表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

04 隊長の部屋。



 教育係りを引き受けてから3週間後の夜、私はハルバ隊長の部屋に押しかけた。


「隊長! 聞いてください!!」


 愚痴りに来たけれど、先客がいた。


「あ、ニアさん……」


 ハルバ隊長とともに床に座ってスナック菓子に手を伸ばすのは、同じ部隊のニアさん。

 私の3歳年上。白寄りの灰色の髪と、細いアーモンド型の青灰色の瞳で、微笑みを浮かべた長身の美男子。

 彼は1年ほど前に本部から異動してきた。

 本部のある王都では、【魔法使いの覚醒】をした子どもは学校で学ぶ。

 つまりエリート隊員というわけで、他の部隊の人達は忌み嫌っている。彼らからすれば、私達は田舎者だしね。

 私もエリートって人は、ちょっと気に障るのかと思っていた。

 でも、ニアさんは私達をバカにはしていない。私としては、学校で学んだというニアさんの洗練された魔法や戦い方に釘付け。学びたい。

 最初は先輩と呼んでいたけれど、ニアさんは嫌がるのでさん付け。


「どうも、ルカゼさん」


 ニアさんは、にこりと微笑んだ。


「すみません、出直します」

「私に気兼ねせずともいいですよ。私も愚痴を聞きます」

「そうだ、座れよ」


 ニアさんとハルバ隊長が許可してくれたので、クッションをもらい座った。

 ほら、ニアさんはいい人だ。


「訓練生のことですか? 残念ですね、ルカゼさんはレベル5になり、現場で活躍すると張り切っていたのに」


 コップにジュースを注いで、私に手渡してくれた。


「はい、まぁ、仕事の一貫なんで仕方ないです」


 現場で張り切ると息巻いていたけれど、しょうがない。グビッと一口飲んだ。


「順調なんだろ? 早咲き組の魔法レッスン」


 ハルバ隊長が手にするのは、お酒らしい。

 ニアさんはまだ未成年だけれど、飲んでいる最中の話し相手として、いたみたいだ。

 私が教育しているソーヤ、リクノ、ナノンは早咲き組と呼ばれている。珍しいから、すぐ有名になった。


「そう! その早咲き組なんですが! こいつらがすごく飲み込みが早すぎて! 私よりも早くてっ、悔しい!!」


 グビッとジュースを飲み干す。


「おうおう、酒飲むか?」

「だめですよ」


 ハルバ隊長が冗談でお酒を差し出すから、ニアさんが止めた。


「早咲きは魔法を覚えるのに苦労するタイプだと思っていましたが、彼らはいわゆる天才なのですかね?」

「本部に早咲きはいたんですか?」

「元は早咲きだという人が数名いると聞きましたが……」


 ニアさんは一度言葉を止めて、ハルバ隊長に意味深な視線を送った。ハルバ隊長はお酒を飲み干すと、またボトルから注ぐ。


「苦労するだけで、特別ではないから、大半は入隊を諦めていましたよ」


 早咲きが隊員になるのは、希ということか。


「ふぅん。こっちはソーヤがパワー型、リクノは器用で、ナノンが断トツの天才です。まぁ、ソーヤは力任せ。リクノはもう魔剣を自由自在に出せます。ナノンはもう言葉を覚えるようにスラスラと吸収してすごいんですから! ナノンは魔法だけなら、あっという間にレベル3になれるかもしれません」


 ペラペラと勢いよく言うと、ニアさんがクスクスと笑う。


「なに笑っているのですか?」

「ふふ、ルカゼさんが自慢気に話しているからですよ。早咲きの訓練生を可愛がっている。やっぱり、ルカゼさんは適任ですね」

「そうですかね?」


 そんな風に見えるのか。私はジャリジャリとお菓子にかじりついた。


「だから言っただろ」


 ハルバ隊長は鼻を高くしては、お酒をゴクリ。


「ルカゼは周りをよく見て、手助けするからな。絶対に適任だと思った! よしよしっ!」


 アルコールが回って上機嫌なハルバ隊長は、私に手を伸ばすとグシャグシャと髪を撫でた。

 いつもより強いけど、大人しく撫でられておく。拒むと余計激しくされかねない。


「お二人は、ルカゼさんが訓練生からの付き合いでしたっけ?」


 解放されると、ニアさんが指先で軽く前髪を整えてくれた。


「おう。ルカゼはこんなちんちくりんでな、男の子みたいだったんだぜ」


 ハルバ隊長は笑う。当時も、髪は短くしていたからな。


「そういやぁ、ルカゼはけっこー魔法を覚えるのに手こずってたな。剣術や射撃は運動神経がいいせいか、すんなりだったが。早咲き組と違って、努力を積み重ねてたぜ。可愛いのなんのって」

「やめてくださーいっ!」


 にへらとからかうので、私は膨れっ面をする。私は時間がかかったから、ナノン達の上達は悔しい。


「うかうかしてたら、追い抜かれそうで……私も、うがーっ!! って腕を上げたくなるんです!」

「ふふ、焚き付けられているのですか。ルカゼさんが、先に私を追い抜いてしまいそうだ」


 両腕を天井に向けて突き上げれば、またニアさんが笑った。

 ニアさんのレベルは7。私はまだまだだ。ちなみに、ハルバ隊長はレベル10。


「ルカゼさんは、少し頑張りすぎているほど熱心ですよね。妹みたいで可愛いと思っているので、あまり追い抜いてほしくないです」


 そう言って、掌で優しく頭を撫でてくれた。

 妹みたいで可愛いか。愚痴を聞いてくれる辺り、満更でもないと思ってくれてて嬉しい。


「簡単には、ニアさんを超えられないですよ。私は尊敬してます」

「……そう言ってくれるのは、あなただけです。ありがとう」


 ニアさんには学ぶところがたくさんあって、尊敬できる先輩。けれども、ここでは親しい後輩は私くらい。


「そう言えば、ニアさんはどうして隊長の部屋に?」


 なにか用があるのかと思い、訊ねてみた。


「ただ話し相手に呼ばれただけですよ。定期的にハルバ隊長は気を遣って、私の相手をしているのです」


 敬遠されて親しい友もいないニアさんを、ハルバ隊長が招いて話し相手にしている。


「王都から一人出てきたしな」


 言いながら、ハルバ隊長が差し出してくれたチーズのお菓子を食べる。カリカリだ。

 ニアさんも天涯孤独。その上、知り合いもいない場所に移動した。


「ニアさんはもっと周りと関わるべきだと思いますよ。皆は勝手に見下しているエリートって思い込んでて、ニアさんがいい人だって知らないんです」


 人間関係を新しくスタートさせるのに、ニアさんは消極的すぎる。


「私はハルバ隊長とルカゼさんがいれば、上手くやっていけているので大丈夫です」

「そんなんだから1年経っても打ち解けないんですよ!」

「おうおう、言ってやれルカゼ!」


 現状を改善しないニアさんを叱れば、ハルバ隊長はお酒を飲みながら煽った。ニアさんは苦笑を溢す。


「私は、二人がいれば充分ですがね……」


 なんて一人言のように呟くものだから、足りないと背中を叩く。

 ニアさんは家族を亡くしたあと、王都に移り、学校に通った。その間、まともな人間関係を築けなかったらしく、今でも不自由さを感じないと言う。他人に興味なさすぎだ。


「育ち方の違いですかね……」

「環境の違いですかね」


 ハルバ隊長のベッドに頬杖をつけば、凭れているニアさんはそう返した。


「ルカゼさんとハルバ隊長は、この街の生まれですか?」

「オレはここだが、ルカゼは確か村だっけ?」

「はい、ここの東南にあった村……だと思います」


 ジュースを飲み干して答えると、曖昧なそれにニアさんが首を傾げる。


「火事でほとんど残らなくて、私の家族がその村の人間なのかどうかもわからないままなんです。私は着ていた服にルカゼって刺繍があったので、名前だけはかろうじてわかったくらい」


 魔物に襲撃され、火が燃やしていった。私を知る者もいないし、家族がどんな名前か、どんな顔をしているのかも、私には知ることができない。

 ニアさんが顔を曇らせて、同情の眼差しを向けるから、笑みを返す。


「でも、村の出身ってのは疑わしいんだよな」


 前から知っていたハルバ隊長が口を開いた。

「何故?」とニアさんは続きを求める。


「ルカゼは火で傷ついたりしない。そんな【まじない】がかかっているみたいなんだが」

「ああ、そう言えばそうでしたね。火の保護の【まじない】なんて……かなりのハイレベルな魔法です。子どもにかけるとなると……どんな事情なのやら」


 一緒に戦っていたから、ニアさんも私に【まじない】がかかっていることを知っていた。

 保護の【まじない】を使えるなんて、その手の魔法を極めた魔術師ぐらいだと聞いた。

 例えば、王都にはアマンが入ってこれないように結界が張られている。その結界を維持していたのは、結界魔法を極めた老人達だとか。今は弟子であり、【守り姫】と名高い美女が王都を守っている。

 王都には、極めた魔法を売る魔術師が活躍しているのだ。


「もしかしたら、王都から来た貴族かもしれませんね。偶然通りかかったとか」

「ぶはっ! それはないかと!」


 ニアさんの推測がおかしくて、私はお腹を押さえて笑う。万が一、貴族だったとしたら、誰かが探しに来たはず。だからそれはないね。

 ニアさんもつられたように笑う。


「でも、調べてみる価値はあるかもしれませんよ。子どもに、火の保護の【まじない】をかけた魔術師を探してみましょうか?」

「いいですよ。そんな」


 せっかくの提案だけれど、大変そうだし望みは薄いから、遠慮した。

 まだ同情の眼差しを向けるニアさんは肩を竦めながらも、この話を終わらせてくれる。

 話題は変わり、お菓子を食べたり、飲んだりしながら、あーだこーだと話した。

 いつしか私は、大人な二人の会話についていけなくなり、うとうとしてしまい、ベッドに頭を置いて寝てしまった。


「おーい、ルカゼ。寝るなら、自分の部屋に帰れよ」

「送りましょうか?」


 ハルバ隊長とニアさんの声に反応して、目を覚ます。無理に起きたから、クラリと目眩がして額を押さえる。


「んー、大丈夫です。おやすみなさい、ニアさん、隊長」


 つい最近身に付いた癖のせいで、隣にいたニアさんの頬にキスをしてしまったことにも気付かず、寝惚けたまま私は自分の部屋に戻った。

 すると、ナノン達が部屋に来た。


「……ルカねぇ……」


 添い寝のおねだりだろうか。眠くて頭が働かなかったので、私はそのまま部屋に入れてベッドへ。

 適当に頭を撫でてやったあと、私は気を失うように眠りに落ちた。





ハルバ「……オレにもおやすみのちゅーしてくれよ、ルカゼ」

ニア「……可愛いですね」

ハルバ「手、出すなよ?」

ニア「子どもに出すわけないでしょう」



ニアの中でルカゼは、

頑張りすぎの妹みたいな後輩から、ちょっと可愛い後輩にランクアップしました!


20151118

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ