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4

 午後6時を過ぎて短期大学から出た楓は、すぐに優良が通う学校の養護教諭、高山に電話を掛けた。午前中に話した時、携帯の電話番号を教えてもらっていた。

「もしもし、松島です」

「ああ、松島さん、ずっと三島さんの家にいるんだけど、優良ちゃんは出てこないわね…」

それは予想通りの回答であった。

「麻奈ちゃんは、大丈夫ですか?」

楓は、妹の麻奈のことも気になる。

「ああ、妹さんだったら、お昼のなっていきなり起きてきた、お母さんに促されて中学校に行ったけど、かなりまいっているみたいだったから心配ね…」

楓は、優良の母親が、学校に通うのを促したというのは意外であった。三島家に訪問相談員として行った以来、優良の母親が教育的な言動をしたのを見たことも、聞いたこともないからである。しかし、妹の麻奈は学習塾に通っているし、部活動もやっているようだ。これは、母親が促したことでもあるのか、楓は考えていた。

「どうかした?」

高山の声が飛ぶ。

「いえ、少し考えてました…」

「あの、母親のこと?」

楓は高山の鋭さに少し不意を突かれる。

「そうです」

「確かに、あの母親は、気になるわ…離婚とか再婚とか繰り返して、優良ちゃんもこうなったと思うけど、未だに子どもたちご飯も作ってないみたいだし…さっきも今から仕事だって言って、出てった」

高山は少し呆れた声であった。

「どう思いますか?」

楓は聞いてみた。

「どう思うって、あの母親、一見するとネグレクトとしか言いようがないわ!」

高山はネグレクトという言葉を使った。しかも、最も強い口調で言った。

ネグレクトとは、児童虐待に一種であり、育児放棄を意味する。育児放棄は立派な犯罪であるが、近年このネグレクトは注目を集めつつある。ネグレクト家庭で育った子どもは、人への信頼感を持てないことが多いが、優良もおそらく、人への信頼感のなさから不登校になっているのではないかと楓は考えていた。

 しかし、優良の母親がただのネグレクトの母親には思えない。その楓自身の考えがピンと来ないのであった。


 楓が優良の自宅に着くと、丁度部活動を終えた麻奈が帰っていた。麻奈はここから食事を作るということになるのだが、今日は高山がすでに料理を作っていた。

「高山先生、今日はありがとうございました」

楓が高山に感謝の言葉を述べると、高山は笑みを浮かべて「いいの、いいの」とつぶやいた。

「おばちゃんの料理うめえ!」

長男の俊哉が嬉しそうに言った。

「こら!おばちゃんじゃなくて、先生!」

麻奈が、俊哉を叱る。

「いいの、いいの、三十路を超えればおばさんよね!」

高山はそう言って立ち上がる。

「松島さん、そろそろ学校に戻るから、あとはあなたに任せる」

「ありがとうございました」

楓は再び高山に感謝する。

「松島さん、優良ちゃんのことで一生懸命になるのはいいけど、カウンセリングの枠はしっかり守らないと大変なことになるわよ、あなたは妹の麻奈ちゃんの支援者ではないはず」

高山の言ったことは正しい。確かに、楓の誰でも助けようとする優しさは、カウンセラーとしては痛手になると多くの人に言われてきた。

「でもね、あなたみたいな、カウンセラー、1人は必要なんじゃない?」

「えっ?」

「だから、あなたは絶対につぶれたらダメ、未来で救いを待ってる人があなたに会えなくなっちゃうじゃない」

そう言うと、高山は三島家の玄関から出て行った。


 その後、食器の片づけを三島家の兄妹全員でやり、それが終わると楓は優良の部屋の前で優良の名前を呼んだ。反応はなかった。

 楓は、何としてでも伝えたいことがあったので、手紙を扉の隙間から優良の部屋に入れた。その時、少しだけ優良の足音が聞こえる。

 楓はその手紙に、“月曜日学校で会いましょう”と記した。ダメもとで。

 その後、楓は帰り支度に着く。帰り際麻奈が話しかけてきた。

「ありがとうございました…楓さんも忙しいですよね、もうあまり頼らないようにします…」

もしかすると、さっきの高山との会話が聞こえてきたのか、麻奈は申し訳なさそうに話していた。

「いいの、私はあなたたちを見捨てたくない!それができるなら、カウンセラーなんて…」

“やめてやるわ”の言葉が出ようとしていたが、直前でこらえた。

「おやすみなさい」

楓は麻奈にそう告げて家を出る。

その時、優良の部屋から歌声が聞こえてきた。美しい歌声だった。

確か、優良はギターが得意で、歌手になるのが夢だというのを以前聴いたことがある。

「上手い…」

楓もよく知ってる歌、というか世界的な名曲、ビートルズの『Yesterday』だった。

楓も好きな、失恋の歌だ。

優良は、この曲で思い出となっている人を、突然別れた人を、誰に重ね合わせて歌っているのだろうか。

優良の歌声は、夜空に美しくも悲しく響いていた。


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