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帰りのりんかい線は、カップルは多かったが行きとは違い全くそれを気にすることはなかった。なぜか楓の心の中はすがすがしかったのだ。男の人との交際はあまりない楓にとって、誠司は最も長く付き合った男であったが、気持ちが覚めるのは一番早かったような気がする。全く引きずらないのである。心理学的には人間の恋愛感情なんか3年程度が賞味期限である。結局その3年間が大きな山であり、その後に純愛感情が芽生えるか芽生えないかが結婚できるかどうかの瀬戸際になってくる。こんなふうに考えると、忙しい人間に恋愛なんて不向きなのかもしれない。純愛に行くまでその好きな人に会えないのだから。
しかし、りんかい線を降りてから歩きで自宅に向かっていると、途端に胸をしめつけるような不安感に襲われた。誠司は、楓にとって初めてと言っていいほど好き通しになれた異性であった。これから長い人生を考えると、自分が年を取っていくことを考えると、ずっと一人というのは生きていけるかどうか分からずに不安なのだ。
とりあえず、1人で歩いていろいろ考えているから変な思考が出てきてしまうのだろうと考え、楓は携帯を開いた。すると着信が一件入っている。
知らない番号であったので、誰だろうと思い楓はその番号に電話をかけてみた。
「はい、高山です、松島さんですか?」
電話の声は、優良が通う高校の養護教諭、高山千穂であった。
「高山さん?どうして私の番号を…」
「職員の不在時連絡票で調べました、悪かった?学校を経由するのも、少々めんどくさいでしょ」
「まあ、そうですね」
思わず、楓も笑みがこぼれた。
「それでね、優良ちゃんのひとつ前のお父さん!どこにいるか分かったわ!」
「分かった…」
楓は昨日の夜に、自分が高山にお願いしていたことを思い出した。しかし、楓がお願いしていたことはその人に会ってくれないか、ということであった。
「それで、高山先生は会いに行かれるんですか?」
「私はいけない…明日、高校は運動会だもの!」
「えっ?」
楓は、高山の言葉を聴いて困った声を上げた。
「あなたが会いに行けば?」
高山は、そう楓に提案する。しかし、楓にはそれができない。なぜかというと、それは楓の仕事ではないため、過剰干渉ということにもなりかねないからだ。
「しかし、それはカウンセラーとしては過剰干渉に…」
「それなら、学校の教員だって一緒だと思うんだけど…」
楓が話すとすぐに高山の声が返ってくる。
「そうですよね…もう彼は三島家とは関係のない人間かもしれませんし…」
「でも、あなたの提案は正解だわ!一回くらい、カウンセラーとしてじゃなく人間として動いてもいいんじゃない!ばれたら、ばれたで、あなたなら周りは許してくれるわよ!」
高山は陽気な声で楓にそう言った。
楓は、「はい」という返事しか返しようがなかった。
「それじゃあね、彼は神奈川で貿易関係の仕事をしてるみたい…明日、休みらしいから、午後3時くらいに約束はしておいたわよ!誤解を解きたいから、会ってもいいってさ!」
そう言って、高山は電話を切った。
楓は家に着くと、強烈な不安が襲ってきた。1人で結婚相手の連れ後に虐待をしていたという男に会いに行き、1人でその真相を聴きだすなんてできるわけがない。
そう思った楓は、誰かについてきてもらおうと考え、喧嘩が強そうな奴と思い携帯の連絡帳をスクロールし始めた。そして、1人の後輩に電話を掛ける。
喧嘩が強そうと言えば、そんなに強そうには見えないが、高校時代と大学の学部時代にボクシングをしていたと言い張る、野久保大智だ。
「野久保くん…」
「何すか?楓さん!楓さんが電話かけてくるなんて珍しいですね」
「野久保くん…明日休みだよね…」
「休みっすよ」
「お願い…神奈川、一緒に行こう…」
楓は藁にもすがる思いで野久保に伝える。
「デートっすか?なわけないでしょうけど、めちゃめちゃ困ってるみたいですので行きますよ!楓さんの役に立てれば!」
「ありがとう…」
楓は、その時心の中で“いい後輩を持った”と思った。




