12 降り注ぐ炎。
レベル8のアマンを倒さなくてはいけない。
腹が裂かれて、出血が酷い。
長引けば、私が死ぬ。
私が死ねば、リクノ達が死ぬ。
生き残るために、戦わなくてはいけない。
「っ、ナノン、詠唱だ。とっておきのやつ!」
振り向かないまま、後ろのナノンに指示をする。
死にかけの顔なんて、見せられない。そもそも敵から目を放してはならない。
ナノン達だって、絶体絶命だと理解している。目の前のアマンが強敵だと。
戦って勝てると示すように、声を上げる。声を出すと、痛みが響いた。
「はっ、はいっ」
か細い声で、ナノンは返事をする。
この間、ナノンにレベル3の雷の魔法を教えた。それなら、効果があるかもしれない。
「リクノ、顔面に氷の砲撃魔法を連打っ。ソーヤ、足に炎の砲撃魔法を連打だっ。休むなっ! 私はとっておきのやつをぶち込むっ!」
「はいっ!」
リクノとソーヤには砲撃魔法の連打で、動きを止めさせる。ダメージは与えられないかもしれないが、魔法を使わせないためにも、時間稼ぎのためにも必要。
ナノンと私の魔法で、仕留めてみせる。
錯乱していたアマンが、こちらを睨んだ。
リクノはその顔面に、氷の砲撃魔法を放つ。氷の塊が次々とぶつかっていった。
ソーヤも足留めのために、炎の砲撃魔法を放つ。次々とぶつかる炎の塊は、爆発していった。
後ろでナノンが唱えている声を確認したあと、私も唱える。
レベル6の試験に備えて、習得した風の魔法。
「"――集え風"」
氷が砕け散り、炎が呻き爆発し、悲鳴が上がる中、自分の声を見失わないように集中する。
「"荒れ狂う刃と化し、数多よ踊れ、また踊れ、踊れ"」
空中で風がナイフのような刃を作り上げて、クルリと回転した。
その風のナイフ達の下では、雷の刃が2つ生み出される。ナノンのものだ。
バチバチと輝く刃が、首を狙って交差するように突き刺さった。アマンは感電で震える。
「"燦々たる鋭利な光を纏い、疾風のごとく、切り刻め貫け――"!!」
無数の風の刃が、アマンの身体に突き刺さった。悲鳴を上げて、アマンは崩れ落ちる。
「はっ……ぁ……」
気が緩んで、意識が途切れかけた。まだだめだ。
帰還するまで、安全じゃない。腰に携えた短剣を抜いて、魔法陣を書こうとした。
でも――アマンが起き上がった。
見た目はボロボロだが、立ち上がり私を怒りに満ちた魔物の目で見下ろす。
レベルが高すぎて、敵わなかった。
レベルの低い私達の魔法は、レベル8のアマンを倒せない。その身体に致命傷を与えられない。
山みたいにそびえているように見える。絶望が、目の前にそびえていた。
――死ぬ。
――食い殺される。
「ルカ姉っ……」
誰の声はわからない。
でも、後ろから聞こえた。
ソーヤ、リクノ、ナノンの怯えきっている声。
ふと、あの夢を一部思い出した。
――どうせ彼らを失う。
彼らは、ソーヤ達のことか。
夜に泣きじゃくるソーヤ達が頭に浮かんだ。朝、並んでいる寝顔が浮かぶ。嬉しそうに笑う顔が浮かんだ。
失うものか。
守ってみせる。
私の他に誰がコイツらを守るというんだ。私はソーヤ達を守る責任がある。初めて会ったその日から。
例え二本足で立てなくとも、私の命と引き換えにしてでも守る。
「下がれっ、お前らっ」
後ろに手を振り、突き飛ばした。
「命令だ、下がれっ!」
「る、ルカ姉っ……」
「私に任せて、下がってろ!」
意識を手放さないように、短剣を逆手に握り締めてソーヤ達を下がらせる。
「食いたければ、私から食いな!!」
私は声を張り上げて、注意を引き付けた。痛みは、もう遠退いている。
「息の根を止めてやる!!!」
相討ち覚悟で構えた。
食らいつくその時、頭を突き刺して確実に仕留めてやる。
コイツさえ仕留めれば、ナノンが魔法陣を書いて帰還出来るはずだ。ナノンなら、もう覚えて書けるはず。
このアマンさえ、倒せればいい。
命を燃やすように、身体中に熱さが爆発的に広がる。それを力にして、倒す。
アマンは地面を抉りながら走り、鋭い牙を剥き出しにして向かってくる。
私は頭を狙う。
確実に仕留めため。突き刺す。それだけを考えていた。
しかし、赤い光を目にする。
アマンの頭の向こう。雲1つない水色の空から、まるで降り注ぐかのように、炎が落ちた。
「息を止めろっ!」
考えるよりも先に立ち上がり、後ろに数歩下がっていたソーヤ達の元に飛び込んで抱き締める。
ベールが覆うように、炎が辺りを飲み込んだ。
私に触れる空気だけが、炎を拒む。赤一色に呑まれた。
「風よ(ヴェンド)!」
炎を振り払い、空気を確保した。でも私は目眩がして、息を吸いそびれる。
倒れないように堪えて、振り返った。
「っ!」
目にしたのは、呆然としてしまう光景だ。
現れたのは、鋼のような鋭い翼を持つ生物。
よく蝙蝠の翼を生やした蜥蜴だと比喩されるが、そんな可愛いものではない。
両足がずっしりと太く、黒い爪が地面を抉る。尾は一振りで木をへし折った。空をも覆い隠すほどの翼は両腕とともに下ろされる。
溶岩のようにゴツゴツして黒っぽい身体は、陽射しで金色に艶めく。
最強の生物と謳われる――――ドラゴン。
レベル8のアマンに深手を負わせ、ここに放り込んだ張本人に違いない。
遠くの空を飛んでいる姿を見るのは、ごくたまにある。けれども、ベテラン隊員もこんな間近で見たことはないはず。
いいや、きっとこんな間近で出会して、生き残った人間なんていない。
ドラゴンの主食は、アマンだ。レベルの高いアマンの住む地域に出没する。人間の国には近寄らない。
だからと言って、人間に危害を加えない生物ではない。
目に入れば食い散らかす。アマンよりも強く、凶暴だ。
ドラゴンは、レベル8のアマンを食い殺していく。
そのうち、すぐに私達に狙いを定める。また魔法陣を書く暇なんてない。
短剣を握り直す手に、力が上手く入らなかった。
視界がグラリと揺れて、暗闇に沈みそうになる。立ち上がったせいで傷口が広がった。血が、止まらない。溢れ続ける。
ドラゴンが食事を止めた。ギロリ、と鋭い眼差しが私に向けられる。
最強の生物のドラゴンと、死にかけの私。
炎の息吹きのドラゴンと、火が効かない私。
勝算はある。あるはずだ。
敵が誰でも変わらない。
背にした3人を、守る。
ドラゴンと目が合うと、時間が止まったように感じた。
自分の浅い呼吸も、聞こえなくなる。世界が止まってしまったかと思えた一瞬。
逆三角形状の頭には、左右と後頭部に合わせて3つの大きな角。
黒い縁のゴールドの瞳の中は、マグマが燃えたぎるような赤黒いひし形のよう。
恐ろしいほど美しい生物。
しかし、見惚れている場合じゃない。
鋭い眼差しで、私を見下ろす。
ドラゴンはやがて、赤に濡れた鋭利な牙が並ぶ口を開く。
グルル、と唸れば、火の粉が零れ落ちた。
20151125