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~優良失踪4日前、金曜日~
楓は、部屋に入り込んできた朝の光に導かれて目を覚ました。その時、楓は自分の頭が重苦しく、呼吸が落ち着かず、心臓が激しく波を打っている苦しい感覚に襲われた。
「…飲みすぎた…」
楓は、昨日勉強会からの帰り道で、恋人の誠司が見知らぬ若い女性と腕を組んで、楽しそうに歩いているのを目撃した。
それでイライラした楓は、叫びたくなりカラオケ店へと1人で入って行った。そこで、思いっきり歌っていた、それだけじゃ物足りず、そこから何回かビールをジョッキで注文、それでお酒に火がついて、焼酎のロックを何度か頼んだところであまり記憶がない。
楓は午前中こそ仕事はなかったが、昼過ぎから夕方にかけては、短期大学での学生相談業務が入っていた。楓は、自分が終了した大学院からの紹介で、2年前からその短大で相談員として働いている。
楓は、学生相談業務に携わっている短期大学は、主に看護師を養成する専門学校みたいなところである。医療従事者も近年においては、カウンセリング能力の必要性が訴えられているので、楓は火曜日になると、この短大に講師として通っている。
だから、楓が学生相談業務をしている短大の一部の学生さんは、楓のカウンセラーとしての一面と臨床心理学の講師としての一面を知っているのである。
というわけで、短大の学生相談業務入った時、楓が酒臭いのであれば、色々な面において支障が出てしまう。まずは、楓とその短大との信頼関係の問題や楓を紹介した大学院と短大の信頼関係の問題である。そして、楓を信頼して相談に来てくれる学生と楓の信頼関係の問題だ。
カウンセラーというのは、信頼が最も鍵を握る職業である。どこかで、信頼関係に傷がつくと、その噂はこの業界の隅々にまで伝わってしまうという言い伝えまである。
「とりあえず、酔い醒まさなきゃ…」
そう独り言をつぶやき、時計を見ると、朝9時を回ったところであった。学生相談業務は、午後1時からなので、正午の入りまでには酔いを醒ましておきたい。
一番手っ取り早い方法は、お風呂に入って、汗をかくことである。そう考えて楓は、湯船をざっと洗った後、浴槽に湯を注ぎ始めた。そして、次に味噌汁を吸い、朝ご飯を食べて、お酒のにおいを消すことである。幸いにも、吐き気がするまでは飲んでいなかったので、楓は朝ご飯を調理し始めた。
そんな時、楓の携帯が鳴った。
「何、誰だろう?」
そうつぶやいて、携帯の画面を覗き込むと、そこには優良の担任、吉田の名前が光っていた。“優良になんかあったのか?”そんな思いが、楓の体を駆け巡った。そして、恐る恐る吉田からの電話に出る。
「はい、松島です。吉田先生ですか?」
「吉田です…今朝方、三島麻奈さん、三島優良さんの妹さんから、電話があったんです…」
「どうしました?」
楓の体に、一瞬寒気が走る。嫌の予感がする。
「実は、三島優良の奴…“死にたい”と言っているそうなんです…」
楓の嫌な予感は、的中した。




