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幸薄メイドと籠りブタ  作者: 風犬 ごん
3/9

ピンクの仔ブタ


 この屋敷の地下には反省部屋と呼ばれる場所がある。

 本来の地下室は備蓄するために存在しているが、現在は一部屋だけ使われていない地下の一室が、反省部屋として使われているらしい。

 まあ、何しろ地下に行くのは今回が初めてだから、聞いたくらいのことしか私も知らないんだけど。

 地下には五つ部屋があり、そのうちの三つは常に管理されているらしいが、残り二つは反省部屋として使われていたり、物置になっていたりと、すでに備蓄庫とは呼べない状態ではある。

 将来困るのはご当主だけなので、別にどうでもいいと言えばどうでもいい話だ。


「え。てか、実の姉を地下送りにするか? 普通」


 地下の階段を下りている途中、執事見習いの黒髪のほうが、困惑気味にそうつぶやいた。

 それは私も思ったが、もうね。なんか、うん。


「まあ、私の妹はついにそこまで染まってしまったと言うことで、もう諦めた」


 まさか、良かれと思ってついた言葉が、こういう形で返されるとは……もう、本当。ちょっと泣きたい。


「まあ、元気出せよ。そのチョコは持って行っていいから。でもマジで職場かえないと将来まずそうだよな。ここ」


 見習いのもう一人、亜麻色の髪のほうが、私たちを先導してランタンで足もと照らしながらサクサクと降りていく。

 妹と同い年の見習いコンビのほうがしっかりしているってことに、さらに泣きたい気持ちになるわ。


「侍女長には俺たちから言っておくから、まあ、休暇だと思ってのんびりしろよ」


 黒髪がそう言ってフォローしてくれるが、暗い地下でチョコもって休暇とか、どんな嫌がらせだよ。心が軽くへし折れそうだよ。

 階段を降りきると長い石廊下が続き、頼りないランタンの明かりだけが、唯一の光源だった。この地下には、光を取り入れる小窓すらないようだ。


「あの一番奥にある部屋だ。まあ、ランタンとマッチは置いていくから、夕飯も持ってくるし、落ち込むなよ」


 奥の鉄扉までくれば、黒髪のほうが私にマッチの入った箱と大きめのランタンを渡してくれた。


「ありがとう。とにかくがんばるよ。何日入ってればいいかわからないけどさ」


 扉が開かれ私が室内に入れば、申し訳なさそうな顔をした二人がしぶしぶと扉を閉めようとしているところだった。


「すぐに出て来れるって、一応、鍵は閉めるけど、食事を持ってくるとき毛布も一緒に持ってくるから」


 そう言って、鉄扉はきしむような音をさせながら静かに閉じる。

 それにしても、彼らもまたいい人たちだと思わずにはいられない。妹とその旦那は最悪だが、職場の人間関係に恵まれたのだけは幸運だったと思う。

 それにしても、本当になんて仕打ちだろうか。

 実家に居た頃のセイラは、ちょっとわがままな子ではあったけど、ここまでは酷くなかったと思う。

 年子の妹ってこともあって、私とセイラは一緒に遊ぶことも多かったし、わりと懐かれていたという自信はあった……まあ、今日までは。

 実の姉をまさか地下送りにするとは――。


「反省部屋とは言うものの、私が何を反省しろと言うんだ? むしろセイラと伯爵が入ればいいじゃないか」


 そんなことを愚痴りつつ、あらためて地下の狭い室内を見回せば――いや、まあ暗い。暗くて何も見えやしない。

 私は早速ランタンに火を入れて、あらためて室内を照らした。

 室内はたいして広くはなかった。でも地下と言うわりにはシメジメした感じはなくて、むしろ寒いくらいに乾燥している。

 少し空気も埃っぽくて、このまま座ったら、間違いなく黒い侍女服を汚すことになるだろう。滅多に使われることのない部屋なら、まあ埃っぽくても頷ける。


「今はほとんど使われていないと言うだけあって、室内には何も――んん?」


 ないな。と、言葉をつづけようとしが、ランタンの明かりに何かが照らし出されたのを、私の視線が拾っていた。


「なにか、あるな……」


 扉から一番遠い部屋の隅に、何やら置物みたいなものが見える。

 近づいて、ランタンを置物へとかざしてみれば、それは小型犬ほどの大きさの。


「仔ブタ?」


 石でできた仔ブタの置物だ。ちっさくて丸くて、尻尾がクリンと丸まっていて、おまけに尻尾の付け根にはリボンがちょこんと。


「あらヤダ。可愛い」


 でもだいぶここに放置されていたせいか、埃をかぶってしまっている。それがちょっとかわいそうになり、頭の埃を落としてやろうと手を伸ばすと、私の手には長方形の箱が握られていて……ああ、チョコの箱を持ったままだったのを忘れてたわ。

 ランタンを仔ブタのすぐ横に置き、邪魔な箱を持ち替えようとしたその時だ。仔ブタの鼻がピクリと動いた気がした。


「いやいや、石の置物は動かないからね。ランタンの明かりが揺れたせいでそう見えただけだって」


 と、自分に突っ込んでみるが、今度はブタの頭が確実にゴリっと動いたのだ。そして、ブタの鼻がひくひくと動いたと思えば――。


「ぷぎゅっ!!」


 なんて、なんとも間の抜けたような声で叫んで、前のめりでころりと転がった。間抜けな声が出たのは鼻っ面を床にぶつけたせいだろう。

 そして仔ブタは、短い前足をがんばって踏ん張ると、くいっと顔を上げて私を見上げた。

 まん丸のつぶらな瞳が愛くるしい。少しうるんでいるのはまあ、床にぶつけたせいだろう。痛かったのね。

 いやしかし、石の置物だと思っていたブタが、今やピンク色の生々しい生き物へと変貌を遂げている。どんな魔法だろうか、これ。

 じろじろと見回してみても、小さい耳と可愛い尻尾、短い手足は愛くるしく、綺麗なサファイヤ色したつぶらな瞳は庇護欲をそそるし、何よりも可愛いピンクの体。

 まさに愛玩動物の名に恥じぬ愛らしさと言ってもいいだろう。ただの仔ブタさんだ。


「お腹の横に特徴的な模様があるのねぇ。ハートの形してる」


 右側の脇腹あたりに唯一あるハートの模様は、この仔ブタの最大の特徴ともいえる。


「不思議なこともあるものなのねぇ。石像の仔ブタが本物の仔ブタになるなんて」


 そうしてまじまじと仔ブタを観察していれば、突然『ぎゅるるるるぅぅ~』と、地下室に反響する音に、私はびくりと肩が跳ねた。

 今の音は、まさか……そう思って仔ブタを見つめれば、仔ブタは頬あたりを赤く染めて下を向いて見せる。


(どうしようっ!? かわいすぎるっ!)


 小動物はそれだけで癒しだ。妹とあのダメ伯爵のせいで散々な気分だったけど、まあいいかと思えてしまった。微笑ましすぎて思わずクスクスと笑い声が漏れてしまう。

 それにしてもこの仔ブタ。そうか、お腹が減ってるのか。

 私の手元には今、チョコレートの箱しかない。


(本当はみんなで食べようと思ってたけど……)


 ブタって確か雑食だから、チョコあげても平気……よね?


「ホラ、これ食べな」


 私は箱からトリュフチョコを一つつまみ出して、仔ブタの鼻先に近づける。が――。


「うっ……。き、気持ちはありがたいのだが、私は甘いものが大の苦手で……」


 仔ブタはそう言うと、チョコから顔をそらしてしまう。


「え? ブタがしゃべった――」


 ブタってしゃべるものだっけ? そんな馬鹿な。なんて、面喰う私に。


「ま、魔法だっ。普通のブタなら話なんてできるはずないじゃないか」


 慌ててそう言い返してくるブタに、まあ、それもそうか。と、納得――いや、ここ素直に納得していいのか? と、首をかしげる私の耳に。


『きゅるるるぅぅ~~』


 という、またなんとも言えないブタの間抜けなお腹の虫が自己主張をした。

 まあ、しゃべったことも問題であるが、それよりも何よりもだ。


「お腹減ってるんでしょ?」


 これほど腹の虫が自己主張してたんだから、減っていないはずはない。だと言うのに。


「それは――」


 仔ブタはそう言い渋って、チョコと私の顔を交互に見ながら、何やら悩んでいる様子だ。てか、そこまで悩むほどのことなのか? そう疑問に思う私の耳に、またブタの腹が盛大な音を立てて鳴いたのを拾ってしまった。

 まったくなんて面倒くさいブタだろうか。


「ホラみなよ。今は好き嫌い言ってないで、ひとまず大人しく食べておいたほうがいいわよ」


 私はさらに手に持っていたチョコをブタの口に近づけるが。


「いや、だがしかし……」


 ブタはまだ迷っている様子で……ああ、もう。本当にめんどくさいな。


「チョコが溶けはじめたんだけど。いいかげんに諦めて食べなさいよ。それにこのチョコレート高級品よ? 滅多に食べられるようなものじゃないってのに、それを分けてあげようって言うんだから、四の五の言わずに食べなさいっ!」


 私は箱をいったん床に置くと、ブタの口を開かせて、もっていたチョコを口の中に突っ込んだ。

 最初から大人しく食べればいいのだ。手間かけさせやがって。と、幾分満足した気分でブタを見下ろせば。

 仔ブタは器用に両前足で口をふさぎ、青ざめた顔色になったと思えば、床にもんどり打って私にお尻を向けると、悶えるように体を小刻みに震わせて、必死に丸まっていた。

 しばらくすると、ようやく口の中の物を飲み下したのか、つぶらな瞳に涙を浮かべてこちらに振り返る。

 あらら、本当に苦手だったのかしらね?


「ごふっっ……強引な……そ、それにしても、殺人的に甘い」


 そう言って、向かい合うように正面に戻ってきた仔ブタだったが、未だに青ざめた顔をしているように見えなくもない。


「それを言うなら、あんたの場合は殺豚的さつとんてきって言うんじゃないの?」


 なんて笑ってしまった。仔ブタの可愛さに和んでしまったくらいだ。

 だけど、ひもじい思いをするよりはマシじゃないか。と、突っ込もうとしたのだが――。

 口を開きかけた私の目の前で突然、仔ブタがボフンと言う音とともに爆発し、あたりに白い煙が広がった。


「なっ! 今度はなにっ!?」


 次から次へと、落ち着かないわねっ! 

 大体なんでいきなり爆発するのよっ。チョコのせいかっ! それとも苦手なものを食べると爆発する仕組みなのかっ! どっちにしてもはた迷惑なっ! 

 手を振って白い煙を追い払えば、煙はあっという間に晴れてきたが、仔ブタに一言いってやらねば気がすまない。

 こんなことになるなら初めから言えばいいじゃない。まったくもう。

 そしてようやく、煙が晴れてくればピンクの可愛らしい仔ブタが――と思っていた私に、予想外の肌色の物体が視界に飛び込んできて。


「え?」


 予想外すぎて反応に遅れてしまったが。


「え? ええっ!! ちょ、裸の男っ!!」


 いきなりのことに驚いて飛び退く私に、裸の男も一瞬目を丸くしてから、自分の左手をちらりと見て、そのまま視線を自分の下半身のほうへ下げると。


「え? あ。うわっっ!!」


 男はそう叫んで、慌ててランタンから逃げるように暗い隅に移動して、こちらに背を向けてしゃがみこんだ。


「ちょ、なんで裸なのよ変態っ! どっから入ってきたわけっ!? 仔ブタはどこっ!?」


 私も慌てて男とは対角の位置になる部屋の隅っこへと移動していた。


「ずっと君と一緒に居るだろうっ。別に私は全裸で歩き回る趣味はないっ。ブタだっ! さっきの仔ブタっ!」


「んなわけあるかっ!? 仔ブタがどうして男の人になるわけよっ! 証拠はっ!?」


「証拠……あっ! ほらっ! ここのところに、ハート型の痣が――」


 男はそう言うと、その場に立ち上がり、こちらに正面を向けようとしてくる。


「ちょっと待てっ!? 生まれたままの姿だってことを忘れないでっ!! 見たくないっ! 激しく見たくないからっ!!」


 男から目を逸らすのは非常に嫌なのだが、このままでは見たくもないモノを見せられそうで、私は慌てて男に背を向けると、自分のつけているエプロンを急いで取って、丸めて男に投げつけた。


「とにかく隠してっ! 話はそれからよっ!」


 私からエプロンを受け取ったらしい男が動いている気配を背中で感じながら、私は混乱する頭で何が起きているのかを考えるが、さっぱりわかるわけがない。

 とにかく、男に話を聞くしかないようだ。そう結論付けたところで。


「もういいぞ」


 と、男の声が聞こえて、私は恐る恐るで振り返った。

 私の渡したエプロンを腰に巻き付けて、ひとまず腰らへんから太もものあたりまでは隠れているのでよしとしておこう。それにしても――。


「男の裸エプロンって需要あるかしら?」


「あってたまるか」


「いや、一部の奥様方には大人気を博しそうなんだけども」


「話を戻そう。頼む」


 ひとまず床に置いていたランタンを手に取り、私は灯りが男の全体を照らせる位置まで移動して、あらためて男を見つめたら。


「思った以上にイケメンでビックリ」


「は?」


「なんでもない。それにしても……本当にあの仔ブタなのね?」


 まず一番確認したかったのはそこ。

 男の右側の腰骨あたりに、さっき見た仔ブタと同じハート形の黒い痣があったのだ。これは、まあ、確かに証拠になり得るものかもしれない。

 私の視線が男の腰辺りに向いているのを見て、男はしっかり頷いた。


「ああ。だからそう言ってる」


 うーむ。それにしたって、さっきの愛玩仔ブタが、どうすればこんなイケメンになり得ると言うんだろうか。

 長い手足に均整の取れた体躯、割れた腹筋に感心してしまう。きっと日々鍛えているのだろう。でも、騎士然としたムキムキ感はなくて、なんとも、目のやり場に困るくらいには色っぽい。

 肌は透き通るように白く、髪だって少し癖のある金髪でサラサラだ。まるで太陽の光で染めたみたいに、ランタンの頼りない灯りでも十分に光って見える。

 高い鼻に形の良い唇、まるで絵本の王子か、天使かよ。と言えるような外見をしている男だ。切れ長の釣り目に、仔ブタのときと同じサファイヤのような青い瞳。

 全裸の変態にしては、確かに男前すぎるわ。


「でもなんで、いきなり人間になるのよ?」


 唐突過ぎてついていけないんですが。そう思いつつ首をかしげる私に、男は両腕を胸の前で組んで、私と同じように困惑気味の顔で首をかしげて見せた。


「私にもどういう原理かは……何しろこんなことは初めてだし、人に戻った原因があるとすれば、さっきのトリュフチョコだろうか?」


「ああ、ブタだけに?」


 なんて、思ったことを口にした私に。


「えぇ!? ダジャレなのか!? 嫌すぎるだろっ! なんでよりにもよって一番苦手なものなんだ……」


 そう言うと、男はちょっと泣きそうな顔で頭を抱えてしまうが……。


「それよりも、いい加減にブタに戻ってよっ。目のやり場に困るんですけど」


「そう簡単に戻れるかっ! いつ戻るかも私にはさっぱりわからないっていうのにっ」


「そうなの? 仔ブタのほうが可愛いのに……」


「複雑だ。非常に複雑な気分だぞ私は……」


 裸エプロン姿の色男を眺めて喜ぶ趣味は、今のところ私にはないので仕方ないね。


何とか、仔ブタ登場させることに成功しました。

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