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即興小説

幽霊たかし君と応援したいアパートの住人たち

作者: 西おき

お題:僕のアパート 必須要素:受験

 煉瓦横丁にある僕のアパートは木造二階建て、築四十五年。全七部屋のうち、六部屋が埋まっている。


 管理人は僕。

 オーナーは浅瀬さんといい、初老の男性だ。シルクハットと杖の似合う素敵な紳士で、ふらりとアパートに立ち寄っては、共用の談話室や広い庭に不思議な民芸品やら家具やらを置いていく。


 管理人の僕はぬくもりの消えたただひとつの空き部屋、その隣りの部屋に住んでいる。

 なにか起きたときすぐに駆けつけられるようにこの配置になっている。

 というのも、隣りの住人はなにかと神経質なお年ごろで僕以外がこの部屋に住むと苦情のオンパレードになるからだ。

 

 


「たかし君、昨日は派手に暴れてたわね」

「仕方ないよ、思春期だもの。来年の春までの辛抱さ」

「今年は受かるといいんだけどねぇ」


 うららかな日曜日の午後。

 みんなが談笑する談話室で二〇三号室に住む春野さんが頬に手を当て物憂げにいう。


 彼女は橋を渡った向こうにあるビジネス街で働くやり手の営業さんだそうなのだが、いつもおっとりほのぼのしていてとてもそんな企業戦士であるように見えない。

 その分、なんとなく僕の中ではやさしいけど怒らせると大変恐ろしいことになりそうな女性というイメージが根付いている。


「あいつには根性が足りねぇ。ちょっと挫折したくらいでなんだ。根性だ、根性でどんな壁でも乗り越えろってんだ」

「無茶だよ。根性にだって限りがあるし、人間だれでも疲れて休みたくなる時はあるよ。それにたかし君は挫折の規模が違うもの、少しくらい息抜きに暴れさせてあげなよ」


 一〇一号室の()()さんと一〇二号室の段田さんがいう。


「あいつは休んでねぇ! 勉強するか暴れるかだ。他人に迷惑かけるなってんだ。くそっくらえ!」


 改めて思うが勉強するか暴れるか、という二択なのはすごいなぁ、たかし君。そしてロックミュージックとケンカで鍛えてきた刺真さんの口の悪いシャウトの声量がすごい。

 段田さんは眼鏡のおとなしそうな大学生なのだがいつも刺真さんに引けを取らずに言い返しているのがすごいと僕は思う。春野さんといい、このアパートはすごい人だらけだ。

 

 たかし君だってすごい。こんな年上たちを相手にしても物怖じせずにいいたいことをいえるのだから。


「あ、開かずの一〇四号室でまたえらい家具が暴れる音がしてる」

「管理人さん出番よ」

「他の住人が帰ってきたら今日は定例会議だな」


 悩める青少年の未来のために。

 僕たちは連れ立って一階最奥の部屋へぞろぞろと歩いた。

 僕は昨日のうちにつくって寝かしておいた冷蔵庫の中のパウンドケーキを持ってみんなの先頭に立ち、一〇四号室の扉を叩いた。

 ちなみにパウンドケーキはたかし君の大好物だ。


「たーかし君、一休みしましょうー」


 友達を遊びに誘う小学生みたいに呼びかけると、扉がぎぎぎぃとおどろおどろしいきしみ声をあげて開いた。


「煮詰まってるみたいだね、甘いものでも食べてリフレッシュしよう」


 僕がいうとたかし君は童顔に似合わぬ太い声でうおおおぉっと泣いた。

「もう嫌だ。無理だ。どんなに頑張ったって、僕が受かるわけない! 楽になりたい。どこか遠いところへいって消えてなくなりたい」


 僕が慰めの言葉をかけるより早く、刺真さんが吠えた。


「なめたこといってんじゃねぇ! 逃げるな、根性見せろ。そんなんで(ガッシャーン)ついてるのかてめぇは!」


 刺真さんが女性の前で言うべきではないワードを口にしたタイミングで春野さんが廊下においたチェストの上に生けていた花瓶を豪快にたたき落とした。

 一瞬場が静かになった。


「とにかく談話室でお茶にしよう」


 うなだれるたかし君を連れて、みんなはぞろぞとろ談話室へ戻った。

 

 


「たかし君、冗談でも消えてなくなりたいなんていったらだめよ」


 春野さんが年上の女性らしく包み込むようにたかし君に語りかける。


「そうだぜ、おまえ、同じことを言った日に自分がどうなったか忘れちまったのか」


 刺真さんは容赦がない。


 たかし君がこれでもかと頭を落として、おどろおどろしい雰囲気に包まれた。


「忘れるわけないだろ。受験当日、受験票を持ったままトラックに轢かれてぺしゃんこさ」


 がしゃんっと壁にかけていた絵画が落ちた。

 みんな神妙な表情になった。


 一〇四号室のたかし君。中学三年生だった彼はかわいそうに、プレッシャーに胃をひっくり返しながら戦ってきた受験戦争の本番に挑む前に、交通事故でお亡くなりになってしまったのだ。つまり、たかし君は幽霊だ。

 未来を奪われ、努力を無にされた彼の悔しさと悲しみは計り知れない。

 そのせいで成仏できずに、たかし君専用の勉強部屋だった一〇四号室に今も引きこもるはめになっている。

 控えめにしていた段田さんが励ますようにから笑いする。


「大丈夫。受験に受かれば、晴れて成仏できるさ。ぼくらみんなたかし君の味方だよ」

「どうやって、幽霊が、高校に、受験して、受かるの!」


 僕らはそろって腕を組んだ。

 うーん。


「とにかく今は保留するしかないかな」

「潮田さんが帰ってきたら戦略を練ろう。大丈夫、あの人は大学の教授だよ。学問のプロさ。きっと今度こそいい方法を考えてくれるぞ」

「みんなでわいわい話していれば、次の解決法が浮かんでくるかもね。段田くんに憑いて高校受験に挑むって策はみごと書類を提出する前にはねのけられちゃったし」

「根性だ、てめぇは考える頭がついてんだから、かならずやりきれる」


 刺真さんの言葉には、たかし君からの失笑が返った。


「目に見える頭と体を失っちゃったから、受験一つするのにもこんなに苦労してるんだけどね」


 テーブルの上のたかし君のマグカップが彼の嘆きに反応して割れた。その隣りで聖剣のごとくパウンドケーキに突き刺さっていたたかし君専用フォークもポッキリ折れた。

 頼りにならない大人たちがしゅんと小さくなっていると、アパートの入口の方から鷹揚な声が聞こえてきた。


「おやおや、みなさん昼間からお集まりで」

「あら、浅瀬さん」


 飴色に輝く三本足の木製イスを一脚抱えたこのアパートのオーナー、老紳士の浅瀬さんが今日もまたやってきた。


「たかし、調子はどうだい」

「絶好調に幽霊さ。家具やら何やら壊しまくってやってるよ。別に壊したくて壊してるわけじゃないけど」


 浅瀬さんはそうかそうか、と好々爺の顔で微笑んで抱えていたイスをおろした。


「焦ってはことを仕損じる。いざとなったらおじいちゃんがお前の代わりに高校受験に挑んでやるから、安心して勉学に励みなさい」


 浅瀬さんはほっほっほと笑って「おじいちゃん、高校受験って一度してみたかたったんだー」と腕を回した。

 たかし君、フルネームで浅瀬たかし君というオーナーの目に入れても痛くない一人孫はため息をこぼした。

「おじいちゃんを見てると気が抜けるなぁ」


 僕はうんうんと頷いた。


「いざとなったらその案も試してみようよ。可能性をしらみつぶしに当たっていくっていうのも研究者っぽくていいかもよ。幽霊史上初の研究者だ」


 たかし君がうろんな顔つきになる。


「あんたはもっと気を引きしめてよ、このへぼ霊能力者。あんたにまっとうな霊能力とやらがあれば僕はこんな面倒な手段なんか取らずに成仏できてたかもしれないんだからね」


 春野さん、刺真さん、段田さんが情けないものを見る目で僕を見つめる。

 うぅ、面目次第もない。おっしゃる通りだ。

 たかし君を浄霊するべくこのアパートにきた霊能者な僕。(念の為にいうとこれでも細々と実績はあって、インチキなどでは決してないのでどうか信じてほしい)

 しかし、みごと仕事を果たせずに、今はたかし君専属のヘルパー兼管理人としてこのアパートに住んでいる。主な仕事はパウンドケーキを焼くことだ。

 僕は腕に巻いていた数珠を無意味に弄んだ。

 

「本当に力足らずで申し訳ない。でも、僕も諦めないから。たかし君が成仏できるまで協力し続けるから。根性だ、根性の二人三脚でやっていこう」


 管理人、と手書きしたたすきを見せて僕はガッツポーズをつくった。

 刺真さんのいう通りだ、男たるもの戦うことを諦めてはいけないのだ。必要なのは根性だ。


「二人三脚じゃないわ、三人四脚よ」


 と春野さん。


「いや、四人五脚だ」


 負けずに段田さん。


「しゃらくせぇ。俺の足もじいさんの足も、学者の足も、アパートの(もん)の足は全部ひとくくりに繋げちまえ」


 刺真さんの言葉で足の本数が一気に増えた。


「という訳で作戦会議だね」

「今年こそは受験会場に行くところまでこぎつけたいなぁ」


 わいわいと話していると外は夕暮れ、逢魔が時だ。

 残りのアパートの住人たちが帰ってきたら、予定通り定例の作戦会議が始まる。

 今年こそはたかし君が名門高校の門を正面から通れるように。

 晴れて成仏ができるように。

 みんなの情に打たれたのかどうか、たかし君が鼻をすすったところで浅瀬さんが持ってきたばかりの三本足の木製イスにヒビが入った。「次はなにを持ってこようかねぇ」と浅瀬さんがのんきにいう。



 愛され幽霊のたかし君を中心に結束する、これが僕が管理人を務めるちょっと不思議でちゃめっけばかりたっぷりあるアパートの日常なのだった。



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