14 隊長候補。
ストライプの灰色のスーツをピシッと着たシューべ支部長こそ、エリートって感じに思える。
「覚えているかい? 3ヶ月前、レベル2のアマンの襲撃を受け、君が活躍した件」
「……はい」
「ニア君がその活躍を見て、君を隊長候補にすべきだと薦めてきたんだ」
私は目を見開いた。
「たい、ちょう……こうほ。……私が、ですか?」
「そう。君みたいな人材は本部が欲しがって異動させるそうだ。ニア君いわく、本部は君には合わないから、早いところ隊長や副隊長にすべきだってね。早咲きの3人の訓練生の教育を3ヶ月で済ませた点も、本部は大きく注目するだろう。本当に早すぎて驚いてしまったよ」
ちらり、と私に寄り添って寝ている3人に目を向ける。
「今回の実演練習では、君の指揮ぶりをニア君とルルシュ君にも見定めてもらうことを頼んでいた。つまり、君の試験でもあったんだ。問題が起きたがその対処、彼らから聞いた戦いぶりと、無事生還した点も加え、実演練習の指揮の評価は申し分ない」
私に灰色の瞳を戻すと、にこりと笑みを深めた。
「君に新しい部隊の隊長になってもらいたい」
「はい、喜んで」
「……」
呆然としつつも、私は即答する。
何故だろう。なんとなく、こうなるような気がしていた。驚きはわりと少ない。
意外だったのか、シューべ支部長は固まったまま首を傾げた。
「あー……君には本部で働けるチャンスがあると仄めかしたのだけれど、そこのところは検討しなくてもいいのかい?」
「本部には興味はありますが、ニアさんが思うように私には合わないでしょう。評価をいただけるのはありがたいですが、教育係より現場で活躍したいのです。このアスタ支部で働きたいんです。新たな部隊の隊長を務められるように、ドラゴンも一人で倒せる力をつけ、ハルバ隊長からもっと学びます。その部隊には、ソーヤととナノンとリクノを加えることを考えていただけますか? 彼らは3人一緒の方が実力を発揮すると、教育係の私は思います」
本部は正直どうでもいい。
2、3年後だと思っていた新しい部隊の隊長。あくまで候補だ。
隊長各になるにはレベル8にならなくてはならないから、私は次の試験または来年の試験までにレベル8にならなくてはならない。
ソーヤ達も連携プレーを強化し、3人の絆の強さを示させないとならない。
かもしれない、そんな話が実現できる。
ずっと、そばにいられることができる。
一緒に任務にいける。
それまで、私はもっともっと強くならなくては。
「……ふふふっ」
目を丸めた支部長は、吹き出した。
「いや、ごめん。実はね、ずっとリクノ君がお願いしてきていたんだ。ルカゼ君と一緒の部隊にしてくれってね」
「リクノが?」
「うん、3ヶ月前からね。君が任務の日に支部長室に来て頼み込んできた。ソーヤ君とナノン君も一緒の方が利益だって」
リクノに目をやる。私の右腕に凭れたソーヤの背中に、リクノは頭を乗せて眠っていた。
「もちろん、検討しているよ。今のところ候補は、ルカゼ君とこの子達だ。あくまで新しい部隊の候補。今年の試験、皆頑張りたまえ」
新しい部隊の候補。試験の結果次第で、希望が実現する。
シューべ支部長は腰を上げて、部屋をあとにしようとした。
「誠意を尽くします、シューべ支部長。ありがとうございます」
「君がいつも全身全霊で励んでいることは知っているよ。今は体力を回復させるために眠るんだ。おやすみ、ルカゼ君」
呼び止めれば、またにこりと笑みを向けられる。はい、と返事をすればシューべ支部長は出ていった。
すぐに、私の左肩に埋めていた顔を上げたナノンが、私に眠たそうな目を向ける。
「ルカ姉がたいちょーなら……ぼくは、ふくたいちょーになる」
眠気たっぷりな声でナノンは呟いた。
ソーヤに一人称がぼくだと弱そうと言われてから、最近は一人称をオレにしていたのに、寝惚けて戻ってしまったみたいだ。
「ルカ姉を支える、ふくたいちょーになる……」
そう囁いてから、すりすりと頬擦りして抱きついた。頬がもちもちしてて気持ちいい。
「ナノン。よくやったな。ちゃんと魔法陣を書いて、帰ってこれた。流石だ」
頬擦りをし返す。
すると、バッとナノンは起き上がった。驚いた顔をしたナノンの大きく見開いた緑の瞳が、次第にうるうると揺れ始める。やがて、ポロポロと涙を流した。
「うわああぁんっ! ルカ姉がっ、ルカ姉が、死んじゃうかとっ、うっ、うわああああんっ!」
「!?」
いきなり号泣した。
驚いたのは、私だけではない。
リクノもソーヤも、飛び起きた。私と目を合わせると、彼らも大きく開いた瞳から涙を溢す。
「るっ、るっ、ルカ姉!! うおおっばかぁああ!!」
「ルカ姉っ!!」
ソーヤもリクノも、抱きついてきた。
「うわっ、ちょ、待て、痛いっ」
間にいるリクノが丁度腹部に触れたから、痛みが走る。
途端、3人はギョッとして離れるとオロオロした。それがおかしくて、笑う。
「よくやった! ソーヤ、リクノ、ナノン!」
治りかけの痛みくらい我慢しよう。まとめて3人の頭を抱き締めて、またベッドに横たわる。そして、ぎゅうぎゅうに締め付けてやった。
「レベル8のアマンと戦えたなんて、やるじゃん! よくやった!」
「んっ、ぜ、全然倒せなかったじゃん!」
「普通は動けなくなるのに、私の指示に従って戦った! 合格だ合格!」
「うわっ、わっ」
「でも"3人で帰る"命令は無視しただろ、腕立て伏せ300回しろ」
「だって!! ルカ姉を置いていったら、死んじゃうとっ!」
「うっ、うわあんっ!!!」
リクノは黙って私にしがみつき、ソーヤもナノンも声を上げて泣く。
ギュ、と胸の奥が締め付けられた。
「バーカ、死んでないだろ。お前達が帰れば、ニアさん達が私を救出してくれていた」
「でもっ、でも!」
「ルカ姉を、置き去りなんてっ」
リクノがきつく、私の副を握る。
3人の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すように撫でてやった。
「うん、ありがとうな。ソーヤ、リクノ、ナノン! 大好きだっ!!」
「わっ!」
「お!?」
「!?」
むぎゅーっと力の限り、3人まとめて抱き締める。
「大好きだ、だーい好きだ!」
溢れる愛しさが、どこかにいってしまわないように、きついほど締め付けた。
「ずっと……いてやる。そばにいるよ」
絆を大切にするために、コイツらを大切にするために、ずっとそばにいる。
「うっ、うわぁあっ!! るっ、ルカ姉!!!」
「わあああんっ!! 大好きっ、ルカ姉!!」
「大好きっ、ルカ姉……うわああっ!」
3人は泣き止まない。大泣きしながら、引っ付くものだから、私の服はびしょ濡れになる。それでも私は抱き締め続けた。
一頻り泣いたあと寝落ちてしまったけれど、空腹で皆で目を覚ます。
必死にしがみつくナノンとリクノの背中を押して、ソーヤ達を夕食に行かせた。戻る時にスープでも持ってきてほしいと頼んでおく。私は2日も寝込んでしまったらしい。ペコペコだ。
大人しく部屋で待っていたけれど、お腹空いたし、ちょっぴり寂しくなって食堂に行こうと思い立つ。
「よう、ルカゼ。あ、起きなくていいぞ、そのままで」
そこで来たのは、ハルバ隊長。3箱も生チョコを持ってきてくれた。多すぎないか。
「悪かったな。……お前、嫌がっていたのに、オレが行かせたばっかりに……」
いきなり謝ったから、なにかと思えば。
「やだな、ハルバ隊長のせいじゃないですよ。実演練習自体は大丈夫でしたが、たっまたま偶然ドラゴンがアマンと降ってきただけです」
久しぶりに生チョコで死ぬ夢を見て、気乗りしなかった。だからって促したハルバ隊長が悪いわけではない。死んでないし。全然関係ない。
私はケラケラと笑い退けた。ハルバ隊長も、少し浮かない顔のままだったけれど笑う。
「見舞いに行くついでに買ったんだが……いい加減食べたくなくなったんじゃないか?」
ついでて生チョコ買いにいくものかな。疑問に思いつつも、私は首を振る。
「いいえ……もっと好物になりました」
あの夢を見る度に、そしてこの生チョコを食べる度に、私は絆を大切だと思い出せるんだ。
これからはもっと、好きだ。
「たっく。本当に変なとこあるよな、ルカゼは」
仕方なそうに笑うとハルバ隊長は箱を1つ開けた。一切れ私の口に押し込んだので、横になったままパクリと食べる。
「美味しいですが、空腹にはちとキツいです」
「んー、そうだな。すぐソーヤ達が持ってくると思うぞ」
指についたココアパウダーを舐めて、ハルバ隊長は「オレの部屋の冷蔵庫に入れとくな」と箱を閉じた。
「聞いたぞ。レベル8のアマン相手に短剣1つで倒そうとして、ドラゴンを気迫だけで追い返したんだって?」
言いながら、ベッドの脇に腰を下ろした。
「あはは、違います。ドラゴンはアマンで満足して、去ったんですよ」
「無茶しやがって」
ハルバ隊長は言いながら、指先で私の額の髪を退かす。
「聞きました? 私、新しい部隊の部隊長候補になりましたよ。結成できたら、やっと長期休暇を取れますね」
「おう、何年ぶりかわからねーが、やっと羽が伸ばせそうだ」
報告したけれどハルバ隊長の反応からして、すでに知っていたみたい。
「言わなくともわかっているだろうが、試験はレベル8になれ。レベル6からは簡単には受かれないぞ。それと、これから任務はオレにぴったりついて学べよ」
「はい、ハルバ隊長。頑張ります」
任務に正式に復帰するなり、ハルバ隊長に直接指導してもらえる。それは嬉しいと私は笑みを溢す。
「……あの、ハルバ隊長」
「ん?」
「とっておきの魔法をかましてもアマンを倒せなかった時……絶対にソーヤ達を失ってたまるかと短剣1つでも倒してやると思いました」
力が沸き上がるような瞬間を覚えている。
「まるで……自分の一部が傷付けられるみたいに、怖かった……」
「……バカ。お前だけが死にかけただろうが」
「はい。だからハルバ隊長も、傷付いてしまったでしょう? 部下の私が死にかけたのを見て……本当にすみませんでした」
死ぬなと叫んだハルバ隊長の顔は、はっきりとは覚えていない。でも、私がソーヤ達を失いたくないように、きっとハルバ隊長だって。
腕に抱えて、失う恐怖を抱いたに違いない。
「……ルカゼは、いい隊長になれるはずだ」
切なそうな微笑みを浮かべた。
「自分の一部を守れるように、強くなれ。オレが手伝う」
育ててもらえると思うと、やっぱり嬉しい。
「全力で強くなります」
にっと笑みを向ければ、ハルバ隊長はまた髪を撫でてくれる。
それから顔を近付けたから、おやすみのキスでもしてくれるのかと思った。
でも、呼吸が聞こえそうな距離で止まる。躊躇でもしているのか。
きょとんとしたけれど、影ができて顔が見えない。
ちゅ、と額にキスされた。
「自慢の弟子だ」
「光栄です」
ふふっ、と鼻を高くする。
そこで、乱暴にドアが開かれた。
「ルカ姉の部隊に入る!! オレ入る!!」
ソーヤが一番に飛び込んだ。ピョンピョンと跳ねて興奮している。傷に響く、痛い。
リクノはハルバ隊長を押し退けるように、ベッドに乗ってソーヤを止めた。
どうやら、新しい部隊の件を聞いたらしい。
「ずっと、そばにいられる」
リクノは綻んだ。そうだな。
あとからナノンもベッドに乗ると、ニコニコした。
「なにルカゼ先輩のベッドに入っているの!? 降りなさいよ!」
「は? 別にいーじゃん!」
声を上げたのは、ボブヘアーの女の子。見回り訓練生のナコナだ。
ソーヤ達の代わりに、私のスープを持ってきてくれたらしい。
ナコナとソーヤは、口論をよくする仲だ。ガミガミ言い合うものだから、ハルバ隊長が仲裁した。
スープを飲みながら、居座る見回り訓練生達と話をする。
「新しい部隊の話をするんだ!」
「わたしはドラゴンの話を聞きに来たの!」
ソーヤは新しい部隊についてあれこれ聞いてきて、ナコナはドラゴンについてあれこれ聞いてきて、また口論。
ハルバ隊長は宥める。
ナノンとリクノは私にスープを食べさせたがり、その取り合いをした。
私がただ笑って眺めるので、ハルバ隊長が代わりに宥める。
「部隊やドラゴンの話もいいけど、ソーヤ、ナノン、リクノ、ナコナは12月の試験に合格しないといけないぞ。私もレベル8を目指す、皆で頑張ろうぜ?」
「おう! ルカ姉と同じ部隊になるために、試験合格してやる!」
「わ、わたしも、合格してみせますので! ルカゼ先輩の部隊に入れてもらえますか?」
「なんでナコナが同じ部隊になるんだよ」
「わたしだってルカゼ先輩を慕ってるの!」
「オレ達のルカ姉だぞ!」
「なんでアンタ達が独占するのよ!?」
試験に集中した方がいいって話に持っていこうとしたら、またもやナコナとソーヤが言い合いを始めた。
「こらこら、取り合うなよ」
「人気者だな、ルカゼ」
私もハルバ隊長も笑う。
「ルカゼ隊長」
左隣で寄り添うリクノが、そう呼んだから吹き出した。
「気が早い」
「……ずっといて、ルカ姉」
「おう!」
ナノンとリクノの髪をぐっちゃぐちゃに掻き乱すように、頭を撫で回す。
それからナコナとソーヤも、同じようにしてやった。
ずっといてやるよ。
短編では書ききれなかったルカゼの魅力と、彼らとの絆を描けたでしょうか。
やっぱり恋愛より、ファンタジーやバトルが強めになりましたね(笑)
ルカゼ部隊が結成したあとから、恋愛要素が増えて楽しめるかもしれませんが。
一先ずこれで、完結とさせていただきます。
近いうちにおまけとして、その後のニアさんとのエピソードと、ハルバ隊長との出会い、を書いて更新すると思います。
勢いで短編から始まって、連載したいと火がついて、ここまで書けました!
個人的に書いてて楽しかったです。Twitterでおまけを書いたりなど。
今までとは違い、ひたすら前向きで明るくてなによりも強いヒロイン、ルカゼ。前世を思い出したら弱くなる感じになるので、このまま思い出さないでほしいですね。
絆の始まり。第一章って感じですかね。
お粗末様です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
20151126