ激しいのか?」
「なんだと!? ヒヨッコめ!」
「ちょっ……お二人とも、もうお酒を飲んできたんですか?」
喧嘩腰の部隊長二人は、もう夕食時にアルコールを摂取している。
取り合いになり、ルカゼは肩を竦めつつも宥めた。
「ルカゼはどっちがいい!?」
「そうだ、ルカゼが選べ!」
「えぇー? んー、私はハルバ隊長の部隊のままでいいです」
「世話になった恩を感じる必要はないぞ、ルカゼ!」
「そうじゃなくて、お2人とも尊敬しています。慣れ親しんだ部隊の方が仕事がしやすいですよ。部隊不足の今、好ましくないかと」
ほろ酔い上司に、笑顔で対応。
「ルカゼ、はっきり言ってやれよ。オレが好きだから、オッサンの部隊は嫌だって」
「いえ、正直ヴェルカン隊長の指揮や指導を見てみたいですが」
「なに!? 浮気かルカゼ! 3年可愛がったオレを裏切る気か!?」
「だから、ハルバ隊長の部隊のままがいいと」
ハルバにもみくちゃにされていれば、ルカゼの腕をヴェルカンが掴んだ。
「よし、わしの部隊に来い!」
「だから、ルカゼはオレの部下だ!」
「ヒヨッコが!」
「肉だるまが!」
「落ち着いてくださいよ、おふっ、たりとも!」
綱引き状態となり、ルカゼはなんとか宥めようとする。
「どうかしました?」
そこで廊下を歩いて来たのは、ニアだ。
「あー、ニアさん」
「このオッサンがルカゼを奪おうとするんだ!」
「このヒヨッコではルカゼが可哀想だ!!」
「……隊長達が、いつものように戯れているだけですよ」
髪が乱れたまま、ルカゼはニアに笑ってみせる。
普段からハルバとヴェルカンは仲が良く、こんなやり取りは慣れているのだ。
「……」
ニアはルカゼに微笑みを返すと、髪を整えてやってから、両手で耳を塞いだ。
「ん? なんです、ニアさん」と、ルカゼはきょとんとした。
「いい大人なんですから、可愛い後輩の手を煩わせないでください。隊長方」
ニアは微笑みを保ったまま、2人に向かって冷たく言い放つ。
「知っての通り、ルカゼさんは本日活躍をしました。3人の訓練生の世話と教育をしつつ、現場でも働いているこの子を労ったらどうなんです? 隊長方」
「っ……」
威圧的な物言いに、ハルバもヴェルカンも身を引いた。
「ん? どうしました?」
全く聞こえなかったルカゼは、解放されて3人の顔を交互に見る。
「隊長達の相手は私がやりますので、ルカゼさんは食堂へ。料理長達がお呼びです」
「あ、そうですか。ありがとうございます。じゃあ失礼しますね、隊長」
「お、おう……」
ニアに背中を押され、軽く頭を下げるとルカゼは食堂に向かった。
一部始終を見ていたソーヤは、こっそりと追いかける。
食堂では隊員達は食事を終え、料理人達の食事の時間になりテーブルを囲っていた。
「ほら、ルカゼちゃん! おいでおいで」
「今日はルカゼちゃんが頑張ってくれたんだって?」
「腕を噛まれたお兄ちゃんは、お隣さんの長男でね、お礼に好物持ってきてくれたよ。ほら食べて食べて」
「わーい、ありがとうございます! ナコナも頑張りましたよ。疲れて寝ちゃったみたいですね」
ふっくらした体型で年配の女性ばかりいる中、ルカゼも加わる。
「紅茶とジュース、どっちがいい?」
「じゃあ、ジュースをお願いします」
夕食の残りを一同で食べながら、談笑を始めた。
食べている姿を見ていると、ソーヤも食べたくなってしまい、柱の影から出ようとする。
その前に、そのテーブルに2人の少年が近付いた。
「またあんたら、残ってお喋りか。仕事が終わったんなら、帰れよ」
ダークブラウンの髪の少年ユージーンは、不機嫌に言い放つ。
料理人達は、少し気まずそうに顔を伏せた。
「お疲れ様です、ユージーン先輩、ジェーン先輩。お姉さん方は楽しく残り物を片付けているだけです。支部長だって許可してますから」
ルカゼだけが笑いかける。
「なんなら、一緒に残り物を片付けて、お喋りしましょう」
椅子を用意しようとルカゼは立ち上がるが、ユージーンは更に顔をしかめた。
「おばさんどもが居座って、くっちゃべってんのが迷惑だって言ってんだよ!」
「苛立ってますね、なにか悩みがあるなら"お姉さん方"に愚痴を聞いてもらったらどうですか?」
ルカゼが宥めようとするが、逆効果。
「後輩のくせに、生意気言ってんじゃねぇよ!!」
ユージーンは怒鳴ると、拳を振り上げた。
料理人達は悲鳴を上げる。
だが、ルカゼは拳を受け流すと、その手を引っ張るように床に倒す。そして暴れないように、腕を捻り上げて肩を押さえ付けた。
「落ち着いてください、先輩。苛立ちをぶつけてはいけませんよ。お姉さん方は料理で私達を支えてくれているんです。感謝を忘れないで。いいですね?」
「っ!」
あくまで微笑んでルカゼは言い聞かせる。それからポンポンと頭を撫でるものだから、ユージーンは赤面した。
「苛立っているのは、余裕がないからです。余裕を取り戻すために、リラックスしましょう? ユージーン先輩」
ルカゼはそれでも笑い、ユージーンを押さえつけたまま立たせると自分の椅子に座らせる。
「お茶を飲んで、落ち着いてくださいね? あ、ジェーン先輩もいかがです?」
「あ、う、うん……ジュースを」
「ジェーン先輩にもう一杯くださぁい」
ヴェルカン部隊の明るい茶髪のジェーンにも呼びかけ、ルカゼは何事もなかったかのように陽気に取り持つ。
談笑は再開された。
ユージーンはルカゼに背中を叩かれ、ポツリポツリと不満を漏らし始める。
ユージーンの部隊長、ニコラスは気難しい上に手厳しい。
料理人達は励ましながら、残り物を勧めて食べさせた。
問題ない雰囲気になり、一部始終を見ていたソーヤは唖然とする。
――ルカゼは凄い人かもしれない。
長身の歳上にあっさりと勝ち、それだけではなく、穏便に解決させた。強いだけではない。
人気者で、優しくて、強くて、凄い。
それが自分の教育係なのだ。
感激して、ソーヤは柱の影でわなわなと震えた。
「ん? ソーヤ。なにしてるの?」
もう一つ椅子を取りに来たルカゼは、漸くソーヤを見付けた。
「お腹空いたの? あー、また眠れなくて添い寝をおねだりに来たんだろ」
屈んでルカゼは、からかうように笑いかけた。
いつもなら違うと言い張るところだが、ソーヤはルカゼの手を掴んだ。
「オレ、ルカゼになりたい!!」
「……ん?」
「ルカゼになるっ!!!」
大きく丸い瞳を爛々とさせるソーヤだが、ルカゼは意味がわからず首を傾げた。
「ソーヤくんも一緒に食べましょうよ!」
「うん!」
「……ん?」
ソーヤは元気良く返事をして、テーブルに駆け寄る。
その日、ルカゼはソーヤの目標になった。
ソーヤ「うおお、オレはルカねぇになる!!!」
ルカゼ「(……教育係になりたいという意味かな)」
ちなみに、
ルルシュ
ジェーン
ユージーンは同期で、ルカゼの一個上です。
20151121