魔道具のありか
そして翌日、私はすでに朝から自分の仕事についていた。
昨日の今日で、いきなり朝から執事見習いに起こされた時は驚いたのだが、これまたセイラの我がままで「いつまで姉さまを地下に入れておくつもりなのっ! 早く出してよっ!」の一言で出される羽目になったのだ。
なんでも朝の支度をするときに、私の姿がなかったことがお気に召さなかったらしい。
自分で地下に送ったろうが。と、言う突っ込みを入れられなかった仲間たちのストレスがうなぎのぼりだったのは言うまでもない。
まあ毎朝、私がセイラのメイクをするのが日課になっているので、そのせいだろう。
もう本当にどうしてくれようかと思う。あのわがまま娘は……。
「――で、気になってたんだけど」
セイラのわがままモーニングが終わり、モリーさんと廊下と窓の掃除をしていれば、モリーさんが私の後ろをチョコチョコとついて回る仔ブタを物珍しそうに見つめていた。
「その仔」
窓をきゅきゅっと拭きながら、モリーさんの視線は仔ブタを捉えて離さない。
「え? ああ、このブタは、私のペットです」
「へぇ、かわいいわね。でも、アンバーってペットなんて飼ってた?」
「つい最近になって飼いはじめたばかりで、どうにも懐いて離れたがらないので、許可をいただいて連れて歩いてます」
私がそう言って苦笑いを見せれば、モリーさんは微笑ましそうに仔ブタを見つめ、おかしそうに笑った。
「ブタって頭がいいっていうものね。きっとアンバーの優しいところに付け入ったのね? したたかなブタさんだわ。侮れん」
「ははははっ」
モリーさん、遠からず外れてないっ!? モリーさんのほうこそ侮れん。
仔ブタはちょこちょこと私の後について回りながらも、私やモリーさんの仕事の邪魔にならないように、私たちが動かない時は大人しく隅っこに座って待っていた。
いやぁ、でも実際こんな無茶ぶりが通るとは思ってなかったが、侍女長も執事頭もニコニコと二つ返事だったのは驚きだったわ。
地下を出た後、さすがにネルをセイラの部屋には連れていけないから、ひとまず挨拶のついでに侍女長にネルを預けたのだ。事情諸々はあとで説明すると言う形で。
で、ひと段落して侍女長の部屋に行けば、執事頭もそこに居て、二人に説明をすることとなった。
さすがに地下での出来事を馬鹿正直には言えないので、この屋敷の裏手にある森で見かけた野良ブタ。と言うことにしたのだ。
何しろ休みなく働いてる私が、唯一よく行く場所が屋敷裏の森しかなからね。
頭がよくて大人しいと言うのを強調しつつ、日々の癒しとして、最近飼いはじめたと説明すれば、二人はなぜか涙ぐんでしきりにうなずいてくれていた。なんでだ?
そして一応、ご迷惑にならないようにしますので。と、飼うことへの許可を求めれば、二人は快く了承してくれて、私から離れたがらない仔ブタの愛らしい姿に、ベテランの使用人二人はほだされたらしく、ネルが屋敷内を歩き回ることも黙認してもらえてしまったと言う。
小動物の愛らしさが最強すぎるのか、はたまたベテラン二人に癒しが足りないのか、主の威厳がすでに手遅れなほど失墜しているのか。
なんにしても、こちらとしてはありがたいので、そのままベテラン二人の言葉に甘えさせてもらうことにした。
午前中の仕事も終わり、お昼休憩を取るために私はネルを連れて使用人の部屋へと戻る。
使用人用の部屋と言うか、使用人が使うための小さな家と言ったほうがいいか。森と屋敷の間にちんまりとある三階建ての建物だ。
明るい黄色い屋根の木造で、古ぼけた感じはないが、ちょっと年季を感じる作りになっていて、アンティークと言うにはおこがましい使い古された家具一式がそろっている。
部屋のつくりはみんな同じようなもので、ベッドにクローゼット、それから一人用のイスと机が入れは部屋はいっぱいになってしまうくらいに狭いところではあるが、隣にはきちんとバスとトイレが付いているのでありがたいことこの上ない。
本来なら使用人は共同でバスやトイレを使う場所だって少なくないのだ。そう言う意味では、この伯爵家は本当に羽振りがよろしいわよね。
ちなみに、私の部屋は一階の一番奥にある。
ネルを私の部屋で待たせた後、厨房に行き自分の分とネルの分のご飯を持って自室へと戻った。
なんというか、私が厨房で説明をする前に、すでにベテラン二人が料理長にネルの話をしてくれていたらしく、厨房に行ったらすでにネルの分の昼食も一緒に用意されてたことには、感謝と同時に仕事の速さに脱帽だ。
本当に、ここは使用人たちが優秀すぎるわ。
ついでだが、今日の昼食はチキンスープとトマトとチキンのサラダとチキンとアボカドのサンドイッチだった。って、チキンばっかじゃねぇか。チキン祭りかよ。
まあいいわ。どうせどっかの我がまま娘がチキン食べたいとか言ったくせに、土壇場で『いらね』というキャンセルかましたせいだろう。
「そう言えばさ。あんたに協力するって言ったけど、具体的には何をすればいいわけよ?」
昼食を食べ始めてほどなく、そう言えば具体的な話を全くしていないことを思い出して、美味しそうにサラダを頬張るネルに顔を向けた。
「ん。そうだったな。まずは説明が先か」
口の中の物を飲み込んでから、ネルはそう言うと私に顔を向けてきた。ブタさんに戻ってもネルの食事はどことなく品がある――気がする。
「地下でも説明したが、私は魔道具のせいでブタに変えられている。本来なら、呪いはかけた本人か、それ以上の魔力を持つ者にしか解除できないが、道具を使っている場合は、その道具そのものを破壊することでも呪いが解けるのだ」
「魔道具ってそう言うものなわけね。一応、納得」
「うむ。今はこんな姿になり、私の魔力も封じられてしまっているから、魔力の感知が出来ないのだが、私もそれなりに高い魔力を持っていたほうでな、その私に呪いをかけられるほどの魔道具ともなれば、必ずこの屋敷内になるはずだ。私が長い間、石になっていたのもその証拠だろう」
「えーーっと。つまり、魔道具ってそばにないと効力がないってこと?」
「効力がないと言うより、効果が薄い。だな」
「ふーん。で、それってどういうものなの? 形とか」
「よく占い師が使っている水晶玉は分かるか? 見た目はそれと同じで、台座とセットになっている。大きさも大体同じくらいだ」
「ああ、あんたの頭くらいの大きさのやつね」
「う、うん。まあその位だな。この魔道具の最大の特徴と言えば、魔力がなくとも寿命と引き換えに願いを叶えることなのだが――」
「寿命……それってさぁ。ユージーの父親の急死って、その魔道具のせいじゃね?」
ユージーの父親の死のタイミング的には妥当なところじゃないだろうか。
ネルがブタに変えられたのは一年半以上前で、それからすぐにユージーの父親が死んだってことは、寿命を使い果たしたってことでしょ?
だけどネルをブタに変える魔法と、石に変える魔法を使ったから寿命がなくなるって、ずいぶんとコストの高い道具だなぁ。
「かもしれないな。まあ、とにかくだ。あれは危険な物で、使うことはおろか、所持することさへこの国では法で禁じられている」
これまたとんでもなく厄介なものを持ち込んでくれた……ん? でもまって、その魔道具って、法で所持すら禁止されてるということは、国内に持ち込むのは結構な苦労が伴うんじゃなかろうか?
しかもお金だってかかりそうだし。
「あのさぁ、ネル。もしかしてだけど、魔道具を買うお金を工面したのって家かもしれない」
私の言葉にネルは目をクリっと丸めて、首を横に倒して見せた。
「どういうことだ?」
「国で禁止されてる物を手に入れようとすれば、それだけ時間と労力とお金がかかるものでしょ? この伯爵家だって、一年半前までは今ほど事業も芳しくなかったし、高い魔道具を手に入れるための人脈とかお金は当時はなかったと思うのよ」
「確かにな」
「そこで、ユージーの父親が何がしたかったのかは分からないけど、私の両親は貴族とのつながりを欲しがっていたから、出資したってことなんじゃないかとね。利害の一致ってやつ? そのせいで危うく結婚させられそうになったんだけどさ」
「なるほど……そうなると、アンバーの両親がどこまでこの話にかかわっていたのかも重要な問題になってくるな」
「だよねぇ」
私は思わず粘土でも吐き出しそうなほど重い溜息が口からこぼれてしまった。
本当に、うちの両親は何してくれてるんだろうか。
国で禁止されてる魔道具を買う手伝いをして、おまけに人攫いのお手伝いか。さすがにそこまで人間性のないことをしでかすとは思いたくないけど、深くかかわっていたとしたら私はネルに本気で申し訳なく思う。
ましてネルは魔力持ち――まあ自己申告だけど――な上に、たぶん育ちは悪くない。もしもお貴族様だったら、そんな人物を攫った上に監禁となると、家が潰れるだけじゃすまない。確実に家族全員の首が飛びかねない。
そう思うと、私は知らずにブルリと身震いしてしまった。
「今は分からないことを悩んでも仕方ない。出来ることから、片付けて行けばよいのだろう?」
気分が沈みかけていく私に、ネルはそう言って鼻をひくつかせて見せた。
あー仔ブタに癒されるわぁ。
「そうね。まずは出来ることからね。ってことは、まずネルをブタに変えてしまった、その魔道具ってのを探さないといけないってことよね? どこにあるのかしら? 確実に屋敷内にあるって確証はあるの?」
私がそう聞き返せば、ネルはしっかり頷き返し。
「間違いなく屋敷内にある。国で禁止されているものを、おいそれと外に保管するほうが怖いだろ? それに、先ほども言った通り、魔力持ちの私を抑えるためには、近い場所に置くのが一番いい」
そう言って自信ありげに私を見上げた。
まあ、これだけ自信たっぷりに言われたら、彼の言い分を信じてもいいだろう。
それ以前に心当たりなんてないんだから、近場から探して行くしかないんだろうけど。
「ってことは、私がいまだに入ったことない部屋か、あるいは使用人でも知らない部屋があるとか?」
「隠し部屋か……ないとは言いきれんが、まずは聞き込みから始めてみないか?」
「聞き込み?」
「推理物の定番と言えば聞き込みだろ!」
「どんな理屈だよ。ただ探偵ごっこがやりたいだけとか言ったらハムにすんぞコラ」
「そ、そんなはずないじゃないかっ」
そう言ってソロリと私から視線を外すネルに、私はじっとりと両目を細めて見せた。
こいつ、絶対に今の状況を楽しんでやがる。
とは言え、聞き込みからはじめるのは確かに良い案だと思う。
ここに半年居るとはいっても、まだ全部の部屋を回ったことはないし、セイラの部屋はあいつの我がままで出入りさせられているけど、本来なら私はまだ新参者だから、主の部屋には出入りさせてもらえないのが普通だ。
今は仕事を覚える段階っていう意味でも、私の仕事は雑用がほとんどだし。
そんな私が勝手に屋敷内を動き回れば不審がられるかもしれない。
それでも、今までとくに入っちゃいけない場所と言うのはなかったと思うが……。
「あ、そう言えば。ユージーはネルの存在を知ってるのかしら?」
そう聞き返す私に、ネルは首を横に倒して困ったような顔した。
「それは私も知りたいところだ。知っていたとしたら、私をあの場所に置いておくとは思えないのだが……」
「そりゃそうか、反省部屋としても使う地下だもんね。知ってて放置してたとしたら、相当よね」
「ああ、まあどちらにしろ、私の存在は知られないほうがいいだろう」
「だね」
当面の目的が決まったところで、私たちのお昼も食べ終わった。
屋敷で働いている古株と言えば、侍女長、執事頭、料理長の三人。
だけど、ユージーの父親が死ぬ前からここで働いている人なら、この屋敷で働く人全員が当てはまる。もちろん私は入れないでだけど。
そうなると、ここで働いている使用人の誰に聞いても欲しい情報は手に入るだろうけど、簡単に教えてくれるんだろうか?
それ以前に、いったい何をどう聞けばいいんだ?
「前の主が持ってる魔道具どこにありますか? って、聞いたらやっぱり不味いわよね?」
「いくら何でも直球すぎだろ……」
「だよね」
午後になり、私はネルとともに中庭の掃除をしていた。あーいや、掃除をしているのは私だけだが、今はネルと二人きりなので、普通にネルと会話をしつつ、中庭の石畳を綺麗に掃いていた。
散歩しやすいようにと敷かれた、中庭をくるりと囲むような赤レンガの散歩道には、木の葉や砂ぼこりがかぶっている。外なんだから当たり前なのだが。
主夫妻が滅多に使うことのない庭をどういうわけか、一日一回は掃除をさせられるのだ。散歩するのは使用人ばかりで、他には庭師が毎日草花の手入れをしているだけだと言うのに。
いいんだけどね。仕事だからやるんだけども。
セイラのために植えられた庭の草花たちは、いまだもってセイラに愛でられたことがない上に、庭師がどれだけ苦労して手入れをしたところで、庭の植物たちは出かけるセイラの脇目にも触れられたことがないと言う。
なんでそんな庭を掃除する必要があるんですかねぇ。なんて、ちょっと拗ねてみたい気分にもなるのだ。
それにしてもだ。あらためて仔ブタに視線を向ければ、仔ブタは花壇の縁にちょこんと座り、自分の頭上をひらひら飛び回る蝶が気になるのか、私と会話しながらしきりに視線は蝶を追っていた。時々、縁から落ちそうになりながら。
その愛くるしい姿には十分癒されるものの、実際のところ彼に対しての疑問は山のようにある。
たとえばブタになった理由。なんで呪われることになったのか。ユージーの父親はどうしてネルを攫う必要があったのか。
そもそも『ネル』と言う名前も、本名かは謎だ。
会話の端々に彼の育ちの良さがうかがえるし、おまけに魔力持ち。
ちなみに、『魔力持ち』と言うのは当然、魔力を持つ人のことを指す言葉だが、魔力自体は誰でも持っているものだ。ただ、魔力量と言うのは人それぞれで、普通の人なら魔力を感じ取るなんて芸当はできない。それなりに修行すればまた別なのだが。
なので、魔力を感じ取れるほどの力を持っている人を、普通は『魔力持ち』と言う。
そして高い魔力を持って生まれた人は、何かと国では優遇されるのだ。
例えば農民だろうが傭兵だろうが、魔力持ちなら魔法学校への入学が認められ、かかる費用も国が持ってくれたり、王城や研究施設への仕事もさせてもらえたりする。
つまり、この国では魔力持ちはわりと貴重な人材として扱われたりすると言う話。まあ、私のような普通の人間には縁のない話だが。
そんな魔力持ちは、当然国でも保護の対象になる。成人前の子供であれば、もしものことがないようにと、国で魔力を登録するらしい。私は魔力持ちじゃないから詳しくは知らないけど。
それだけ国でも重要視される魔力持ちだ。攫うとなれば重罪は確定である。
よくて死ぬまで檻の中、悪くて死刑になるだろう。たとえば、貴族出身の魔力持ちを攫ったとなれば、確実に死刑は免れられない。
ネルが貴族なのかは分からないが、それでもなぁ。
(そこまでの危険を冒してまで、ユージーの父親がほしかったものって何なんだろう?)
魔力持ちだ。貴族だ。という理由以前に、人を攫うと言う行為自体が人として間違っていると思うけどね。
「ぷぎゅっ!」
という、ブタの鳴き声に、私は自身の思考の海から引き戻されネルに顔を向けた。
今、考えるべきは、どうやって怪しまれないように魔道具を探すかだ。そう自分の頭を切り替えつつ、花壇の縁から滑り落ち、地面に鼻スタンプを押しているネルに私は呆れた視線を送る。
「何やってんの」
ネルは地面にうずくまるように前足で鼻を押さえながら、忌々しそうにネルの眼前を飛び回る青色の蝶を睨み付けていた。
「いや、こ、この蝶が……」
「なんで蝶におちょくられてんのよ」
私はネルに近づいてその場にしゃがみ込むと、ネルの少しだけしっとりした鼻先についてしまった土を、持っていたハンカチで払い落としてあげた。
これが貴族って、ちょっと違うんじゃないか? なんて思ってしまう。せいぜいいとこの坊ちゃんか。うちのような商人とか。
だって、なんかあまりにも――。
「あんたって、鈍くさいわねぇ」
そう言って呆れた顔で私が笑って見せれば。
「鈍……」
私の言葉にショックを受けたらしいネルは、思いのほかずっしりと頭をもたげて沈んで見せた。
やっぱり癒されるわぁ。
「あんたが鈍くさいのは一先ず置いといて、まずは執事頭に話を聞きに行ってみる? 一番の古株だし、いろいろ知ってそうじゃない?」
「それはいいが、どうやって聞き出すつもりなんだ?」
ネルはそう言うと首をかしげて見せるが、私はネルににやりと口の端を釣り上げて笑ってみた。