05 買い物。
起きたら、目の前にはナノンとリクノとソーヤの寝顔が並んでいた。
こいつら、いつ来たんだろうか。
ポケーと考えたけれど、まぁいいや。
起こさないようにベッドから出て、短パンとブーツを履く。長袖のシャツを上から着て、ランニングに出掛けた。
支部を出て、外周を走るだけ。現場に出れば動き回るけれど、ナノン達に魔法を教えていると身体を動かさない。鈍らないように走っておく。
昨日ニアさん達に話したように、追い抜かれそうだから、私も全力で走るように腕を磨いていきたいんだけれどね。
今はグッと堪えて、ナノン達を育てないと。
走り込んだあと、部屋に戻ろうとしたら、廊下に3人がいた。
「る、ルカねぇー!!!」
「うおっ?! どした、お前ら!」
ナノンは号泣していて、私を見るなり脚に抱きつく。リクノも啜り泣き中だ。
「ルカねぇがいないからだぞ! だからナノンが泣いたんだぞ!」
目尻に涙を溜めたソーヤが怒った。
どうやらナノンが泣き出して、リクノもソーヤもつられたらしい。いきなりいなくなるものだから、不安になったのだろう。そりゃあ悪いことをした。
「ごめんごめん。ちょっと走ってただけだ。悪かった」
しゃがんでから、ナノンを抱き締めてあやす。ムギュッと小さな腕で私の首を締め付ける。
廊下だと他の先輩方を起こしかねないから、部屋に戻った。クローゼットとベッド、窓際に机がある長方形のワンルーム。
「よしよし。お詫びに今日の午前は、街で買い物に連れてってやる。それで許してくれる?」
「……ヒクッ……」
撫でながら問うと、ナノンは震えるように頷いた。
朝食をすませてから、4人で街に行く。
ナノンは私の右腕にぶら下がるように両手で握る。
一番の泣き虫なのだろう。人見知りで、私以外の人とは喋らず、いつも俯いている。すっかり私には、なついたようだけれど、いつまでも話せないままはなぁ……。
リクノも空いている私の左手を握った。
この子も他の人とは喋ろうとしない。人見知りというわけではなく、単にその気がないだけ。常にポケーとしたような表情で、興味を示そうとはしない。
私と目が合うと、たまににこりと笑顔を見せてくれるのだけれども。
先導するように前を歩くソーヤは元気だ。威張るように両腕を振っている。彼は自分から食堂のお姉さんや、ハルバ隊長達に挨拶できていた。リクノとナノンは、見習ってくれないかな。
「今日はお金の使い方を教えてやる。服やお菓子は自分で買うんだ」
食費などとは別に支給されるお金で、雑貨を揃える。必要なものだけを買うと教えてやらなきゃ、お菓子ばかり買い食いしそうだ。
お店の店員にもアドバイスをもらい、ナノン達の服やブーツを揃えた。
店員にも、ナノンとリクノは口を聞こうとはしない。やれやれ。
訓練中は汗をかくから、薄手の長袖を数枚。代わりに暖かいジャケットを着させた。ブーツも動きやすく、長持ちしそうなもの。
服選びは面白かった。
リクノは「なんでもいい」と私に選ばせる。
ナノンは「ルカねぇがえらんで」と小さくせがんだ。
ソーヤは「オレこれがいい!!」と真っ赤なフードつきのジャケットを迷わず選ぶ。派手好きか。
性格がバラバラだとよくわかるもんだから、笑ってしまう。
赤みの強いオレンジ髪のソーヤは、寝癖がついたまま。なかなか直らないそれを、なんとなく手で撫でてみた。
いつもならすぐさま振り払うのだけれど、ソーヤはただ私のジャケットを掴んだ。
「ルカゼのこれは、いつくれるの?」
私がいつも着ているジャケットは、支給された制服だ。
右の胸にはエメラルドグリーンの紋様。SとLの大文字。スマラグ隊の証だ。
背中にはエメラルドグリーンのアスタリスク。アスタ支部の証だ。
私のジャケットは、裾が短いデザインにしてもらった。
「これは試験に合格してからじゃないともらえない。12月の1日まで、合格を目指して頑張れ」
「……おう!」
ソーヤは私の手を振り払うと、元気よく返事をする。
「ルカゼ姉さんだろ?」
私は笑いながら、呼び捨てにしたソーヤの頬をつねった。
「訓練生の間は支給される度に、数着だけ買っておくんだ。季節に合わせてな。贅沢しなければ正式に隊員になるまで、不自由なく生活できる。余ったお金は貯金するなり、お菓子に使うなり、好きに使え」
店を出てから、またナノンとリクノと手を繋いで歩きながら、言い聞かせる。
「わかった?」と問うと、まばらな返事が返ってきた。
「じゃあ、喫茶店でサンドと生チョコ買って食べて、訓練しようか」
お気に入りの喫茶店に、足を向ける。
そこの生チョコが美味いんだ。ハルバ隊長もそこから買ってきてくれては、私にくれる。
「ルカねぇは、チョコすきだね……」
リクノが口を開いた。
「うん、好き。リクノは?」
ニッと笑いかけると、リクノは笑い返して頷く。
「すき」
それはよかった。
賑わう人々を横切って、生チョコの元へと足を進めていったその時だ。
街が震えた。
警報が、鳴り響いているんだ。
アマンが侵入し、人を襲っている。街全体にそれを報せるための魔法が発動した。
舌打ちをする。街に侵入されるなんて、1年ぶりだ。恐らく、レベルが低く身体も小さなアマンだろう。
部隊の任務は遠くまで行き、レベルの高いアマンを討伐すること。レベルの高いアマンに街に近付かれると、被害が計り知れない。
部隊不足のため、低レベルのアマンまで手が回らない。
今の見回り訓練生は2人。それでは足りない。
怯えて建物の中に逃げ込む人々達を見回しながら、襲撃現場を探した。悲鳴は奥だ。噴水のある方角。
駆けつけようとしたけれど、両腕にぶら下がる重さに気付いて、ハッとする。
見れば、リクノもナノンも怯えた目で私を見上げていた。
「……ルカねぇは、行かないのかよ。スマラグだろ」
「……っ」
ソーヤに言われて、私は自分の唇を噛み締める。
スマラグ隊員として、街の人を助けたい。今すぐにでも駆け付けたかった。
けれども、今はソーヤ達を守る責任がある。
ソーヤ達を置いていって、他のアマンに襲われたら?
かと言って、現状のわからない現場にソーヤ達を連れてはいけない。
ソーヤ達も、街の人も、同時に守り抜く強さを――――私は持っていない。
「!」
私達を横切って、一人のスマラグ隊員が現場に駆けつけようとしていた。私は咄嗟に腕を掴み、止める。
「ルルシュ先輩!」
「ルカゼさん!?」
一個上の先輩。同じ部隊の隊員だ。
ほんのりとすみれ色に色付いた白銀髪の短いストレートヘア。基本、のほほんとして物静かな人だ。
街の襲撃に焦り、少し動揺している表情が、私を見ると少し柔らかくなる。
「よかった、僕一人では対処できないので、一緒に」
「ルルシュ先輩は、この子達についていてください!」
「へっ?」
どうやら、ハルバ隊長達は別の場所のようだ。
今街に残っているのは、ハルバ部隊だけと考えた方が良さそうだ。
「私の方が早いです。この子達をお願いします」
「えっ、まぁ、は、はいっ」
ルルシュ先輩は、サポートタイプの隊員だ。一緒に行くのも一つの手だが、ルルシュ先輩に任せるなら確実にソーヤ達は安全だ。
街の人を守るなら、私一人で出来る。
ソーヤ達の保護を任され、ルルシュ先輩は困った顔をした。子どもの扱いがわからないのだと言っていたな。
「や、やだっ……」
か細い声で、ナノンが引き留めた。説得している暇がないので、額にキスをしてから頭を撫でながら引き剥がす。
「絶対にルルシュ先輩から離れるな、命令だ」
強く告げて、私はつむじ風を起こして風の魔剣を出した。ほんのりと緑色を纏う銀の剣と化す。
「風よ(ヴェンド)!!」
剣の柄に膝を乗せるようにしてから、呪文を唱える。剣を渦巻き、風が噴射。
私の特技だ。
それを乗り物のように操り、バランスを整えながら、全力で現場に向かった。
20151119