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「『Yesterday』…」
亜紀は楓の言葉を聴いて少しうつむいた。そして、一言つぶやき黙り込む。
「西田さんに聴きました。あなたはよく子持ち歌代わりにあの歌をよく、優良さんに歌ってたらしいじゃないですか」
「西田に聞いたって…あれは、あの子が乳児の時よ…そんな時のこと」
「そんな時だからですよ!」
楓はその言葉を、少し語気を強めていった。うつむいていた亜紀もその楓の言葉に半ば驚き、顔を上げて真っ直ぐ楓を見た。
「あの時に、優良さんは帰ろうとしているのではないでしょうか?」
「あの時に…」
「優良さんが、赤ちゃんの時にです」
楓の頭の中には、午前中に講義を行った短大で話していた愛着障害のことが頭をよぎっていた。しかし、優良は単に愛着障害というわけではなく、母親との信頼関係は捕れていると楓は考えていた。
「いきなり、ここまで踏み込んでしまうのは申し訳ないんですが、私は優良さんのカウンセラーであなたのカウンセリングをしているわけじゃないのでご容赦ください…あなたは結婚と離婚を繰り返してますよね」
「そうですが…それが優良と何か関係が?」
「優良さんと関係があるか、亜紀さんはどう考えていますか?」
楓がその質問を楓に投げかけると、亜紀は考え込む仕草を見せ、そのまま黙り込んでしまった。その後亜紀は、何とか話そうとするが上手く言葉に出せないみたいだ。
「優良には…えっと、」
楓は亜紀が言葉を発するまで待とうとしていた。亜紀が無意識のうちに気付いていることを言葉にしてほしいと思っていた。
「ごめんなさい…優良に影響はあったかもしれない…」
「影響はあったかもしれない?」
亜紀は影響があったかもしれないと言った。楓はここまで言ってくれたのだから、もう十分だと考えてしまった。
「影響は離婚だと考えているのですね?」
「はい…そうだと思います、だから私のことを…」
亜紀は、優良が自分のことを嫌っていると思い込んでいる。しかし、楓には優良が母親である亜紀のことを嫌っているとは思えなかった。
「亜紀さん、あなたは西田さんとの関係が上手くいってた時、優良さんと二人でギター弾いて、歌ってたんですよね『Yesterday』」
「それも、西田から?」
「いいえ、私の勘です」
亜紀はその楓の言葉を聴いて、思わず笑ってしまった。
「カウンセラーって、勘も使うの?」
「いえ、普通は使いませんよ」
楓は亜紀の質問を、右手を顔の前で横に振りながら否定した。
「亜紀さん、私の勘が本当なら、優良さんはあなたと一緒に歌ってた頃に戻ろうとしていると思います…あなたは、西田さんと離婚して以降、優良さんに嫌われてると思い込み、あまり関わっていませんよね?」
亜紀はそれを聴いて頷く。
「ならば、あなたが少しずつでも優良さんに対して心を開くことで、変わると思います」
「でも、松島先生!優良はね、私に、こう言ったの」
亜紀が話しているその時だった、楓の携帯に着信が入ったのだ。楓が出ろうとすると、二回目の着信音で切れた。
「すいません…お話の途中で…」
優良が亜紀に謝罪を入れている時に、次はメールが入った。携帯の画面にメールが入ったことを通知するアニメーションが映し出される。発信者は不明だが、その件名を見て楓は驚いた。
「優良ちゃん…」
そのメールの件名には、【三島優良です】と書かれてあった。
「すいません、亜紀さん…優良さんからメールが届いたみたいで…」
「優良から…」
亜紀の顔も少し驚いているようだ。
「松島先生、優良とメールのやり取りを?」
「いえ、優良さんには私のアドレスは教えてないはずです…」
優良は、そう言いつつ優良からのメールの内容を確認した。それを見たとき、楓は言葉を失い一瞬頭が真っ白になった。
“楓ちゃん…私のお姉ちゃんみたいになってくれてありがとう…こんなダメ人間でごめんね…さようなら”




