11 落下した危機。
最初の見張りは、私とソーヤ。
他は泉のそばに並ぶように仮眠をとる。難しいだろうけれど、一泊して様子を見るのはよくあることだから、眠る練習だ。
「これ、終わったら……そばにいてくれないの?」
剣を抱えるようにしゃがんでいるソーヤが、そっと問う。僅かな物音を聞き逃さないため。
「教育係が教えることはもう教えたから、次は前話した通り、見回り訓練生に昇格だ」
「……それはわかってるけど、そうじゃなくて」
目が慣れた暗さの中で、ソーヤが唇を尖らせた。
「……一日中一緒にいることはない。私はハルバ隊長達と任務する日々に戻る。非番の日と朝と夜に会うくらいになるな」
「……」
四六時中一緒は、終わりだ。
「たまに隊長各にしごかれたりして、街の巡回をするんだ」
ソーヤは黙り込む。
「部屋は隣同士。別に遠くに行くわけでもない」
「……今日みたいに、ルカ姉と任務したい」
「ん?」
「ルカ姉と同じ部隊がいい……」
またそれか。
私と同じがいいと言うけれど、叶わない。
「3人一緒に、ルカ姉と同じ部隊がいいんだ」
3人一緒は、更に難しい。片寄った配属はされないだろう。
かと言って、ソーヤの希望のために部隊編成は出来ない。言い聞かせたけれど、まだ言ってくれる。
泉に目をやれば、ナノンが顔を伏せた。眠れずに、聞き耳を立てていたようだ。
「近いうちに、まぁ2、3年後かもしれないけれど、新しい隊員が数人増えたら部隊編成されて、希望が通るかもしれない」
もう1つ部隊を作る時、支部長に考えてもらえるかもしれない。
バッ、とソーヤは顔を上げた。
「12月の試験まで、連携プレーを強化しておけば、3人一緒の方が力を発揮するって考えてくれる。絆は強さだ。私も頼み込んでみる。それまで、出来る限りそばにいるよ」
微笑んでやれば、ソーヤは綻んだ。
「ずっと……オレ達といてくれよ、ルカ姉」
ボソ、と更に小さく呟いた。
私は掌を置いて、ぐりぐりと撫でてやる。照れたソーヤは、振り払った。
「3ヶ月で本当にお前らは強くなったな。えらいぞ。私まで褒められて、自慢だよ」
伝えれば、ソーヤは頭を抱えて俯く。たぶん真っ赤になってるんだろう。
たった3ヶ月で、立派な兵隊になった。
ハルバ隊長が私を自慢だと言うように、私もソーヤ達が自慢だ。
ちゃんと向き合って、戦えていた。
立派に戦えていた。
もう一人前と言ってもいい。
明日帰還したら、すぐ祝おう。盛大に一日中祝ってやろう。
朝まで、なにも起きなかった。ナノンとリクノも見張りをこなせたそうだ。
それから、3時間ほど付近の捜索。アモンは出てこなかった。
「なんだよ、もう出ないのかよ」
「いいことだ」
つまらなそうにぼやくソーヤの背中を叩く。
「気を抜くなよ、帰還するまでが実演練習だぞ」
フォーメーションを保ちながら、泉から少し離れた魔法陣に歩いて向かう。
「帰還する時は一人ずつだ。自分で魔法陣を使う練習をしてもらう。順番はどうするか」
「……ルカ姉とがいい」
「一人ずつだ」
ナノンがねだるけれど、一人でやる練習だから。ナノンは、シュンと顔を俯かせた。
「確か、教育係は一番最後でしたね」
ニアさんが後ろから確認する。
「はい、私が最後です。ニアさんとルルシュ先輩はお手本代わりに先に帰還してください」
「念のために、どちらかが残るべきでは?」
「んー、確認も済ませましたし、大丈夫ですよ」
「それもそうですね」
心配してくれたけれど、周囲の確認はした。長居しなければ危険はない。
ニアさんもルルシュ先輩も、承諾して頷いた。
「ニアさんもルルシュ先輩も、なぁーんもしてないよな!」
ソーヤは笑顔で言い放つ。悪気はない。
「ソーヤは生意気すぎ。2人に失礼だぞ。リクノはちょっと喋ろ。話しました? ルルシュ先輩」
「……リクノくんは、寡黙でした」
「一言も喋らなかったのかよ!」
数時間一緒にいて一言も喋らなかったリクノの背中に声を上げる。
でも「他人なんかと話さない」と示すかのように、振り向かなかった。
「……ニアさんと話したか? ナノン」
「少し話しましたよ」
ナノンを振り返れば、ビクリと小さく肩を震わせる。ニアさんはフォローするように答えてくれた。
ナノンが話すとは意外だな。
「終わったら、お前らの欠点を直してやる。覚悟しろよ」
「え、どうやって」
「考える」
ソーヤがしかめた顔を向ける。直す気ないのか。
そんなやり取りを見て、ニアさんもルルシュ先輩も笑った。
ふと、思う。
前にもこんなことなかっただろうか。
鬱蒼とした森に射し込む光は、若葉色の光を帯びている。
そこを進むソーヤとリクノの背中を見てから、後ろを振り返ればナノン。それから、ニアさんとルルシュ先輩。
前にも、このメンバーで行動したことないのに、何故か覚えがある気がした。昨日は集中していたけれど、今は少し気になる。
「どうかしましたか? ルカゼさん」
グレイの髪が若葉色に色付いたニアさんが、微笑む。
「いえ、なんでも」
私は笑みを返して、若葉色の木漏れ日の中を進み続ける。
見覚えがあるというより、聞いたことがあるような。変な錯覚だ。気にすることない。
そして、魔法陣に到着した。
「魔法陣の仕組みはわかってる?」
「陣が完璧で、魔力を注げば何度でも使える」
淡々と答えたのは、リクノだ。
「そう。欠けたりしなければ、半永久的に使える。時々、魔法陣の確認をするだけの任務もあるから、移動魔法陣は試験までに記憶しろよ」
リクノとナノンならば、簡単に覚えるだろう。問題はソーヤが覚えられるかどうか。
陣に触れて、魔力を注げばいい。
先に帰還するニアさんは立ったまま、ルルシュ先輩は手をついて、お手本を示してくれた。
「よし、じゃあ好きな方法で帰還して。ナノンから」
ナノンを先に帰還させようと背中を押そうとする。
すると、ナノンはバッと顔を上げて私の手を掴んだ。爪を食い込むほど強い。
それは気にならなかった。
本能が危機を察知し、全身になにかが駆け巡る。
晴々とした水色の空を振り向けば、森の上を飛ぶかのように、巨大なアマンが落下した。
「風よ(ヴェンド)!!」
咄嗟に3人と一緒に離れようと、風の魔法を唱える。
「踊れ(ターン)!!」
回転を加え、乱暴でも距離をとろうとした。
ズドンッ!!
アマンが地面に落ちると、鳴き声を響かせる。そして、鋭利な爪を持つ手が振られた。
魔法陣が刻まれた地面を削り、私の腹を掠める。
真っ赤な血が吹き出した。
風がそれも吹き飛ばし、アマンから離れて私達は地面に倒れる。
強烈な痛みで気を失いかけた。震える腕を立てて起き上がり、傷を押さえる。掠ったと言っても、パックリと裂かれてしまった。
動けない。あっという間に腕が血に濡れて、溢れていった。
無理に動けば、死ぬ。
ルルシュ先輩がいれば、応急処置してもらえたのにっ。
いきなり現れたアマンは、錯乱して喚き散らしている。
首が長く、両足が太い巨体。あちらこちらにひし形の甲羅がついた黒いアマン。体長は10メートルを越えている。
レベル8のアマンだ。
何故か、深手を負っている様子。
レベル8のアマンがこの地域に現れるはずないが、考えられるとしたら、仲間割れで吹っ飛ばれたせいか。
理由はいい。今は生き残ることを考えなくてはならない。
上着を脱いで袖を絞り、傷を塞いだ。
視界に捉えた瞬間に魔法陣に入り、帰還すべきだった。だが、後悔しても遅い。
魔法陣は壊され、帰還は出来ない。新たに書く暇なんてない。危険すぎる。
アマンを倒すしかない。
けれども、相手はレベル8だ。深手を負っていても、レベル5の私が一人で倒せる相手じゃない。
そして、私の方が瀕死だ。この怪我では、逃げ切れない。
囮になっても、大して時間が稼げない。それにリクノ達だけではこの森を抜けられない。他にもレベル8のアマンがいる可能性だってある。
遅いと異変に気付いても、ニアさん達は魔法陣が使えずにここに来れないから、救出は期待できない。
訓練生のリクノ達の魔法は、ノーダメージに等しい。
でも、戦わなくては生き残れない。やるしかない。
幸い、錯乱していてレベル8のアマンが、強力な魔法を放つ可能性は低い。
全員で力を合わせれば、きっと勝てるはずだ。
暴れているアマンの動きが、スローモーションに見える。
瞼が重くなり、息が浅くなっていく。冷や汗が落ちて、悪寒を感じる。
気を失わないように傷を押さえ込んだが、痛みもぼやけ始めていった。
――絶体絶命だ。
20151125