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楓は学校での勤務を終えた後、自宅に帰るため最寄りの駅へと向かった。楓がこの高校で働き始めて、2年が経っている。1年生は楓のことを知らない生徒が多い。しかし、3年生になってくるとほとんどの生徒は楓の顔を見ると、「松島先生、こんにちは」と名前付きであいさつをしてくる。
楓は普通の教師とは違い、生徒を叱らない立場であるので生徒にとても気に入られる存在でもある。学校の先生ができないことをすることがスクールカウンセラーの役目でもあるのだ。
最寄りの駅に向かう間でも、楓は何人もの生徒に話しかけられた。男の子は高志みたいに「楓ちゃん!」と言ってくる生徒もいる。しかし、楓の立場ではそれでもいいのだ。
多くの生徒は、最寄の駅に向かう途中のたこ焼き屋で、たこ焼きを食べてから帰っている。楓も一度食べてみたいと思っていたが、楓が帰る時間は帰宅部の下校時間と重なるため、多忙な楓はなかなかたこ焼きに手を出すことはなかった。
楓はたこ焼き屋を通り過ぎ、そのまままっすぐ3分ほど歩くと、最寄りの駅が見えてきた。学校の近くということもあり、安全性配慮のため近年プラットホームの工事が行われたようだ。外観はかなり古い建物であるが、ホームは真新しく、初めの頃はそのギャップに気分が悪くなってしまうほどであった。
楓が駅の改札前で、ICカードに現金をチャージしようとしているところに、今楓がかなり会いたいと思っている人間が声をかけてきた。
「松島先生…あの…」
楓がその声に振り向くと、優良の母である三島亜紀が立っていた。
楓はその姿に驚きつつも、冷静に「優良ちゃんのお母さん、こんにちは」と返したのであった。
「こんにちは」
亜紀は楓にそう言って軽く頭を下げる。
楓は、そのように頭を下げる亜紀を始めて見たので、いつもと違う雰囲気を感じ取った。
「どうしたここに?」
楓はいつも昼間、家にいる亜紀がどうしてここにいるのかと思い聞いた。
「ちょっと用事が…」
少し笑顔で亜紀は答える。
「用事ですか…」
「はい…そうなんですよ…。そう言えば、今日優良は来ましたか?」
亜紀が目を見開いて話題を変えた。
「来ましたよ。優良ちゃんずっとまた閉じこもってたので、心配で…」
「松島先生、ありがとうございます」
亜紀は肩をなでおろしながら、楓に答えた。
「心配だったんですか?」
「そんなこと…」
亜紀は楓の質問を大きく首を振りながら否定した。
「私は、あの子に嫌われていますから…だって、私があの子を虐待してるという噂が流れてるみたいだし…」
「そのことなら、昨日西田さんと会って、全部自分のせいだと言ってましたが」
亜紀は楓のその言葉を聴いたとき瞬間、少し後ずさりをした。どうやら西田という名前を聴きたくなかったみたいだ。
「あの…明日家じゃないどこかでお時間作ってもらってよろしいですか?」
楓は秋にある提案を持ちかけた。それは、亜紀が優良に対して本当はどんな気持ちを持っているのかを知りたかったからだ。噂通り、優良に虐待をしているのか、それとも優良のことを大事に思っており、色々と助けてもらった経験のある西田をかばっているのかを。
亜紀は一瞬目を躍らせて、戸惑ったような表情を見せていたが、大きく深呼吸中をすると楓に向かってこう言った。
「行けたら、行きます…」
「ありがとうございます」
楓はそうお礼を言って、財布の中からとある店のカードを取り出した。
「では、来れたら、明日の午後1時にここに来てください」
亜紀は、それを受け取り何も言わずにその場を立ち去った。改札口を通り、立ち去っていく姿は何かをため込んでいるようにも思えた。しかし、楓の中では答えが出つつあった。
亜紀は、優良のことを大切に思っていたら必ず来るはずだ。




