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10 実演練習。



 小さなキューブ型に切り分けられた生チョコを一切れとる。口に放り投げた。

 舌で口の裏に押しつけるだけで、溶けていく。まとわりついてくる。ほろ苦く甘ったるいそれを飲み込んだ。

 また一つ、口の中に入れた。


「緊張してるのか? ルカゼ」


 食堂で一人、生チョコを堪能していたら、ハルバ隊長が来てからかった。


「そんなわけないじゃないですか」


 私は一蹴して、椅子から立ち上がる。堂々と歩いて食堂を出たけれど、歩調を緩めた。


「ただ……不安なんです。彼らと初めて会った日から、久しぶりに死ぬ夢を見たんですよ」


 生チョコを喉に詰まらせて死ぬ夢。

 隣を歩くハルバ隊長は、黒髪を掻き上げながら首を傾げる。


「好物の生チョコを詰まらせる夢には慣れてるし、怖くないんだろ?」


 ハルバ隊長は、スマラグ隊の上着と下に薄手の黒いYシャツを着ている。胸元までパックリと開けているのは、いつものこと。黒い革のズボンとゴツいブーツ。


「3ヶ月ぶりなんです。全く見なかったんですよ。それがいきなりっ。こんな……ことを言うのは私らしくないですが……」

「ああ、ルカゼらしくねぇな」


 不吉。

 夢ごときで不安がって、口ごもるなんて、バカらしい。ハルバ隊長も同意する。


「アイツらを心配するあまり、不安になってまた夢を見ちゃっただけだろう? オレも怒鳴ったし、精神的に疲れたんだ。ごめんな」


 私の頭に手を置くと、また撫でてくれた。


「行くのは、レベル2程度のアマンが住む地域だ。ニアもルルシュもついている。悪いことなんて起きない」


 訓練生の練習の場所に相応しい地域だ。

 今回ついてきてくれるのは、レベル7のニアさんとレベル5のルルシュさんだ。レベル2の群れから、充分守れる。


「悪いな、オレも行ってやりたいんだが」


 申し訳なさそうな顔をするけれど、仕方ない。他の部隊はもう任務で出払っている。

 ハルバ部隊の残りは留守を守らなくてはならない。


「サッとこなして、明日帰ってきます」


 ドンッとハルバ隊長の胸に拳を叩きつけて、ニッと笑って見せる。


「おう、行ってこい」


 眩しそうに目を細めて笑い返すハルバ隊長にぐりっと頬を小突かれたあと、背中を叩かれた。

 ハルバ隊長に送られたのは、移動魔法陣の部屋。

 俗に移動部屋と呼ばれている。

 討伐任務のために、遠くへ出向く必要なもの。

 生チョコの箱の中身のように、大理石の白い床は区切られていた。一部に、魔法陣が書かれている。

 その一つの前に、ソーヤ達がもう揃っていた。

 歩み寄ろうとすれば、持っていた生チョコの箱をハルバ隊長がとった。

「戻ったら新しいのをやるよ」と入り口に凭れて食べる。絶対ですよ。


「ニアさん、ルルシュ先輩。今回はよろしくお願いします!」


 先ずは同行してくれる先輩達に頭を下げる。ソーヤ達もペコリと腰を曲げた。

 ニアさんは白いYシャツの上に上着を着ている。黒いズボンと、ブーツ。ルルシュ先輩は、上着をしっかり閉じている格好だ。


「これ、ルカゼさんの分です」


 ニアさんに渡されたのは、イヤーカフ。真珠が並ぶようなデザインのそれは、通信機だ。

 相手の声が直接頭に響くもの。もうつけているソーヤ達と繋がっている。

 耳たぶの近くの一番下の真珠が私。それから下からニアさん、ルルシュ先輩、ソーヤ、ナノン、リクノの順番だ。

 真珠に押して、繋がることを確認しつつ、ソーヤ達に使い方を教えた。


「ナノン、緊張してる?」


 じっと魔法陣を見下ろすナノンの耳に触れれば、顔を上げたナノンはふるふると首を振る。すぐに私に抱きついて、お腹に顔を埋めた。


「大丈夫、私も先輩方もついてる。実力を発揮して、勝つんだ」

「……うん」


 ナノンを宥めたあと、再確認をする。

 これから向かうのは、レベル2のアマンばかりが住み着く森だ。街から130キロ離れている。

 呼び名は青泉(あおいずみ)。青い泉のある森なのだ。

 そこでアマンを捜索し、討伐。野宿の経験もさせるために一泊し、翌日周囲を確認して帰還。


「指揮を執るのは、教育係の私だ。でもニアさんとルルシュ先輩の指示も聞くこと。命令違反は、不合格になるからな」

「早く行こうぜ!」


 せっかちなソーヤを笑い、先に魔法陣の中に立たせた。

 魔法陣は彫られているので、傷さえつけなければ効果を発揮する。

 青泉にも書いてある魔法陣に繋がっているから、魔力を流せば一瞬で130キロ先に行けるのだ。


「武器を構えろ、今から行く場所はいつ襲われるかわからない現場だぞ」


 私が風の魔剣を出せば、各々が魔剣を出した。

 全員で魔法陣に乗ってから、見送ってくれるハルバ隊長に手を振る。

 足から魔力を流し込むように注げば、魔法陣から白のベールが舞い上がるように視界を遮った。

 瞬いた次の瞬間には、森の中にいる。生い茂り、枯れ葉が散乱している普通の森だ。

 地面に彫られた魔法陣から下りて、ソーヤ達は周りを見回す。


「これより、実演練習を始めるぞ」


 ニッ、と笑いかけて、捜索を開始した。

 ニアさんとルルシュ先輩は後方で援護。

 ナノンは2人の前で、援護。前衛のソーヤとリクノを私が後ろでサポート。

 このフォーメーションで戦うと、昨日決めた。

 数時間の捜索後、レベル2の群れと遭遇。黒い毛の小熊のような体型で、膨らんだ腹は垂れている。両手は顔よりも大きく、爪がナイフのように3つ、鋭利に剥き出しになっていた。


「ソーヤ、リクノ、接近するアマンを倒せ! 突破した奴は気にするな! ナノン、後方を()て!」

「はいっ!」


 ソーヤだけではなく、リクノとナノンもこの3ヶ月でしっかり返事をするようになった。

 目で確認できるだけでも10体いる。そんなアモンの群れと対峙することは、初めての3人に緊張が浮かぶ。

 ちゃんと動けるかどうか、彼らを注意深く見張る。

 動けなかった場合に助けられるように、ニアさんもルルシュ先輩も構えてくれている。

 いざという時はお願いします、と視線を向ければ2人は了承して頷いた。


「ソーヤ、リクノ、上にも気を付けろ!!」


 開けた場所でフォーメーションを保ち、向かい打つが、木の上からも飛びかかる。

 ソーヤは上から来た真っ二つにすると、前から来るアマンを叩き斬った。

 リクノの方は雷の魔法で3体を感電させると、一振りで仕留める。

 大した敵ではないと理解し、ソーヤとリクノの表情に余裕が浮かぶ。いつもの調子を取り戻し、少しずつ仕留めていく。

 そんなソーヤとリクノの間を通過するアマンが1体。

 反応して追いかけようとしたが、私の命令に従い、信じて前に向き直る。

 それでいい。私が叩き斬る。

 ナノンが詠唱を終え、地の魔法を発動させた。リクノ達が相手しているアマン以外、地面から生えた尖った岩が貫く。

 リクノは剣に雷を纏まらせると、鞭のように伸ばして振り回し、木の枝から狙いを定めたアマンを叩き落とす。

 ソーヤが炎の砲撃でトドメをさした。

 視認できる敵がいなくなった。周りを見るように、右手を上げて指示をする。

 静まり返った。

 ナノンとソーヤは、喜んだ表情を私に向ける。


「油断するな。群れは大抵2つに分かれて行動する。2つ目を捜すぞ」

「はい、ルカ姉。あっ……ルカゼ、先輩」


 気を緩ませてはいけないと伝えれば、ナノンが返事をした。

 すぐに罰が悪そうに言い直すものだから「ルカ姉でいい」と返す。

 ナノンは照れたような笑みを、グッと堪えるように唇を結んだ。

 その後の捜索では、アモンは見つからなかった。


「上出来だった」


 日が暮れてから、褒めれば3人ははにかんだ。

 青い泉の元で、野宿を始めた。焚き火をして、森にある茸や草を入れてシチューを作り、軽く夕食をすませた。


「見張りは二人一組。私とソーヤ、ニアさんとナノン、ルルシュ先輩とリクノだ。睡眠はしっかりとれよ」


 寝る際の見張りを決めると、ナノンが顔色を悪くする。少しは他の人に慣れろ。

 ルルシュ先輩は困ったようにリクノを見下ろし、リクノは無言で見上げた。喋ろって。


「お見事ですね。昨日の演習からして、余裕だとはわかっていましたが。普通の隊員と変わりませんね」


 焚き火に照らされながら、ニアさんが私に微笑みを向けた。


「ルカ姉には勝てないけどな」


 ソーヤはじとっと私を見上げてむくれる。


「僕もルカゼさんと手合わせして勝ったことありませんよ」

「ルルシュ先輩、見た目からして弱いよな」

「……面目ない」


 のほほんと会話に入ったルルシュ先輩を、ソーヤはバッサリと言い放つ。ルルシュ先輩はなにも言い返せず、ガクリと項垂れた。


「こら、ルルシュ先輩に失礼なことを言うな」

「今回、僕はなにもしていませんし……」

「今回は必要なかっただけで、ルルシュ先輩のサポートは完璧ですよ、自信持ってください」

「ルカゼさん……」


 しょんぼりするから励ませば、ルルシュ先輩は綻んだ。


「ルカ姉はいつも褒めてるよな」

「人に長所があるからな。お前の欠点もいつも言ってるだろ」

「うぐっ」


 演習で欠点をつつかれまくるソーヤは、苦い顔をした。

 ニアさんは、クスリと笑う。

 雑談を切り上げ、火も消したあと、私は3人を呼んだ。泉を囲う岩に乗る。


「私も訓練生の時、ハルバ隊長に見せてもらったんだ。水には触るなよ?」


 星明かりだけになった今、泉の中はほの暗く不気味。ナノンは私に寄り添った。

 私は雷の魔法で小さな雷を生み出す。それをおにぎりを作るみたいに、丸めた。それをゆっくりと泉の中に沈めれば、水の底で青い色が光の玉を包むかのように現れる。

 もう1つ、また1つ、光の玉を落としていく。

 幻想的な青い泉に、白い光の玉が淡く漂う。

 ナノンとリクノも真似て、光の玉を丸めて落とした。器用な2人だ。

 実演練習に初参加したニアさんも、初めてだから岩に手をついて覗いた。

 ルルシュ先輩も頬杖をついて眺める。

 青い泉の光に照らされた皆の顔は喜んだようだったから、私も笑みを溢した。




20151124

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