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楓はカウンセラーになったら、たくさんの人を自分の手で救って、たくさんの子どもの悩みを解決して、たくさんの人の苦しみをこの手で取り除いてやろうって思ってた。
それもこれも、カウンセリングを知らなかった過去の私の話であるし、今カウンセラーとして働く私は、悩める人の話を聴いて、一緒に解決策を考えていく。最後は、その人に答えを見つけてもらうことしかしていない。そこまで行くには、自分が聞いて理解したことに間違いはないかどうなのかを確認してみたり、埋め合わせて、埋め合わせて時間をかけて関係性を作りながらやっていく。
完全に理解できるまで、アドバイスなんてタブーだ。
だから、なかなか効果が分かりにくい仕事をしているのがカウンセラーである。
松島楓、29歳、独身、臨床心理士の資格を取得して4年である。カウンセラーとしては若手中の若手。そんな楓は、火曜日の人でごった返した渋谷センター街を、人ごみをかき分けながら走っていた。
走っている理由、それは楓が担当しているクライアントが死にそうだから。
1時間前のことであった。
「楓ちゃん…私のお姉ちゃんみたいになってくれてありがとう…こんなダメ人間でごめんね…さようなら…」
自宅への訪問相談で担当しているクライアントの名前は、三島優良、高校2年生の女の子。
離婚、再婚、離婚を繰り返す母親のもとで育てられた女の子で、人を信じることができず、引きこもりだった。
優良に出会って半年、楓はいい関係性を作っていると思っていた。いや、それは確かにそうであった。しかし、先日の訪問相談の時、かなり様子がおかしかった。その後、学校であった時は、変にテンションが高かった気がした。
その2日、楓はあまり突っ込んで話を聴こうとはしなかった。
今日の電話は、それを後悔していた矢先の事態であった。
優良はどこにいる。
優良はどこにいる。
その問いが、楓の頭を絶え間なく駆け巡る。
楓は、優良の趣味や好きなもの、すべてを考えて、渋谷にたどり着いた。
カウンセリング中にする、渋谷に言った話は特に楽しそうであったから、楓はこの場所に来た。
“渋谷駅”
その言葉が不意に楓の頭を駆け巡る…
確か、優良にとって特別な場所であったはずだと楓は考えていた。
楓は、渋谷駅に方向に向けて、再び走り始めた。
~6日前、水曜日~
水曜日、楓は水曜日になると、スクールカウンセラーとして赴いている学校から頼まれた業務を行っている。不登校である生徒の自宅への訪問相談だ。
訪問相談は、毎週水曜日で17時くらいからである。なぜそんなに遅い時間にやるのかというと、訪問相談は生徒を担任している教員と同伴で行かなくてはならないからだ。担任している教員がいける時間帯となると、学校が放課後になる16時半以降ということになる。この日も、楓はその子の自宅がある、最寄りの駅でその子の担任の先生と合流し、その子の家を目指して歩いていた。
楓が訪問相談でカウンセリングをしているその子の名前は、三島優良、高校2年生である。
優良は引きこもりだ。
引きこもりになる原因は様々な原因があるが、優良の場合は家庭環境と虐待による愛着不足だと思われている。幼少期から母親が離婚と再婚を繰り返している。聞くところによると、優良が2歳の時に最初の離婚と再婚。そこで、父親違いの妹と弟を3年の期間で出産。優良が6歳の時2度目の離婚。その1年後再婚で、これはできちゃった再婚。しかし、半年で離婚。その2年後、また再婚して、一人の子どもを授かったが、優良への虐待がエスカレートして2年後に離婚。その後、優良への虐待は母親によるものとなったとの情報も入っているが、それは定かではない。
一旦親戚の家に避難したらしいが、すぐに母親の元に戻ってきている。理由は、その親戚の家でも性的虐待を受けていたらしい。
一言で表すと…優良は壮絶な家庭で育った女の子であった。
楓は、優良の家までの道を、優良の担任、吉田紘一先生と話しながら歩いていた。10月に入り、すっかり涼しくなってきた。空も高く秋晴れの毎日が続いている。
こういうのは、相談に入る前の楓にとってはプラスになるものである。優良はカウンセラーとしての実務を初めてすでに4年以上たっているが、いまだに変なこと言ったらどうしようとかいろいろなことを考えてしまう。
カウンセラーは話を聴き、クライアントがどうするのか考えやすくする道筋をはっきりさせる。それがカウンセラーの仕事なのだ。自分の意見やアドバイスは滅多にしか言わない。自分よがりなことを言って、失敗すると大変なことになるからだ。
だから、効果が出ているのかどうなのか分かりにくいのがカウンセリングである。だから、いつも不安と隣り合わせで、相談前になると若干の緊張を感じる。だから、その前に誰かと話すのは、楓にとってはいいことなのである。
「涼しくなりましたね、風邪とかひてませんか?」
吉田は、いつも通り優しい声で尋ねてくる。生徒の前では威厳のある先生なのだが、あれは演技らしく、本当は優しい性格みたいだ。
「いえ、大丈夫です」
「カウンセラーは忙しいでしょう?夜とか遅いんじゃ…」
こういうふうに、楓と話した時は、いつも楓のことを気遣ってくれている。
「遅いですけど…私若いので!」
楓は吉田を安心させるように、大丈夫であることを強調する。
そんなことを話しているうちに、楓と吉田の二人は三島優良の自宅の前に到着した。




