06 慣れと助け合い。
噴水広場前に、アマンの群れがいた。
レベル2の群れだ。目に捉えられるだけで6体。
黄色やベージュの固い皮。身体は細身の大型犬。噛まれればひとたまりもない凶悪な顎の持ち主で、凶暴だ。人間を食らいたいがために、飛びかかる。
「こっちだ犬っころ!!」
私は声を上げて、注意を引き付けた。
男の人を押し倒して、右腕に食らい付いている。アマンの首を切り落として蹴り飛ばす。手を貸して立たせれば、もう1匹が飛びかかった。突き刺して仕留める。
「建物の中へ!!」
避難するように声を上げながら、襲いかかるアマンを倒していく。
その場にいる人々も、身を守ろうと必死で戦っていた。
ある者はバットを振り回して応戦し、ある者は花売りの台車の中に立てこもり、ある者は店の看板、ある者はテラス席のテーブルを盾にして身を守る。
アマンは、次から次へとわいてきた。
狙った獲物に夢中で、私の方に引き付けられない。
助けるには、一度に仕留める魔法を使うべきだ。
「持ちこたえてください!! 魔法を唱えます! カウントしてください! 10秒後、絶対に動かないでください!!!」
呼びかけながら、4匹目を仕留めた。
そして、椅子でアマンを押さえていた女性店員に手を貸して仕留める。
テーブルで身を守っている人達も助けようとしたが、わいてきたアマン達の相手をしなくてはいけなくなり、女性店員に一緒に耐えてもらうことにした。
「10!!」
カウントを始めさせる。
「"――光の解放"」
私は呪文を唱え始めた。周りを注意深く確認しながら、飛びかかるアマンを叩き斬る。
「"あだなすものを貫かん"」
皆のカウントに合わせる。
アマン達は射程範囲にいること、住人は持ちこたえられていること。そのことを見逃さないように、見回した。
「"喚き、瞬き、纏われ"」
目まぐるしい。緊張が最高潮に高まったその時だ。
大振りの剣を振り回して応戦している女の子が目に入った。見回り訓練生だ。
紫色に艶めく黒髪は、ボブの長さ。名前はナコナ。
「"響かせ、駆けろ"……っ」
あと一句。だけれど、止める。
細身で強い子だが、今は引き腰だ。飛びかかるアマンを防ぐので精一杯。
助けたいが、詠唱中は他の魔法が使えない。
助けに行きたいが、動いたら花売りの台車にかじりつくアマンが射程範囲外になる。
もう空中では溢れだした魔力が摩擦をして、バチバチと電気を生み出そうとした。
もう10秒だ。
ナコナが、私に気付く。こっちに飛び込めと腕を広げた。
ナコナは全力で私の元に走り出すが、アマンも追う。
追いつかれてしまいそうだ。
よだれを垂らした鋭利な牙が、ナコナに迫った。
もう少し。私は腕を伸ばす。
けれど、このままだと私と触れるより、アマンの牙が貫く方が早い。
その場から飛び出して、ナコナの手を掴もうとした。
その前に。
アマンが飛ぶように引っ込み、ナコナが私の胸に飛び込んだ。
見ると、ニアさんがいた。アマンを鋼の鞭で捕らえて、引き離してくれたんだ。
ニアさんが頷いたのを見て、私は力一杯に最後を唱えた。
「"轟音の閃光――"!!!」
爆発するように、雷鳴が響き、目も眩む光がアマン達を貫く。
周囲の動くものを貫く雷の魔法。レベル4の試験で学んだ。
ナコナを抱き締めながら、周りを確認した。動いているアマンはいない。
緊張が、少し緩んだ。
「ご、ごっ、ごめんなさいっ、せんぱっ」
「よく頑張った、ナコナ。頑張ったよ」
私の腕の中で涙を流すナコナの頭を撫でてやる。
「そこのお兄さん、お姉さん、怪我人をアスタ支部へ運んでくださいっ!! まだ油断しないでください!」
「あ、ありがとう、お嬢さん」
「ありがとう」
あやしながら、指示を行う。すぐに立ち上がり、怪我人達を支えて住民達は移動を始めた。
「ナコナ。怪我人を先導して守るんだ。出来るな?」
「っ……は、はいっ!!」
目を真っ直ぐに覗けば、まだ震えていたが、強く頷いた。よし。強い子だ。
「お前なら出来るよ。よし、行け」
ギュッと抱き締めてから、背中を押す。涙を拭い、ナコナは怪我人の先導をした。
「他のアマンを見た人は教えてください!!」
声を張り上げて、目撃者を探す。逃げ伸びたアマンを見た者はいないらしく、返事はなかった。
「お兄さん、歩けますか? 傷口をしっかり押さえて、行ってください」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
腕を怪我した男の人に手を貸し、ナコナのあとを追わせる。何度も頭を下げられてしまったが、大丈夫そうでなによりだ。
「ニアさん、周囲の捜索をしましょう。……ニアさん?」
周りを見ていたニアさんは、ポカンとした表情を私に向ける。
「……すごい、ですね」
「ああ、街の人は慣れっこですからね」
国外れの住人は、慣れているのだ。レベル2の襲撃なら、被害は最小限に食い止められる。
指示に従い、速やかに行動が出来る人達だ。誰だって、助け合う。
被害が少ない王都から来たニアさんには、意外な光景なのかも。
「いえ。それも驚きですが……ルカゼさんのことです」
「私?」
歩きながら、私は目を瞬いてニアさんを見上げた。
「素早く、的確な指示……ハルバ隊長に匹敵するリーダーシップ、お見事です」
「えっ? そうですか? ハルバ隊長に育てられましたしね。嬉しいです」
感心した様子で褒めてくれるものだから、照れてしまう。ただの慣れだと思うけれど、そう言われると嬉しいものだ。
ハルバ隊長を見習ったおかげ。
「ニアさんが来てくれて、助かりました。ハルバ隊長もすぐ来るだろうけれど、捜索をしましょう」
「……はい」
怪我人とアマンを探して安全の確認。ハルバ隊長が来たら、報告をしないと。
アマンの群れは、二手に分かれて行動することが多い。油断してはいけないのは常識だ。
「ルカねぇー!」
「っ!? ナノン!」
呼びながらナノンが駆け寄ってくると気付き、慌てて受け止めた。
「なんで来たんだよ! ルルシュ先輩! なんで連れてきたんです!?」
「す、すみません。行くと聞かなくて……でも言われた通り、離れてませんよ」
泣きじゃくるナノンをあやしながら、ルルシュ先輩を睨む。リクノまで、私に飛び込んだ。
ルルシュ先輩は申し訳なさそうに謝るけれど、言い付けは守ったと、のほほんと笑う。
うぐぐっ。連れてきてほしくなくて、ルルシュ先輩に頼んだのに。
「ありがとうございました。すみません、あの、ルルシュ先輩はニアさんと回ってもらえますか? 私は見回り訓練生と怪我人の先導をします」
「はい、ルカゼさんはどうぞ3人を連れて行ってください」
教育係の私は、この子達を守る責任がある。
ニアさんもルルシュ先輩も、笑みで返事をしてくれた。
ナコナと合流をするために、リクノとナノンに一度離れてもらう。すぐにナノンは私の脚にしがみつく。
歩きにくいじゃないか。しょうがない子だな。
「ほら、ソーヤも行くぞ」
リクノに左腕にしがみつかれながらも、剣を一度消して、右手をソーヤに差し出す。
ソーヤはあんぐりと口を開いたまま、私を見上げている。変な顔のソーヤの頬を指先でつつく。
唇をグッと閉じると、ソーヤは黙って手を掴んだ。
大人しすぎることに疑問を抱きながらも、移動を始めた。
アモンを見て、トラウマが甦ったのかもしれない。
「大丈夫か? また泣かせてごめんな?」
顔を覗き込んだ。涙が止まったナノンは、ふるふると首を振る。
「ルカねぇが……」
リクノが口を開く。
「……ぶじなら、いいの」
「ん? 私は大丈夫だよ」
私を心配してくれたから、笑みで応えた。
ビクリとナノンが震え上がったかと思えば、いきなり建物の隙間からアマンを飛び出してきた。
ナノン達を下がらせて、魔剣を出そうとしたが。
ドゥンッ!
アマンが爆発した。砲撃魔法だ。
見れば、ナノン、リクノ、ソーヤが掌を向けていた。3人がやったんだ。
いい反応。
褒めるべきか、訓練所以外で魔法を使うことを叱るべきか。
ポカンとしたけれど、安全を確認する。それから、約束を破ったことを叱り、それから上手くできたことを褒めた。
アマンに怯えていないことには安心する。これならスマラグ隊として、立派に戦えるだろう。
訓練を始める前に、命令違反はよくないと諭し、罰として腕立て伏せをさせておいた。
その日、被害は比較的に少なく、幸い死者はなし。怪我人だけで留まり、無事に終わった。
20151120