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その後、優良はカウンセリングルームで楓と会話をしたり、楓とオセロ対決したりして過ごした。楓は、少しばかり元気そうな楓の姿を見てちょっとだけ安心した。
いつもは2、3人他の生徒がいるが、今日は朝に大久保高志が訪れただけで、誰も来ることはなかった。
「優良ちゃん、ちょっと私トイレに行ってくるから、お留守番してもらってていい?」
「いいよ」
楓は、お昼休み明けの5時間目の時間に入った時、急に尿意を感じてトイレに向かった。その間、カウンセリングルームの留守番を優良に頼んだ。今の彼女なら大丈夫だろうと見込んでのことであった。優良は不登校であるが、クラスに適応できなくなり不登校になったというわけではなかったからだ。
楓が一階の職員トイレで用を足し、カウンセリングルームの戻ろうとしていると、優良の担任の先生である吉田に遭遇した。
「松島先生、三島が来てるんですか?」
「はい、朝の10時半くらいから、ずっとカウンセリングルームにいますが…」
吉田は安心したのか、大きく一息吐いた。
「それで、どうですか?彼女の状態は」
「そうですね…一応面接もしたんですが、何か急に話題が飛ぶという感覚はありました」
「話題が飛ぶ?」
楓は眉間に右手の人差し指を押し当てながら答える。
「何か…お母さんには、自分のこと分かってもらえないていう話から、範囲が大きくなって、自分と違う人間が、自分の痛みを分かるわけない的な…」
「はいはい…言っている意味は分かりますが…」
「私も、優良ちゃんと同じこと考えてるので、よく分かるんですが、それにしても話が大きくなったなとは感じました。けっこう、思いつめてるのかなって」
「そうですか…」
吉田は再び心配そうな顔になる。
「でも、思ったより悪い状態ではなかったと思います!」
楓は吉田の心配そうな顔を見て、慌ててその言葉を発した。吉田は、楓がそう言った直後、再び笑顔に戻って「そうですか!」と言った。
「では、松島先生よろしくお願いします」
「はい、かしこまりました」
楓がそう言うと、吉田は楓に背を向けて歩き始めた。時より腰辺りをさすりながら歩いていた。楓はそんな吉田の姿を見て、かなり無理をしている印象を受けた。
楓がカウンセリングルームに戻ると、優良は自分の荷物をまとめていた。
「優良ちゃん、帰るの?」
「うん、今日は麻奈に私が晩御飯を作ろうかと思って」
笑顔で優良は答えた。それを聞いた楓も少し感心して笑顔になる。
「お!偉いな!そうか、ご飯作ってやるのか…私も優良ちゃんのご飯食べたいな…」
「いいよ、楓おねえちゃんのだったら作ってあげる。その代り、一食900円ね!」
「え~…そんなに払ったら、次の日昼ご飯食べれない…」
「冗談」
このような冗談が言えるのは、いつもの状態に戻った優良であった。楓もこのような会話ができて、大分安心できたのであった。
「あ、楓おねえちゃんは何かしたいこととかある?」
「私?私は何だろ、ここ数年そんなこと考えてないや…」
「へ~そうなんだ」
優良が意外そうな顔をして言った。
「優良ちゃんはしたいことあるの?」
「渋谷駅前で路上ライブ…ていうか、駅前を客席にしたライブ?」
楓は、それを聴いて頷く。そしてそれを想像するとすごい光景が頭の中に浮かんだ。
「うわあ、それは歌手だね!」
「うん、歌手になれたらいいかな」
この日、改めて優良が歌手になりたいということを再確認できて、楓は嬉しかった。
「そう言えば、葛城先生が待ってるって言ってたよ」
「合唱部?」
優良のその言葉に、楓は頷く。
「普通に学校行くようになったらいく」
「分かった、そう伝えとく」
優良は楓の言葉を聴いた後、カウンセリングルームの扉を開いた。
「じゃあ、またここで会おうね!」
楓がそう言うと、優良は「分かってる」と言って、その場を後にした。




