02 出逢い。
人間を喰らう獰猛な魔物ことアマンが、国に近付かないように討伐、そして国民を守る役を担う兵隊。
魔物討伐隊、通称【スマラグ】。
国外れの東、アスタ支部。その街で群を抜いて一番高い建物は、ここら辺の住人にとっては立派な城のようなもの。
最上階から、街が一望できるほど。隊員の寮も設けられているそこの廊下はだだっ広い。
3月でも暖かい午後の陽が輝かせるクリーム色の廊下を、私はブーツを踏み鳴らしながら進む。
「おー、ルカゼ」
捜し人が振り返り、私を呼んだ。癖の強い黒髪の青年に、私は迷わず駆け寄って、飛び蹴りをしたが、避けられた。
「危ないなお前!」
「なんで私が、教育係りなんですかっ!! 教育係りは、15歳からでしょ!?」
用件を投げ付けるように怒鳴るが、彼は私の赤が入り交じる短い黒髪を掻き乱すように頭を撫でる。
「いや、面倒見がいいからルカゼが適任だ」
軽く笑い退けた彼を、私は睨み上げた。
「私は現場に出たいんです!!」
「そう目くじらたてなくとも、なにも現場に出さねーとは言ってねーぞ」
また頭を撫でようと伸ばされた手を、叩き落とす。
ちょっとだけ安心したが、やっぱり納得いかない。
魔物の被害で家族を亡くした私は孤児院で育ち、10歳からここで働き始めた。もう3年になる。
魔法が使える孤児は、大抵この【スマラグ】に入隊する。アスタ支部では、先ずは教育を受ける訓練生となるのだ。
私は家族の記憶がないから敵討ちのため、だなんて執念はない。
ただ、親を亡くす子を増やしがたくないがため。人々を守りたいがため。強くなりたいがために、入隊を決めた。
目の前の彼は、ハルバ。
今現在ここの最小年の隊長であり、私の所属する部隊の隊長。私の教育係りでもあった。
尊敬しているけれど、私が誰よりも現場で活躍したいと思っていると知っているくせに、この決定は許せない。
「支部長に直接断る!」
「そうカッカッするなよ。ほら、お前の好物の生チョコ」
廊下をズカズカと歩き出せば、ハルバ隊長はついてきて、私の肩に小さな箱を置く。
少しムッとしつつも、好物なのでお礼を言ってもらう。どうせ、ご機嫌取りのためだろ。
お姉さん方がキャーキャー言う笑みを向けたって、私には無駄ですからねっ。
「そう言えば……また生チョコで喉詰まらせて死んだ夢見ました、今朝」
中からココアパウダーにまみれた生チョコを一切れとり、口に放り込む。舌で転がしながら、溶かして甘さを堪能そうする。
「またか。にしても、そんな夢をしょっちゅう見るのに、よく食べれるな。オレなら不気味で食べられなくなるぜ」
ハルバ隊長は、おかしいと笑う。
疲れている時に、何故かよく見る夢。始まりは10歳の頃だったろうか。
「別に好物食べて死ぬなんて、本望だと思いますよ。別に怖いとも思いませんし」
「いや、魘されてたぞ、前」
「窒息死の夢ですからね」
淡々と話ながらも、また私は一切れ入れて、指についた苦いココアパウダーを舐める。
「ああ……でも、ちょっと――――」
うろ覚えな夢を思い浮かべながら言いかけたことを、私はとろけた生チョコとともに飲み込んだ。
「なんだ?」
「いえなんでも。それより! 私は納得いかないです! まだ10歳になっていないんでしょう? しかも、家族を亡くしてから、まだ1年も経ってないなんて、私は支えきれません! 女だからって世話役が向いてるなんて思ったら大間違いですからね!」
「いや、絶対にルカゼは向いてるって。3年も見てきたオレが言うんだから間違いない」
「間違いだ!」
「お前……本当に我が強いよな」
力強く反論したら、ハルバ隊長は苦笑を溢して自分の頭を掻いた。
「私がガサツだって知ってますよね!? 傷付いた子どもを預かれるわけないでしょ!」
「でも、ルカゼは部隊全体を見て気を配れてるし、オレの部隊の中だと適任だぞ」
そんなわけがない。
ハルバ部隊の中で、私より適任の人がいると言いかけたが、支部長室に着いた。
大きな扉をはね飛ばすように開ける。そして、どっしりと身構えたような机で頬杖をついた男に向かう。
「支部長!!! 私は嫌です!! まだ子どもである私が、子どもの面倒を見るなんてできませんッ!!!」
はっきりと私の意見をぶちまけた。ドンと胸を張る。
アスタ支部のシューベ支部長は、一言でいえばいい人。灰色の髪をオールバックにした三十代の男性。
微笑みを浮かべた支部長は、なにも言い返さず、頭を動かして私の足元を示す。
視線を落とせば、そこに子どもが3人いた。例の子どもだ。
本人達の前で言ってしまったことに、口元がヒクッと震えた。
だが、すぐに疑問を抱く。9歳にしては、小さすぎる男の子達だ。
やっと100センチある感じのおチビが3人、固まって引っ付いていた。
真ん中にいるのは、赤みの強いオレンジの髪に、寝癖がついたままの男の子。私を睨むように見上げてくる。
その男の子の左腕にしがみついて隠れているのは、金髪の男の子。青ざめた顔を俯かせていた。
右側でオレンジの男の子の服を握る男の子は、青く艶めく黒髪。きょとんと私を見上げる。
「……3人なんて聞いてない!!」
思わず、またもや本人達がいる前で支部長に声を上げた。子どもは揃って震え上がる。
ぐっ……。両親を亡くしたばかりの孤児は皆そうだった。大きな物音を聞くだけで、震え上がり泣き出していた。
金髪の男の子は泣いてしまいそうだ。仕方なくしゃがんで、生チョコを差し出す。
「私はルカゼ。食べる?」
返事はない。物欲しそうに見つめる辺り、チョコが嫌いなわけでもなさそうだが、手を伸ばそうとしなかった。
黒髪の男の子の口に突っ込んでおく。オレンジの男の子にはそっぽを向けられ、拒否された。金髪の男の子には、差し出したまま待ってみる。オロオロしながらも、最後には根負けしたように小さな手で一切れ受け取った。
「よしよし!」とその金髪の男の子を撫でてやると、慌てふためいた。
「向いているじゃないか、ルカゼ君」
「孤児院育ちで慣れてはいますがっ、教育とは別物で、す……」
支部長にまた声を上げそうになり、語尾だけ音量を下げる。
孤児院育ちなんだから、子どもを泣き止ませるくらい出来るが、教育は全然違う。
「大体、早すぎではっ」
「この子達、【早咲き】なんだ。孤児院には置いておけないし、本人達も入隊を希望している」
私は一度、押し黙る。
通常、素質があると10歳の頃から魔力が使えるようになるのだ。さながら幼児が歩き方を覚えるように、手を触れることなく動かしたり持ち上げる。
【魔法使いの覚醒】とも呼ばれていた。
【早咲き】は、厄介。加減が出来ず、物を吹っ飛ばしたり破壊もしてしまう。すぐに魔力の使い方を覚える必要がある。だからここにいるのだ。
「余計だめじゃん!」
魔力の使い方は、身体を動かすように簡単だ。そこから教えなくてはいけないなんて、がさつな私には向いていない。
「ハルバ隊長の方が適任に決ま、って……」
一歩下がった位置にいるハルバ隊長を指差し、私が適任ではない理由を捲し立てようとしたその時だ。
足に重みを感じた。見れば、男の子が二人しがみついている。金髪と黒髪。
「なつかれたじゃないか」
支部長とハルバ隊長は笑った。
「……っ」
私は項垂れる。しがみつく子どもを振り払えるわけがない。
オレンジの男の子は、いつの間にか私の生チョコを全部頬張っていた。
コラ。誰も全部食べていいとは言ってないぞ。
「君も知っているように、今は部隊が不足しているんだよ、ルカゼ君。隊長格に教育係りを任せられる状況ではないんだ。だから、君に頼む」
現在アスタ支部にいる討伐部隊は、6部隊。足りないくらい。あと一つ部隊があれば一息つける、と皆がよく漏らす。それほど多忙な現状で、隊長や副隊長が教育しては他の者に負担がかかる。
足の重みもあり、もう反論ができない私は、唸ったあとにやけくそで元気よく「了解しました!!」と返事した。
早咲きの3人の教育係りに決定。
オレンジの男の子は、ソーヤ。
金髪の男の子は、ナノン。
黒髪の男の子は、リクノ。
「私はルカゼ。世話役であり、これから討伐部隊の基礎を教る役だ。さっき支部長から聞いたように、先ずは魔力の扱いを覚えてもらう」
訓練所Bで3人に移動して、言いつつも私は考え込んでいた。
魔力の扱い方を、どう教えればいいんだ。
ちらり、と見学をしているハルバ隊長を見るが「オレも早咲きの面倒は見たことないぞ」と助けられないと手を振る。
早咲きなんて、異例中の異例みたいなもんだ。この支部にいる隊員の中に、早咲きはいないと思う。
「そうだな、じゃあ……このボールを掌の上で浮かせて」
掌サイズのゴムボールを渡してから、私の手に持つゴムボールを掌で浮かせた。
「手で持ち上げるように。でも手は動かさない」
ボールを浮かせたまま、ソーヤ達のちっこい手を胸の高さほどの位置に上げる。その間、食い入るようにソーヤ達は浮いたボールを見ていた。
そうだよな、初めての時は、そうだった。
私はアモンと戦える強さが自分にあると知って、喜んだっけ。
「目の高さまで、上げてみろ」
そう指示した矢先だ。
弾丸のような速さで、ソーヤ、リクノ、ナノンの順番で天井に飛んでいってしまった。
……これが、早咲き。
唖然と天井を見上げたあと、ハルバ隊長を振り返る。
「凄まじいな!」とお腹を抱えて笑っているから、私は全力で頭に投球した。クリーンヒット。
これから、この怪力魔力の子ども3人にコントロールを教えなくてはならない。
こりゃ確かにハルバ隊長だって通常の倍はかかるんじゃないか。でも私の苦労は3倍だと思うんだけど。
どうやって教えたらいいんだ。
頭を抱えている間、ソーヤはボールを追い回し、ナノンはオロオロと泣きそうになり、リクノはポケーとした顔で私を見ていた。
結局、その日。魔力のコントロールを教えてやることは出来ず、夜を迎えた。
疲れ果てて寮のワンルームの部屋のベッドに倒れ込む。どう教えればいいかを考えていたが、やがて止めて眠ることに専念した。
けれども、眠りに落ちる直前に泣き声を聞き取り、瞼を上げる。壁に耳に当てれば、子どもの泣き声。あいつらだ。
これだから、嫌だったんだ。
起き上がり、隣の部屋に入った。一人部屋だが、子ども用のベッドが3つ並んでいる。毛布を引き剥がせば、真ん中のベッドに3人固まっていた。
強がっていたソーヤまで、ボロボロと大粒の涙を溢している。そんなソーヤに、ナノンもリクノもしがみついて泣いていた。
孤児院の時、亡くしたばかりの子ども達は皆こうだ。夜、親を求めて、泣きじゃくる。
こんな思いをする子どもがいなくなるように、私は【スマラグ】の入隊を決めた。
「枕持って、私の部屋に来て」
毛布を持ち、声をかけるが、3人はポカンとする。
「ソーヤ、ナノン、リクノ」
名前を呼んでも涙目のまま私を見上げるから、仕方なく3人を抱えていく。いくら小さいとはいえ、3人は重すぎた。でも隣の部屋に辿り着く。
一人用のベッドには、狭すぎるが、それで十分だ。3人を壁で挟むようにして雑魚寝した。寒いし、これで温かい。
「さぁ、寝るぞ。おやすみ」
一番奥のナノンの元まで手を伸ばして、瞼を閉じる。暫く泣きじゃくる声がしたけれど、いつしか止んで、私は眠りに落ちた。