占い師
どえらいミスに気が付いたので修正しました。
仕立て屋まで来たのは、ドレスを作るための予約を入れるためだ。もちろん私のドレスじゃない。セイラのやつだ。
本気で近々セイラの部屋の衣裳部屋がもう一つ出来そうである。まあどうでもいいが。
予約をするというのは、ただ針子さんを屋敷に呼ぶためという理由でしかないので、店に入って早めに来てほしいとだけ伝えれば、私の仕事は終了。
さっさと仕立て屋さんを出て、私は一先ずネルを抱っこしたまま王城前の噴水広場まで足を運んだ。
「さて仔ブタさん。どっか行きたいところとか、見たいものはある?」
大きな噴水の縁に腰かけて、私の膝の上でちょこんと座ってこちらを見上げるネルに顔を向けた。
「そうだな。ひとまず力の強い魔力持ちがいるところを知りたい」
「ああ、魔道具を手に入れた後のことか……それなら、私も行きたいところがあるわ」
そう言えば、そっちから片付けないといけないわよね。ネルに言われて思い出したわ。
ネルに呪いをかけた魔道具自体は見つけられそうだが、現実問題としてこの魔道具を手に入れた後というのが少々厄介なのだ。
前にもネルから聞いたことだが、呪いはかけた本人か、それ以上の魔力を持つ人にしか解呪できない。それと同じように、強い魔道具の呪いは、その魔道具以上の魔力を有する人にしか壊せないらしい。
本当に厄介な呪いを残してくれたものだ。
私はまたネルを抱きかかえると、早速、町の服屋へと向かった。ネルの言う魔力持ちは大概が貴族だったり、貴族のお抱えだったりと、私のような侍女がおいそれと声をかけるわけにはいかない人ばかりなのだ。そのへん分かってくれよ仔ブタさん。
とは言え、裏町と呼ばれる王都の少し奥まった場所にある通りには、怪しいお店や占い師はかなりいるし、先にそこに行って情報を探すほうが早いだろう。
そこに向かうついでに、私はお菓子屋と服屋に寄りたいのだ。
お菓子屋といっても、ただのお菓子屋じゃない。ちょっとお高い高級菓子を売っている店だ。先日セイラが寄越したあのトリュフチョコを購入したいのだけどね。
自分で作ったチョコもまだネルに食べさせていないけど、ここはまず準備をしてからじゃないと、うかつに食べさせるわけにもいかないじゃない。
私の作ったチョコで人間の姿に戻ってしまえば、また裸のヤツとご対面だ。さすがに乙女な私には男の全裸はキツすぎる。
だからこそもう一つの目的である服屋だ。先に男性用の洋服を用意してからなら、全裸の男と見つめ合わずに済むし。
で、高級チョコレートを用意する理由はもちろん、ネルが最初に食べたチョコがそれだからだね。もしかすれば同じものじゃないと変身しない可能性もあるじゃない?
それと、本当にトリュフチョコじゃないとダメなのかも検証したい。
道順で言えば、最初にお菓子屋、次に服屋、そして最後に裏町だ。
さすがお菓子屋にブタは連れ込めないなので、ネルをいったん外で待たせてチョコを買い、次は服屋に移動。
今度はネルと一緒に店に入っても問題ないので、彼の服のサイズを確認しつつ、お手頃なお値段の普通な服を購入。
白いシャツと紺のズボン、キャラメル色のハーフブーツとブーツより少しだけ濃い色のフード付きローブだ。これ、誰かいに見られたらしょうもない誤解を生みそうで嫌だなぁ。見つからないように隠しとこ。
ちなみに、男性用下着も迷わず購入。だって、裸にズボンって、なんか嫌だったのよ、私が。
そして目的地、裏町に入ると私は侍女仲間の間で噂される、わりと有名な占い師の店に入った。そこそこ当たると評判らしい。
店構えは怪しさ全開だった。外から見ても怪しすぎる。なにしろ古くぼろい木造の小さな建物に、唯一見える窓には真っ黒のカーテンがかかり中は見えないし、ドアには怪しい呪いのアミュレット。
家の外壁には深い緑色のツタが、わさっと大量に生息中。なのにドアだけツタがないのも微妙。
まあ、でも他に伝手もないから入るしかないんだけどさ。
そして室内に入れば入ったで、回れ右して帰りたくなるほどに怪しさ大爆発だ。
決して広くはない室内には、左右の壁に大きな棚が並び、棚の上には怪しい『何か』がごちゃごちゃと並べられている。
なにかと言ったが、まあ表現しようもないのだ。
水晶の結晶の塊だったり、葉の付いた枯れ木だったり、ドクロやヘビやトカゲの干物。ドライフラワーや瓶に詰められた大量の目玉。カエルのアルコール漬けとか、もうそんな怪しいものが並んでるんだよ。うん。
ネルまで怪しい店の雰囲気にビビって、指がないのに短い両手で必死にしがみついてくる始末。
そして目の前には、真っ黒のフード付きローブを着た、怪しげな老婆がにやりと微笑みながらこちらを向いている。老婆の後ろには真っ黒のカーテンが視界を遮り向こう側に何があるのかまではわからない。
(来る場所間違えたかなぁ……)
とは思うが、来てしまったものは仕方ない。だが言わせてほしいっ。
老婆の前には、小さなテーブル――真っ黒いテーブルクロスがかかっている――に一人掛けの質素な椅子が置いてある。
テーブルの上には黒い金具の台座に乗せられた、ネルの頭ほどの水晶玉が置いてある。
もうこれは。
「これ見よがしにテンプレ仕様の魔女ってどうよっ! おばあちゃんっ!」
と言わずにいられなかった。
「来て早々ツッコミもらうのは初めてだよ。いいじゃないかテンプレ魔女」
なんて、おばあちゃんは楽しそうに「ウヒヒっ」と笑って見せる。その笑い方までテンプレでした。最近の魔女も何かと大変なのかもしれない。
まあそれはいいとして。
「占ってほしいんだろ? じゃあ、そこにお掛けなさいよ」
おばあちゃんは特に気にした様子もなく、私の前にある椅子をススメて来るので、私も遠慮なく座らせてもらう。
相変わらずネルがビクビクしてるが、さすがにもう慣れろ。
「占ってほしいって言うか、聞きたいことがあるんですけど」
私がそう言いだせば、おばあちゃんは首を横に捻って。
「聞きたいこと? うちは占い専門だけどねぇ?」
右眉をくいっと上げる。
「魔法のことは本職に聞くのが一番でしょ?」
そう言って私が笑って見せれば、おばあちゃんは一瞬、目を丸くしたあとでおかしそうに「クククッ」と笑う。
「なるほどねぇ。ってことは、そのブタが関係してるんだね?」
「分かるんですか?」
そう聞き返せば、おばあちゃんはにやりと笑みを深めた。
「当たり前さ。本職だからね」
ああ、ですよね。
「わしの見た限りでは、そのブタ、呪われてるねぇ。だが残念ながら、このわしにはどうにも出来れない代物だ。強い呪いだね」
おばあちゃんはうっすらと目を細めてネルを凝視する。言うだけ言うと、おばあちゃんは椅子に深く座りなおし、両手を組んでテーブルの上に乗せた。
「解呪方法はおわかりかい?」
「あ、はい。一応」
私がそう返せば、おばあちゃんは何度か頷いて。
「じゃあ、問題はそれを解呪できる魔導士だけってことだね。あんたの聞きたいことはそれかね?」
と、首をまた小さく横に倒して見せる。
「はい。それです」
「そうかい……こいつはまいったねぇ」
言葉と同じように、おばあさんは困ったような顔を見せると、水晶玉に右手を置いて、水晶玉をゆっくりと何度も撫でつけた。
「呪いってのはね。思いや魔力の量で強力になるんだよ。ことブタにかけられた呪いはとても強いねぇ。それは人の生命力を糧にかけられたものだろう。一筋縄じゃいかないよ。だから、魔導士の力量だって中途半端なモノじゃ駄目さね」
ミスロイが自分の寿命を使ってかけた呪いは、マジで厄介な代物のようだ。
だけど、そうなると、いったいどうすればいいんだろうか。
たとえば現物の魔道具を手に入れられたとしても、その魔道具を壊せる人がいないんじゃ……。
「どっかにいませんか? 強い魔力持ちの人」
私の質問におばあさんは非常に悩ましい顔を見せる。
「居ないことはないよ。世界は広いからね。わしよりも強い魔力を持った奴ならごまんとね。ただねぇ。この王都では、間違いなく一人だけしか思いつかないね」
一人だけ?
「それって……」
「アイツさ。魔導士団のトップの」
おばあさんが嫌そうな顔で言う理由なら、嫌でも納得してしまえた。
「あーー」
だって、魔導士団のトップって言えば、有名も超有名だ。
魔導士団団長、クリニアス・フォード・ロブフィッシャー。別に団長さんが悪い人とだとかそう言う意味ではなく、その位が問題すぎる。
何しろ公爵様なのだ。つまり、この国で最高位のお貴族様ということだ。
「無理。会うだけで何年かかると思ってるのよ」
この国における『公爵家』と言うのは、全て王族の血縁者に限られている。例の魔導士団団長様でさえ、遠い親戚と言っても確か王子のはとこだったはずだ。
「マジ無理。公爵様って、接点なさすぎるでしょ」
ネルにはすまないと思うが、相手が悪すぎる。
占い師の家から出て、来た道をとぼとぼ歩きながら、本当にどうしようかと途方に暮れてしまう。
少なくとも、ユージと同じくらいかそれ以下の貴族様なら、バリネウスとか実家の名前を使えば会える機会くらいは作れたかもしれないが、公爵様って、どれだけ幸運か悪運があれば出会えるって言うんだろうか。
「いや、でも魔道具を破壊できそうな魔導士がいるっていう目安にはなったじゃないか」
どんどん落ち込んでいく私にたいして、ネルは努めて明るく私を励まそうとしてくれている。うん。頼りないただの侍女でごめんよ。
「そうだよね。こうなったら、お城に忍び込んで団長様を捕まえる気概で行かないとダメよねっ」
そうだっ。落ち込んでる場合ではないのだっ!
城に侵入してってのは冗談だが、探せばどこかには居るかもしれない。
諦めるのはまだ早いわよね。ネルに協力するって約束したのは私なんだから、諦めずに何かいい方法を探してみよう。
それはそうとして。
「よしっ。遊ぶかっ!」
こういう時は息抜きが一番だ。
娯楽の少ない田舎と違い、王都には様々なお店がある。
本屋や雑貨店、酒場や食堂はもちろんのこと、クジを売る店や劇場とか、貸し玩具店なるものまであって、本当に遊ぶのに困ることはない。
来た道を戻りつつ、あちこちにある掲示板の一つで足を止め、私は掲示板に張り出されている今月のお知らせを眺めた。
「今月の演目は『光の騎士と虹色の魔女』だって」
「私は『七人の騎士長』が好きだな」
「それは再来月予定みたいよ。私は『美女とドラゴン』が好きだけどね」
最初に目にした張り紙は、劇場で予定されている演目のお知らせだ。三ヵ月先までの予定が貼り出されている。
でも残念ながら、私が好きな演目は予定には書きだされていなかった。やってれば見たかったわ。
「おっ。大食い大会が予定されてるみたいよ? 場所は東通りのアンゴウ亭かぁ」
こういう大会はわりと月一で開催される。
何しろメインの大通りに四つの繁華街があるから、どこでも客の呼び込みに力が入っているんだろうと思う。
「知ってる店か?」
「知らん。でも二・三回食べに行ったことあるよ。あそこの魚料理はなかなかイケるっ」
「魚料理か。私はマロウ魚の炙り焼きが好きだな」
「このボンボンが」
「えぇっ!?」
マロウ魚って言えば、海の少ないこの内陸では滅多に市場に出ない高級魚だコンチクショー。
これだからボンボンは――と、ネルの頬を下あごに手を添え挟むように掴み、そのやわらかい頬をムニムニといじくりつつ、次の張り紙に目を移す。
「ん? クジ売り店の目玉景品がかわったんだ。なになに……注目の景品は『ダイナモン魔石』と『アレキサンドライト』……って、どっちもレプリカでしょ絶対」
「だな。さすがに、本物がクジ売り店の景品になったら大騒ぎだ」
「ねぇー。でも、本物だったとしても、たぶんゴマ粒くらいのやつじゃない? 極小通り越して吹けば飛ぶ感じの」
店主の鼻息でどっかに飛んで行ったりして。なんて考えたら、思わず口の端が吊り上がる。
「悪い顔してるぞ。アンバー」
生まれつきの顔ですが何か?
広めの掲示板に所狭しと貼り出されている様々な店のお知らせを読んでいたら、ほど良く私の気分が楽しくなってきた。
誰かとこうして話しながら眺めるのも本当に久しぶりだし。相手は見た目が仔ブタだけど。
「アンバー。貸し玩具屋に新しいおもちゃを追加ってあるぞ? だが『羽馬』ってなんだ?」
ネルが短い脚で貸し玩具屋の張り紙を指しながらそう言った。ネルに言われるまま私も張り紙を確認すれば、確かに『羽馬を入荷!』と書いてある。
竹馬や木の馬は聞いたことあるけど、羽馬ってなんぞ?
「ネルさん、これは確認するしかありませんな」
「ああ、市場調査は探偵の基本だなっ」
探偵じゃないけどなっ!