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 講義が終わって、楓が教室から出ようとしていると、二人組の男女が楓のもとにやってきた。短大生かと思ったが、この二人の顔に楓は心当たりがなかった。

「松島先生!初めまして、私は、福岡の大学院で臨床心理士を目指している高井駿太郎と申します」

男性の方が、自己紹介をした。楓はそれを聴いて、福岡の大学院生がわざわざ東京にまでやってきて自分に何の用なんだろうと考えた。

「松島先生ですよね?いじめに関する研究をなさっている」

「はい、私はいじめに関する研究をしていますが、何か御用でも」

どうやら、この高井駿太郎と名乗る男性は楓が書いた論文を読んだことがあるそうだ。楓がその横に立っている女性に目をやる。身長は楓より少し低く、色白で目が大きい。とてもかわいらしい顔立ちをしていた。そして、微笑みを浮かべており、その顔に引き込まれそうな感覚を覚えた。

「ああ、こっちは同じ大学に通っていた月島光です。ちょっと自閉症のような傾向があるもので」

高井は女性を“月島光”と紹介し、彼女の障がいまで述べた。

「ひかる!よろしく、かえで!」

「えっ?」

楓は驚いた。

月島は初対面である楓のことを突然名前で呼んだからだ。

「わたし!ひかる!」

月島はそう言って手を差し伸べてくる。

楓は驚きつつも、その声はなんだか心地よい声に聞こえた。今までの疲れがどこかに飛んでいきそうな声であった。

楓は思わずその手を握り、「月島さん、よろしく」と言っていた。

「ああ、松島さんすいません…いつもこんな感じで…」

高井は、楓に対してすごく申し訳なさそうにしていたが、楓は全然かまわないというように、首を横に振った。

「いや、なんだろう、なんだかうれしいな!」

楓は笑顔でそう答えた。

「光は、論文とかで名前を見るとその人の名前は覚えてしまうんです。そして、初対面であれ、楓は人を下の名前でしか呼びませんし、下の名前を覚えるまでその人とは話さないんです」

「へ~面白いわね、あなたの彼女さん」

「え!」

楓の一言に、思わず高井はのけぞる。

「だって、書いてあるわよあなたの顔に、この子のことが大好きだって、光ちゃんの顔にもね!」

「さすが、あの論文を書かれた松島先生ですね…」

まだ、カウンセラーとしては若手中の若手らしい、高井はたじたじであった。

「で、私の論文読んで、何か私に聴きたいことでもあるの?わざわざ、こんなところにまで来て、大学に来ればいいのに」

「僕たちの予定が合わなくて…僕たちの指導教員が、松島先生の指導教員だった西口先生のことを知ってて、最初は西口先生に連絡したら、ここに行けばいいと…」

楓はそれを聴いて、“西口余計なことを…”と心の中で思ってしまった。

「で、聴きたいことは?」

「え~僕もいじめについて研究しようかと思ってるんですが、フィールドのことで…」

 高井が楓に対して聴いてきたのは、いじめを研究するうえでのフィールド、つまり研究対象をどうやって見つけるのかという質問であった。いじめの研究で、直接その当事者からアンケートを取ったり、話を聴くのはとても難しいことである。見つけるのも難しく、見つけても、研究では研究対象者を傷つけることはタブーであり、倫理的な問題にもなってくる。

「ありがとうございました…やっぱり難しいのですね…」

「そうね、でもあなたの目の付け所は悪くないから!」

楓は難しいことだけを伝えて、根拠もなく励ますことしかできなかった。

「しゅんたろう!おちこんでる、いや!げんきだせ!」

高井が楓の話を聴き終わり、肩を落としていると月島光が高井の横からこう言った。それを見ていた楓は、思わず笑ってしまう。

「光ちゃんは、人の心を読む天才みたいね!」

「よく言われます…生まれついてのカウンセラーとか…」

「へ~生まれついての…うらやましい」

「本当にですよ…」

 二人は、楓との話が終わるとすぐに「少し東京で遊んでいきます!」と言って、その場を後にした。

楓は不思議な少女と出会った。

 大人が子どもの頃に持っていて、いつしか忘れてしまう心を大人になっても持ち続けている少女であった。


月島光が登場します。

『月の少女』の主人公です。

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