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 結局、優良のことばかり考え上の空になっていた楓は、大学院時代に楓の指導教員であった、西口隆夫に会いに行くことにした。これは、同じゼミの後輩であった野久保のすすめであった。西口は、スクールカウンセラー歴の長いベテランカウンセラーであり、東京一帯のスクールカウンセラー部会のトップに立っている。

 何か月かぶりに入った、西口の部屋は相変わらずかなり散らかっていた。楓がいたころは、しっかりと整理整頓をしてやっていたが、今はそんな学生もいないのであろうか、すぐに散らかってしまう。

「もう、先生片づけなきゃダメだって、言ってたじゃないですか!」

「ごめん、ごめん、松島が来てくれてありがたいなあ…」

まるで、師弟関係が入れ替わって様な会話であるが、何年も前から楓と西口はこう言った関係性である。

「もう、学生に笑われますよ!」

「もう笑われとるわ!」

そう言って、西口は自分ができないことを笑い飛ばす。楓にはおおよそできないことであった。しかし、そことは違うギャップに楓は学生時代に惚れ込んでしまった。そのギャップをいかんなく発揮するのは、心理学の話をした時である。

「松島、何かあったんだろ?」

そして、西口は鋭い。

人の一日一日の違いを細かに観察し、少しの変化でも気づくことができる。彼こそが、カウンセラーとして、必要な資質を持った人間かもしれない。

楓は、優良とのカウンセリングのことを西口に話してみることにした。

「実は、不登校の子を、今担当してるんですが…」

西口は、楓の話に対して丁寧に相槌を打ちながら聴いていた。楓も、すべて聴いてくれているという安心感を持ちながら、優良とのことを全て話すことができた。

「う~ん、良くなってたのにね、何があったんだろ?」

「そうですね…、最初は、部屋の前に行って声をかけても、何も返してくれなかったから、手紙を使って話してて、ようやく一言帰ってきて、扉越しで話してたら、その内部屋の中に入れさせてもらって、優良ちゃんやっと少しずつ出れるようになって、月曜日だけだけど、学校にも来れるようになって…」

楓は、悔しさと虚しさを露わにして、西口に話していた。西口にすべてを受け止めてほしかったのかもしれない。しかし、西口からは援助者の師匠としての一言が返ってきた。

「松島、君のクライアントは一人じゃない…優良ちゃんのことばかり考えてると、他のクライアントさんのことを考えられなくなるし、優良ちゃんのことも見えなくなってしまうぞ…」

楓は、西口の言葉を聴くと、小さく頷いた。

「一人の人間に、一生懸命になることは、君のいい所でもあるけど、君の最も悪いところでもある…どうかしたら、カウンセラーには向いてないかもしれない」


 楓は、西口の裏表のない言葉を受け止め、夜の勉強家に出かけた。東京23区の中心部にある、比較的大きな私立大学で勉強会は行われる。学校領域で活動する臨床心理士たちが集まり、カウンセリングケースの検討会を行い、意見を出し合う。カンファレンスと同じ感じであるが、ここでは発達障がいの診断に使う、WAISなどの見方やロールシャッハテストや一本の木の絵で、神経症レベルを診断するバウムテストなどを検討する。楓もこの場に来て3年が経過し、教えてもらう立場から、資格取立てのカウンセラーに教える立場になった。

 この日も、3時間の勉強会を乗り切り、再び体を港区に向かわせた。勉強会では教える立場で若干威張っていた雰囲気であったが、西口の言葉が楓の頭の中をグルグルと駆け巡った。電車の中でも、そのことばかりを考えていた。

“カウンセラーに向いていない”


 港区の駅で電車を降りて、家に向かう道で、楓は信じられない光景を目撃した。中川誠司が、楓が歩いている所と反対側の歩道で、若い女性と歩いていた。誠司はその女性と腕をからませている。

 これで、今朝の電話で語っていた、少し大事な話の詳細が分かった。誠司は、楓のほかに好きな女性ができ、楓に別れを告げたかったのだ。別れることは、予想がついていたが、まさか自分と別れる前に誠司がこんなことをしているとは思わなかった。

 楓は、叫びたくなり、帰宅途中にあるカラオケ店へと入っていった。


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