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楓は学校に着くとすぐに高山のもとへと向かった。優良の1つ前の父親、西田へのアポを取り付けてくれたお礼をするためだ。
「高山先生、ありがとうございました!」
楓が高山の前で、お礼を言うと、高山は突然何も言わずに、楓の顔を覗き込んできた。楓は何か顔についているのかと思い、顔を手でさする。
「松島先生…」
「はい、なんでしょう?」
高山がうっすらと笑みを浮かべる。
「すごい隈がついてますよ」
「えっ?」
楓は思わず、顔をそむける。
「寝てないのね…」
「はい、寝てないですね…いろいろと…」
楓がそう言うと、高山は職員室の壁に貼ってあるカレンダーを見た。そして、何度か首を縦に振った。
「あ~、もうすぐ学会ね…松島先生もポイント稼ぎに何か発表を?」
「はい、まあ…」
「大変ね」
高山はそう言って、職員室の冷蔵庫の方向に向かった。そして、冷蔵庫を開けて何かを取出し、もう一度楓の元へと戻ってくる。
そして、手に持っていたものを楓に差し出した。高山が楓に差し出したものは、栄養ドリンクであった。
「はい、これどうぞ!松島楓先生、あなたの研究は、教育心理学学会の学会誌で読ませてもらったことがあるけど、とても面白くて、興味深いわ」
「あ…ありがとうございます」
楓は高山に対してお礼を言いつつ、栄養ドリンクを受け取った。
楓の研究が日本で有名な信頼のある学会誌、【教育心理学研究】に載ったのは、一年前のことである。厳しいと言われる論文の審査が、合格した時の喜びはひとしおであった。
これがどれだけ難しいかというと、小説家の卵が、自分が書いた小説を有名な文芸誌に載せるほど難しいことなのである。
その研究を高山は読んでくれていたらしい。
「あの、研究だったら、大変でしょう?準備」
「まあ、大変ですね…」
高山は楓のことを気遣ってくれていた。
週初めの高校の職員室はとても慌ただしく、職員朝礼も少し長引いているらしい。楓は月曜日しか来ていないので、普段の職員朝礼がどれくらいの時間行われているか分からないのだが、この日の朝礼も週末行われた、部活動の試合の結果報告などが行われた。
ちょうどこのころ、合唱部のコンクールが行われているらしく、本校の合唱部は大会で特別賞を受賞したらしい。その報告の後、合唱部の顧問である葛城慎治が楓の元へとやってきた。楓は何か話があるのかと思ったが、要件は三島優良のことであった。
「今回は特別賞でしたが、三島がいるともっといい賞を頂けたと思います…三島の状態はどうなんでしょうか?先日、自殺をほのめかすような電話がかかってきたとかで、心配で…」
楓はその時、優良が合唱部に入っていたことを思い出した。どおりで、あんなにきれいな声が出せるはずなのだ。
「三島さん、今ちょっと、部屋に閉じこもっちゃって…」
「そうですか…」
葛城はため息をつきながら肩を落とす。
「この前のコンクールでは、三島に歌を届けようということで、急きょ『Yesterday』を歌ったんですよ…部員の希望で…三島が一番好きな曲なんです」
楓はそれを聴くと、少しで顔になった。
「入学当時から、三島は人づきあいが苦手だったんですが、歌が上手くて、歌手になるのが夢だと言っていて、それで周りも彼女のことを尊敬していました…話してみたら、三島は優しすぎるほど、優しくて」
「そうですね…彼女は、優しすぎるほどやさしいです…」
葛城は大きくため息をつく。
「でも、私たちをなかなか、彼女は信頼してくれない…思いつめてるように見えたことはあったんですが、私にも、部員にも相談してくれませんでした…」
「そうなんですか…」
その時、葛城が目力を強めて楓を見た。
「松島先生、三島に合唱部はいつでも待ってると伝えてくれませんか?お願いします!」
楓が感じ取った、葛城の熱意は強いものだった。
「はい、分かりました」
楓は、その言葉を笑顔で葛城に返した。




