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「優良さんと亜紀さんが元気を取り戻していく一方、あなたはそれが物足りなかったのですね…それであなたは優良さんをどうしたのですか?」
これはカウンセリングではない。しかし、楓は西田の言葉をリフレクションしながら質問をした。リフレクションとは、クライアントが話した内容をカウンセラーが要約してそのまま返すカウンセリングの技法である。これで話の内容があっているかの確認と、しっかり話を聴いていますという合図にもなる。
楓はなぜここでリフレクションをつかったのか、それは相手を安心させるというよりも自分がその内容をもう一度確認したいがためだった。
「はい、そうです…それで私は優良を虐待しました」
「叩いたのですか?」
「はい…」
楓は、その緊張感の中、コーヒーを一口、口の中に含んだ。とても息が詰まりそうになっていたからだ。それにつられるように、西田もコーヒーを飲む。
「私は、優良の謝りたいが…できない…あの子は私を恐れている」
「そうなんですね…」
楓は、それはそうだろうと心の中では思いながらも、それを口にすることはなかった。
「それから、今日は誤解を解きたいと思いまして」
「誤解?」
楓は誤解という言葉を聴いて、昨日高山が言っていたことを思い出した。この男は誤解を解きたいと思っていることを思い出したのだ。西田の両肩が少し吊り上っているように思えた。緊張しているみたいだ。
「あの…亜紀が私をかばっていることです…私の暴力で優良についてしまった傷を、すべて自分のせいにしていました…」
「亜紀さんが、自分のせいに?」
楓は瞬時に頭の中で考えをめぐらす。それも仕方がないことなのかもし得ないと思ってしまった。ひどく落ち込んでいた、亜紀と優良を助けたのはこの男であり、この男がいたからこそ、生きてこれたのかもしれない。そんな男をかばうというのも分かる気がする。
「だから、母親も虐待しているという情報が…」
「そうなんです」
楓の言葉に西田が答える。
楓は、西田のお緊張が落ち着いてきたのを確認する。話し終えてかなり落ち着いてきたみたいだ。
「今日は、お話ありがとうございました」
楓がそう言って頭を下げる。横にいた野久保も深々と頭を下げた。
「そんな…私はただ…」
西田は、ひどく謙遜する。恐らく、罪悪感に押し込められている。離婚してから、今日までこの感じを続けていたのだろうか。
「西田さん…」
「何でしょう」
楓が西田に話しかける。
「あの、もし職場に産業カウンセラーの方がいましたら、この話をしてください」
「どうして?」
「あなたは、治療が必要かもしれません…反省したいなら、カウンセリングを受けてください」
楓は、比較的強い言葉でそう言った。
「ちょっと楓さん!過剰関与ですよ」
野久保は必死に止めようとするが、楓はこう答えた。
「もうすでに、そうなってるわ!前の父親のこと調べて、会いに来てる時点で過剰でしょ」
楓はかなり強気だった。
「分かりました…受けます…」
そんな強気な楓に対し、西田はこう答えた。
楓はそれを聴くと大きく深呼吸をして席を立ち、もう一度西田に頭を下げる。西田も頭を下げていた。しかし、一つだけ楓には聞きたいことが残っていた。
「あの、西田さん」
「なんでしょう?」
「『Yesterday』について何か知ってますか?」
優良が、金曜日に歌っていた歌について質問した。
「ああ、優良が好きな歌…」
「そうです、何か知ってたら教えてください」
楓はそう言って、もう一度頭を下げた。
「あれは、よく亜紀が子守唄として、優良に歌ってたそうですよ…亜紀の奴、ポールマッカートニーさんが大好きらしく」
楓はそれを聴くと大きく頷き、「子守唄」と一言つぶやいた。
その後、もう一度西田にお礼を言った楓と野久保は店を後にした。帰りは、雨が降り出しており、夕方で早くも真っ暗な状況になった。
「世話型依存ですかね…」
「そうだね」
野久保の声に楓が答えた。
「これではっきりした」
「なにがっすか?」
楓が、声を張って言う。野久保はキョトンとした表情で聞き返した。
「亜紀は優良に暴力なんか振ってない」
「そうっすね…」
その後二人は、東京都港区に着くまで、一言も発しなかった。暗闇が二人を包んでいくようだった。
明日は、月曜日で、楓は優良が通う高校でスクールカウンセラーとして働く予定だ。水曜日の別れ際、「月曜日に会おうね」と言って別れた。優良は来るのだろうか。
楓は不安なまま、週が始まる月曜日を迎えようとしていた。




