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~優良失踪5日前、木曜日~


 じりじりと大きな目覚まし時計の音が、独り暮らしの楓の部屋にこだました。楓は、その音に気付き時計に手を伸ばして、うるさい音を消す。そして、時計の針を見ると朝の8時半を回った頃であった。目覚まし時計をセットするときには、8時半という時間をしっかりと確認してからセットしているはずなのに、なぜか時間を確認してしまう。

「もう朝か…」

 楓はそんな独り言をつぶやきながら、上半身だけをゆっくりと起こした。昨日は、色々の書類の作成を終え、寝床に着いたのは午前2時を回った頃であった。この時間はふだんの楓からすると少し早目であるが、それから優良のことが気になりだし、結局寝付いたのは午前4時くらいであった。

 しかし、4時間以上寝てるから大丈夫と言い聞かせ、楓はゆっくりと布団から体を出す。10月ともなると朝方は少しひんやりとした、空気が部屋中をつつんでいる。

「味噌汁吸って、ご飯食べて…」

そう独り言を言いつつ、昨日仕込んでおいた、出汁に味噌を投入し味噌汁を作り始めた。そして、炊飯器のところに向かうと、楓は衝撃的な光景を目の当たりにする。

「あ~セットし忘れた…オワタ…」

今からセットしていては、朝10時からの仕事に間に合わない。

「コンビニでおにぎり買うか…」

こういったわけで、楓は朝からかなりテンションが下がってしまった。

 とりあえず、味噌汁だけ吸った楓は歯磨きをすまして、カウンセラーの服に着替える。カウンセラーの服は、色は落ち着いたものを選択し、あまり黒などの色は使わないようにする。そして、胸元が開いたものや肌が見えるものは絶対にNGだ。

 出がけに携帯を確認すると、一件の着信が入っていた。名前を見ると、【中川誠司】と書かれてある。

中川誠司は楓の恋人だ。

楓と誠司は、2年前の合コンで知り合い、それからすぐに付き合い始めた。最初のうちは、頻繁に会っていたが、楓がとてつもなく忙しいこともあり、今では月に3度くらいしか会わないようになっている。

 楓は、誠司に電話をかけ始めた。出がけの電話はあまりよくないと言われるが、誠司の声を聴きたいという思いもあったからだ。誠司への電話はすぐにつながった。

「楓、久しぶり…」

「久しぶり誠司…」

久々に聞いた誠司の声は、普段と変わらず優しい声であった。

「どうしたの?」

楓は、誠司に聞く。

「今日会えないかなって思って…」

「今日…」

楓は、今日の予定を頭の中で確認していく。午前中にカウンセリング一つ行い、午後からカンファレンス。それから、場所を移動して、勉強会への参加と誠司と会う時間は全くないスケジュールであった。

「誠司…ごめん無理だ…」

「うん、分かったよ」

誠司は少し声を詰まらせながら言った。

「ごめんね…」

「いや、いいんだ、少し話があっただけだから」

「話し?」

「うん、少し大事な話…」

誠司に何かあったのだろうか、暗い声色をして話していた。

「楓…」

「何?」

「なんかさ、恋人ってこんなんでいいのかな?」

「……」

楓は、急な誠司の一言に言葉が出なかった。

「ごめん、楓」

「いや、そんなん私が忙しいだけだし…」

「俺たち、会わな過ぎて、喧嘩もしたことないよな…」

そう言って、誠司は電話を切った。誠司の大事な話とは、楓に別れを切り出す話なのだろうか。しかし、いつかこんな日が来るというのは、予想がついていたことである。

「もう…なんでこう次々に?」

そうつぶやいて、楓は立ち上がった。

午前中は、自閉症の小学生へのカウンセリングを、楓が卒業した大学の心理センターで行う。楓は、そこで修士号を取得した後も相談員として、木曜日だけ勤務をしていた。自閉症の子どもはかなり純粋で、話していると明るくなることがある。

そんなことを考えて、楓は家を出た。

「なんか、クライアントに助け求めたらダメじゃん…」

木曜日は朝、楓は独り言が止まらなくなっていた。


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