2
12時半にようやく昼休みに入ることができた。とは言っても、病院での昼休みは約30分程度しか取れない。本当は12時に午前中最後のカウンセリングが終わる予定なのであるが、医師の診察が状況などで予定は押してくる。土曜日は、普段お仕事をしている患者さんが大勢やってくるので、外来は診察希望の患者さんであふれかえる。楓は、外来から来られる患者さんのカウンセリングを担当しているので、医師の診察に状況に大きく左右されるのだ。
ちなみに、病院においてカウンセラーは白衣を着ているが、医者ではない。精神科医が医者で診察することができ、カウンセラーは診察することができないし、病名を下すことも、薬を処方することもできない。病院での楓は、診察している精神科医の意向を受けながらカウンセリングを行うことになる。
食堂に行くと、楓と仲のいい看護師も、ちょうどお昼ご飯を食べているところであった。楓が病院で働くときに、カウンセリングルームまで医師の診察を終えた患者さんを連れてくるのが、彼女の仕事である。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!松島先生!」
いつも元気な彼女は、工藤亜由美、年齢は23歳で看護師としては若手である。
「今日は、患者さん多くて大変ですね」
亜由美の初々しい笑顔は、患者さんにも受けがよく、カウンセリングでも話題になったりする。
「あなたの方が大変でしょ、診察室からカウンセリングルームまで何度も往復するんだから」
「私は、大丈夫です!」
そう言って、亜由美は両手で握り拳を作り、体の前で小さくガッツポーズをした。女の楓から見てもその姿はかなりかわいいのだ。
そんなにかわいいからこそ、彼女にはつい最近まで大きな問題があった。それは、つき合っていた彼氏のDVである。いわゆるデートDV というものであるが、亜由美は男性と話すのを制限されたり、時には暴力を振られたりしていたらしい。楓に彼氏とのことを話したおかげで、自分がDVを受けていることに気付けた。デートDVを防ぐための合言葉は、“暴力、服従は絶対にいけないこと”である。
亜由美の彼氏は、亜由美の可愛さからの不安が、DVを激化させていたのだ。
「そういえば、もうあの人とは、きれいさっぱり分かれたの?」
「はい!楓さんの言うとおりに、相談所に連絡して、警察と連携を取っていただいたおかげで、私は大丈夫です!」
このように、すんなり解決できるケースもあれば、なかなか解決できないケースもあるので、かなり慎重に対応していかなければいけない。
休み時間も20分。13時からは、午後からのカウンセリングが始まった。午後最初の患者さんは、職場での人付き合いに悩み、うつ病を発症してしまった男性だ。今は、回復して少しずつではあるが、職場への復帰をし始めている。楓とのカウンセリングは、今後人付き合いで困らないための言葉遣いの練習をしている。この練習を始めたのも、患者さん本人の希望である。楓は、自ら患者さんに治療方針を明言することは極力しない。ある程度の力を持っていると考えたら、方針はできる限り患者さん、クライアントに考えさせたいと思っている。
「では、今日もIメッセージの練習をしていきますよ」
「はい、松島先生、お願いします」
人間が話すメッセージには、YouメッセージとIメッセージがあると言われている。Youメッセージとは、その名の通り“あなた”が主語になるメッセージである。
例…「お前、~しろよ」
この通り、言われた方は命令された感じになるのだ。
Iメッセージは、“わたし”が主語になるメッセージである。
例…「~してほしいと私は思います」
これだけで、言われた方は命令された感じがなくなる。いわば、“あなた”を主語にしていないからだ。
「では、こういう場合どう言いますか、何で、お前は連絡しなかったんだ、連絡しろよ!はい、Iメッセージで!」
「昨日は、連絡が来なかったので、私は心配でした…」
「そうですね!」
この患者さんは、楓が初めて会ったときにかなり言葉が激しいのが気になったのだ。職場での対人関係のトラブルは、言葉の使い方にあるのではと考えていたところ、本人もそれが気になっていたようで、この練習にたどりつたのである。




