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楓は、2階に上がると優良の部屋の前までゆっくりと歩を進める。最近はもう少し明るい雰囲気であったが、今日はどんよりとした重い空気が立ち込めているような気がした。思い起こせば、楓が初めてここに来たのは、半年ほど前のことである。優良は高校1年生の冬休みが終わってすぐの頃、突然自分の部屋に閉じこもった。それから、一月半程たったころ、楓に優良の話が行き、楓は優良の訪問相談員を担当することになったのだ。その時も楓は、このようなどんよりと思い空気がこの部屋の前を包み込んでいたような感覚に襲われた。
「優良ちゃん!松島楓です!開けてくれないかな…」
楓は、優良の反応が返ってくるのかを確かめる。しかし、優良は楓の声に反応しなかった。最近の優良は、楓が来る時間になると家の前で楓を待っていることが多く、そのまま2人で優良の部屋まで上がっていったものだ。だが、家の前に優良の姿はなかったし、家の中に入ってみると、優良はまた閉じこもりの状態に戻っている。
「優良ちゃん…ダメかな?」
楓は、何度かそうやって話しかける。
「少しでもいいから、お話ししよう…」
“ガタッ”優良の部屋の中から、物音が聞こえた。優良が楓の声に気付いてはいるみたいだ。
「優良ちゃん!起きてはいるのね…開けてくれないかな?」
楓がそう言って、しばらくの静寂の後、優良のかすかな声が聞こえた
「楓ちゃん…ごめん、なんだかそんな気分じゃない…」
楓は、その声を聴いて、少しうつむいた。
「今日は、気分がすぐれないんだね…」
その後、楓はすぐに優良に対してこの言葉を返す。
「うん…」
そして、優良の返事が小さく聞こえた。
「分かった…じゃあ、また来週ね!何か話したくなったら、月曜日は学校にいるから!」
そう言って、楓は優良の部屋の前から離れ、下のリビングへと降りて行った。心の中では、今日の状態では難しそうだが、次の月曜日学校に来てくれればと思っていた。優良は少しずつ学校になれるという、吉田の提案で、楓がスクールカウンセラーをしている月曜日だけ体調を考えて登校をするようにはなっていた。登校と言っても、優良と1時間程度カウンセリングルームで話したり、ゲームしたりして過ごすのであるが、これが不登校生徒への治療法でもある。
下に降りると、毎度のことながら吉田は、2人の兄妹と遊んでいた。吉田は、学校の先生だけあって子ども好きであり、よく子どもにもなつかれる。たまに子どもが苦手な教師を目の当たりにするが、みんなこんな教師であったらと、楓は考えてしまうこともある。
キッチンのところから食器を扱う音が聞こえる。楓がキッチンの方に行ってみると、優良の母、亜紀が2人目の夫との間に産んだ女の子の三島麻奈がいた。優良とは2つ年下で、来年高校受験を迎える受験生である。いつも家族全員分の食事を作っているほどだ。
「こんにちは。楓さん」
楓に気付いた麻奈は、楓に対してあいさつをした。
「こんにちは。麻奈ちゃん」
笑顔で楓もあいさつをする。
「お姉ちゃんと話せましたか?なんか、またあんななっちゃって」
麻奈も姉のことをかなり心配している。
「話しできなかった…どうして、また部屋に閉じこもったのか聞きたいけど…なんか心当たりない?麻奈ちゃん」
「分かりません…3日くらい前から突然…」
「そっか…」
麻奈は、少し暗い顔をして答えていた。楓は、弱音を吐かない麻奈のことも心配していた。この性格は、かなり優良に似ているからだ。最初の優良は、今日と同じようになかなか話してくれなかった。吉田の話によると、学校でも弱音を吐いたことはないらしく、いきなり不登校になったと聞いている。家が大変なはずなのに、助けてとは一言も言えないでいたのだ。
そして、引きこもった。
カウンセラーと教師になる人間は、よくこんなことを言われることが多い。“助けを求めれる子供は、大丈夫…本当に危ないのは、助けてを言えない子どもたちだ。”




