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13 絆は奇跡。



 倒れてたまるか。声すらも出せずにいる3人を、背にしているのだから。

 でも、時間がない。

 ドラゴンがずしっと、翼のついた前足を動かした。

 私は立てた右足でお腹を押さえながら、両手で短剣を握る。

 来るなら、今すぐに来い。

 力尽きるその前に、倒す。


「まだ食い足りねーならっ、その腹、私が掻きむしるぞっ!!」


 声が掠れた。それでも挑発をして、急かす。

 さもなきゃ。


退()けッ!!!」


 アマンだけで満足ならば、私達に手を出すな。

 背にした3人を守るためなら、ドラゴンだって短剣1つで倒してやる。

 命を振り上げて、守る。

 ドラゴンが、僅かに目を見開いたように見えた。

 首を傾げるかのように頭を動かし、私をマグマの瞳で凝視する。

 狙いを定めたなら、早く来い。睨み返していれば、翼が広げられた。

 空を覆い隠すほど広く、辺りに影を落とす。

 ガツリッ、とドラゴンはアマンに噛みつくと両足で掴み上げた。翼を羽ばたかせれば、荒れた風が巻き起きる。

 吹き飛ばされないように、ナノン達が私の背にしがみついた。

 ドラゴンはアマンを持って、雲1つない水色の空を飛び去る。

 私達から、遠ざかった。

 危険が、遠ざかったんだ。


「……っ」


 ズシャ、と私の身体が崩れ落ちた。

 もう感覚の全てがぼやけている。痛みがわからない。世界が揺らいでいる。


「ルカ姉!!」


 視界に3人の姿が入った。顔がよく見えない。でも、泣いていることはわかっている。

 初めて会った日の夜に、泣きじゃくっていたように怯えているのだろう。


「ルカ姉っ、どうすればっ、どうすればいい? なぁ!?」


 ソーヤが問う。


「ルカ姉! 傷を塞げばいいのっ?」


 リクノも声を上げて、私の傷を押さえた。


「ルカ姉っ、死なないよねっ? や、やだよっ、どうすればいいの?」


 ナノンの小さな手が、私の頬に当てられる。


「やだよっ、まだ……まだ教育係でしょ? そばにいるって、言ったでしょっ」


 教育係でいる間はそばにいると、ナノンに約束した。

 昨夜だって、ソーヤに言われた。

 ずっといてほしい、と。

 帰らないと。帰って祝ってやらないと。


「ナノン……魔法陣を、書け……書くんだ。3人で……帰れ」

「え? なに?」

「ナノンなら……できる」


 魔法陣を覚えたはずだから、ナノンなら書ける。帰れるはずだ。


「なんで3人なの? ルカ姉は?」


 リクノの声。


「帰るんだ……命令、だっ」

「やだよっ、やだっ!」

「3人、で……」


 3人で帰還することが優先だ。帰還さえできれば、異変に気付いたニアさん達がすぐに来る。

 だから、安全な場所に帰ってほしい。

 そう言い聞かせようとしたが、声が出なかった。


「ルカ姉!」


 ナノン達の声が、遠退く。

 視界が黒に埋め尽くされて、なにも見えなくなった。

 息が、苦しい。

 ――それもなくなった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



「うわああああんっ!!!」


 急に、音が甦る。

 ナノン達が泣き喚く声がした。大泣きしている。

 抱き締めてやりたかったけれど、動けない。


「ルカ姉を助けてっ!」

「早く!!」

「助けてくれよっ!!」


 ナノン、リクノ、ソーヤの声。まるで悲鳴だ。

 僅かに見えたのは、大理石の床。移動部屋のもの?


「傷を塞げルルシュ!! 医療班を連れてこいニア!! ボケッとするなニア、行け!! お前らは離れろ!」


 滑り込むように駆け込んだハルバ隊長が叫びながら、私の顔を覗いた。

 ルルシュ先輩も駆け寄り、ニアさんは移動部屋を飛び出す。


「ルカゼ、意識を手放すな! おい! 死ぬなルカゼ!!」


 手放すなと言われたのに、グラリと意識が一転するかのように揺れて、また黒に飲まれた。



 ◆◇◆



 甘さを求めていた。

 心も身体も、疲れきっていたから、生チョコを口の中で転がして溶かしながら、ゲームをする。

 小さなキューブ型に切り分けられた生チョコを一切れとる。口に放り投げた。

 舌で口の裏に押しつけるだけで、溶けていく。まとわりついてくる。ほろ苦く甘ったるいそれを飲み込んだ。

 また一つ、口の中に入れた。溶けきる前に、また一つ。もう一つ。

 溶けきれていないそれを喉に押し込んだら、詰まった。

 起き上がろうとしたけれど、疲労のあまり身体は重すぎて、動くことも息も出来ない。

 助けてくれる人はいなかった。

 家庭の中に自分の居場所がなかったから、居場所を作るために一人暮らしをした。

 居場所は、一人ぼっちの部屋。

 この居場所を確保するために、働いて働いて働いた。今となっては、無価値。

 誰にも助けてもらえない。

 死の恐怖よりも、孤独の悲しみが勝る。

 空しくて、そして、悲しみに窒息して死んだ。



 ◆◇◆



 ビクッ、と震えて、息を吸い込む。息が、できる。呼吸をしながら、周りを見た。

 アスタ支部の寮の、私の部屋だ。

 疲れきっていて、身体が動かない。治癒魔法のせいだ。

 アスタ支部の医療班の班長は、凄腕。

 治療が間に合ったんだ。体力を激しく消耗する代わりに、傷を塞いで治癒する魔法。まだ腹部がズキズキする。

 ベッドの脇には床に座り込んで、突っ伏したオレンジ頭と金髪頭と黒髪頭が並んでいた。

 ナノンがちゃんと魔法陣を書いて、全員で帰還したのか。私を置き去りにできなくて、全員で揃って帰ったんだ。

 私を、独りにしなかった。

 ビキビキと鳴りそうな身体を無理矢理起き上がらせて、3人をベッドの上に引きずり込んだ。彼らも疲れているのか、小さく呻くだけで起きなかった。

 今は起きないでほしい。

 泣いている顔なんて、見られたくない。

 横たわって、精一杯両腕で抱き締める。

 本当に変な夢だ。なんであんな夢を見てしまうのか、わからない。

 見る度に悲しみを味わう。孤独で死ぬ夢。笑えてしまうほど間抜けな死に方だけれど、残酷で悲惨。

 私には、この子達がいた。

 この子達が、そばにいてくれた。

 独りで死なせないでくれた。

 救ってくれた。

 あの夢のせいか、この子達がいることが奇跡に思えてならない。

 かけがえのない存在だ。

 その存在を守れた。心から、安堵して深く息を吐く。

 顔が近かったソーヤが身をよじったけれど、起きなかった。


「そばにいるっ……ずっと、そばにいるっ」


 誓うように囁く。

 失ってたまるかと、ドラゴン相手でも倒そうとした。

 例え丸腰だとしても、ソーヤ達を守るためだったら、なんだって倒せるような気もした。

 家族なんて、知らない。周りから見聞きしてなんとなく知っているだけ。

 でも、ソーヤとナノンとリクノと、家族のような絆があると思えた。

 ソーヤとナノンとリクノも、私を家族のように想ってくれているはず。そばにいてほしいと、願ってくれる。

 そんな絆があることが、ドラゴンから生還するよりも、きっと特別な奇跡だ。


「……ありがとう」


 心から、感謝している。

 出逢えたことに、この絆が結べたことに。

 この奇跡を守りたい。もっと強くなって、ドラゴンからだって守れるようになりたい。

 もっと、強い人になる。

 ソーヤ達がいれば、強くなれるから――――。

 絆は強さ。それを考慮に入れてもらえたら、同じ部隊になれる。ずっとそばにいられるはず。だから、支部長に頼んで、強くなる。


「大丈夫かい?」


 男の人の声を耳にして、私は目を見開く。恐る恐る顔を上げれば、窓の前に椅子に座った支部長がいた。

 灰色の髪をオールバックにしたシューべ支部長。

 ずっと、いたらしい。

 泣いているところを、見られた。

 火がついたみたいに熱くなる顔を両手で覆い、涙をゴシゴシと拭う。


「いけないよ、ハンカチで拭かないと」


 私の手を退けると、そっと支部長は白いハンカチで目元を拭ってくれた。


「ソーヤ君に聞いたよ。ドラゴンとレベル8のアマンに遭遇したんだってね。訓練生と一緒に生きて帰ってくれて、ありがとう。ルカゼ君」

「あー……はい……不運なのか、幸運なのか、わかりませんがね」


 ソーヤ達から聞いたみたいだ。私は苦笑を溢す。

 ドラゴンの食事に巻き込まれただけだから、不運なのか。ドラゴンにはそっぽを向かれたから、幸運なのか。


「あれから何日経ちましたか? 青泉の捜索をしました?」

「大丈夫、落ち着いてくれ。もうハルバ部隊が捜索を済ませたよ、ドラゴンもレベル8のアマンもいなかった」


 青泉は街から近い。まだレベル8がいて、街に来られたら大きな被害が出る。

 それはないようで、私は息をつく。


「君はまだ安静にさせないといけないと言われたのだけれど、話しておきたいことがあるんだ。いいかい? ルカゼ君」


 静かに微笑む支部長に、一瞬ポカンとしてしまう。

 いい人である支部長が、安静にしなくてはならない私に今話さなければならないことがある。よっぽどのことなのだと思い、横になったままでいいならと頷く。

 支部長は椅子に腰を下ろした。




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