表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸薄メイドと籠りブタ  作者: 風犬 ごん
1/9

幸薄少女の災難

前回のお話の反省を踏まえつつ。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 商人の娘が貴族と結婚できるなんて、そりゃ普通に考えればすごい幸運かもしれない。名の知れた大商人でもない限り、そうそう嫁には出せないだろう。

 まあつまり、そう言うことなのだ。


「いやぁ、由緒あるバリネウス伯爵家に嫁入りを許されるなんて、本当にわが娘は幸せ者でございますっ! ユージー伯爵様っ」


 そう言って、少々腹の贅肉が冗談じゃなく生活に支障をきたし始めている父が、にへりといやらしい笑みを浮かべていた。その隣には、ゆるみきったにやけ顔を我慢して引きつって笑う母の顔が並ぶ。

 むしろ幸せなのは私ではなく父と母だろうに。と、言う突っ込みは、口に出さず私は胃の中まで言葉を飲み込む。

 わが両親ながら、この人たちの性格には溜め息を吐き捨ててやりたい気分になるってものだ。

 なにしろ私の両親ときたら金持ちや権力者が大好きなのだから、まあ仕方のない話なんだろうけど。


「こちらこそ、一年前に父が病気でこの世を去り大変だったとき、お力添えをいただいた恩をお返しできるなら、願ってもないことですよ」


 そう言うと、ユージー・コルセス・バリネウス伯爵は、優男全開の微笑みを見せる。こっちの男の胡散臭い笑顔にも溜め息をお付けしたい気分だが。

 こうして互いに顔合わせをしている時点で、私はもう逃げることも出来やしない。

 ちなみに、ユージー……様の言っている『力添え』と言うのは、バリネウス家の前当主、ユージーのお父上様が、生前に何やら大きな買い物をした際のお金の工面を、うちがちょっと面倒見たとか何とか、そういう話らしい。

 それが、今回の結婚話につながってしまっている。もちろん、このユージー様と、私の結婚なのだけど。


「ねぇ、姉さま。素敵な方でよかったわね。うらやましいわぁ」


 そう言って私の横で妹のセイラが、私にだけ聞こえる小さな声で、目をキラキラと輝かせて伯爵様をうっとり眺めている。

 この妹も両親と同じく権力とお金に目がなくて、むしろ結婚ならこっちのほうが適任なんじゃない? どうせなら代わってくれてもいいのよ? とは思っても、さすがにこんな顔見せの場では冗談でも言えない。

 ユージー様の何がダメと聞かれても困るが、とにかく、私はこの結婚に乗り気じゃない。むしろ、逃げ出してしまいたいくらいには嫌なのだ。

 この伯爵様は茶髪で濃い青目で、そこそこ美形なのだが、細身で色白なせいか、優男で頼りなさげに見える。

 ただなぜか人脈は広く、商才でもあるのか、ユージー様の手掛ける事業は今のところ概ね順調の様子。私の両親もそこに目を付けたのだけど。

 性格は、現在知りえた部分だけ挙げれば、まあすこぶる悪いと言うことはなさそうで、のんびりとして穏やかそうではある。だけど、どうにも物足りない感は否めない。


(とは言え、ユージー様がこの国の王子だって言われても、結婚はごめんだけどね)


 初顔合わせで失礼極まりないが、どうにも駄目だ。私はユージー様が苦手である。しかも、好みじゃない。はっきり言ってしまえば、生理的に受け付けないのだ。

 おまけに、私はまだ十七歳になったばかりで、他にもやりたいことがあったというのに、どっかの貴族の娘でもあるまいに、なんで私がこんな若い身空でお貴族様と結婚させられないといけないんだろうか。

 世はまさに理不尽で出来ている。なんて、空を仰いで溜め息を一つ。





 そうして迎えた結婚式当日。

 純白の白々しいドレスが、私にはまるでピエロの衣装に見えるほど、私は憔悴しきっていた。


「ほら見て。今日はいつも以上に太陽がギラギラしているわ」


 まあ、どうにかこの結婚式を逃げられないものかと諦めも悪く考えていたせいで、昨夜はとうとう一睡もできなかったからなぁ。

 神殿にある控室には、当事者の私よりもソワソワしている母が、忙しなく私の衣装に乱れがないかを確認していた。

 そんな分刻みで確認しなくても大丈夫だから。めんどくさい人だ。


「もうっ! 何言ってるのっ! しっかりしてちょうだいアンバーっ。伯爵家としっかり橋をつなぐって役目を忘れちゃダメですからねっ!」


「はいはい、分かってますよ……」


 もうここまで来たら逃げられないのは重々承知だが、鼻息も荒く、実の母親にこんなはっきり『金と権力を掴んで来い』と言われれば、そりゃ逃げたくもなる。


「もう会場には人が集まってるんだろうなぁ」


 控室の窓から見える空は、雲の少ない晴天でまさに結婚式日和。ああ忌々しい。

 空を睨むようにつぶやいた私に、母が嬉しそうな返事をよこす。


「会場はすでにいっぱいよっ! 親戚連中に一泡吹かせてやれるなんて、本当に今日はなんていい日かしらっ! これで、我が家も貴族社会に近づけるのねぇ!」


 頬を染め、嬉々としてそう叫ぶ母に。


「なんで親戚同士で張り合わなきゃいけないんだか。別にいいけどさ、それにしたって娘を巻き込むのはやめてもらえませんかねぇ。私は興味ないんで、お母さんたちだけで勝手にやっててもらえないかなぁ?」


 と、軽く文句の一つも吐きたくなる。本気で面倒くさいんだ。

 だが、私の気持ちなどさっぱりわからない母は、キッと眉を吊り上げると。


「あなたはやる気がなさすぎるわっ! しっかりしてちょうだいっ!」


 なんて、むすっと不機嫌な顔を作って見せた。


「やる気なんてあるわけないでしょー。別にここまで来たら逃げようだなんて思ってないから大丈夫よ」


 覚悟はもう出来ている。嫌でも、ここまで来たら腹を括るよりない。

 でも、結婚にも恋愛にも人並みの夢を持っていたのだ。それを実の両親に潰された娘の痛みってものをわかっていただきたい。

 平凡な幸せさえも自分で選べないなんて、これってわりかし不幸じゃないだろうか?

 空とは真逆にどんより曇っていく私の心など置いていくように、時間だけがどんどんとすぎていく。

 そして、控室のドアが静かに叩かれた。


(いよいよか……)


 とにかく頑張ろう。何がと言うか、なんかいろいろ。

 そう思って心を引き締めようとしていた私だが、控室の扉を母が開くと、母が何やら少し慌てたように訪問者を室内に入れた。

 なんだ? と思って、訪問者に顔を向ければ、入ってきたのは妹のセイラ――と、ユージー様だった。

 おいおい。普通、結婚前の新婦の部屋には女性以外立ち入り禁止ですよ伯爵殿。


「まあ、どうなさいましたの? ユージー様」


 そう言って、動揺しつつも笑顔で対応する母に、ユージー様はセイラの肩を抱き、真剣な目で母を見つめ返していた。


(妹の肩を抱いているその手は何だ。おい)


 ユージーとセイラがここに来た理由に、なんとなく察しはついた。ついたが、まさか。ねぇ?


「申し訳ありません。ですが、どうしても自分の気持ちを偽ることが出来ず――」


 ユージーはそう言うと、あからさまに私を見ないように視線を横にずらし。


「アンバーとの結婚をやめて、このままセイラと結婚させていただきたいっ!」


 そう言うと、意を決したように母をしっかりと見つめ直した。

 まあ、察しはついたけど、こんな当日にそんなわがままが――。


「まあまあっ! セイラを見初めてくださっていたなんてっ。もちろんかまいませんわっ! ではこのまま式会場にはセイラと――」


 まあ、乗り気な当人同士が結婚するのが一番いいに決まってる。が、ちょっと待て、そう言うことでもないだろう。

 危うく母がそのまま二人を部屋から出そうとするものだから、私は慌ててその場の全員を引き留めた。


「ちょっと待とうかっ!」


 私の声に全員がこちらを見る。


「なに? 姉さま?」


 なんて、セイラは小首をかしげて見せるが。なに? じゃない。


「招待客の混乱が目に見えるでしょーがっ! 当日になって花嫁交換って、常識的に考えておかしいでしょうっ!」


 そりゃ結婚には乗り気じゃなかったし、正直に言えば、伯爵とセイラが結婚してくれるなら、私は心の底から祝福してやろう。

 だが、そこはそれ、こっちもやっと腹くくって、伯爵との結婚を受諾したってのに、いきなり当日になってやっぱりセイラと結婚したいだと?

 どこのガキだあんたっ! と言う意味も込めて伯爵を睨めば、伯爵は意地でも私を見ないように視線を顔ごと逸らし、青白い顔で視線を泳がせている。

 それにしても挙動が不審を通り越して変質的に危ないんだが。大丈夫だろうかこの伯爵。


「し、しかたなかったんだ。顔見せの時にセイラに一目惚れをしてしまって、でも君が僕に惚れてしまっては、無下に嫌がるのはかわいそうだと思って、でも僕はやはりセイラしか考えられなくて……えっと、それで」


 聞いてもいない言い訳を吐き出しながら、ますます青い顔をする伯爵に、正直イラッっときた。


「おい。いつだれがあんたに惚れたって? 勝手に記憶を盛るな。こっちから願い下げだ。そうじゃなくって、セイラに一目惚れしたなら初めからそう言えばよかったのであって、なんで当日に自分のわがままが通ると思ってるのかが分からないって言ってるのよっ! バカじゃないの!?」


 私の言葉に母の顔がしぶく歪み、私に咎めるような視線を送りつけて来るが、そんなの知ったことではない。伯爵に対しての口の利き方がなってないと言いたいのだろう。

 はっ! アホらしい。今さらそんな気を使う必要がどこにあるのやら。本当にふざけるなと言いたいっ。花嫁を当日に入れ替えるなんて、そっちのほうがよほど失礼じゃないのだろうか? だって、そんなことされたら私のほうが今後にかかわるじゃないっ!

 その落とし前をどうつけてくれると言うのかこの伯爵様はっ!

 寝不足のせいですこぶるイラついている私の剣幕に、伯爵は「ひっ!」と怯えてセイラの後ろに隠れた。男のくせに情けない。が、さらに私の苛立ちに追い打ちをかけたくれたのは実の妹のほうだった。


「姉さま、フラれたからって見苦しいわ。潔く身を引いてくださらない?」


 そう言うと、セイラは『やれやれね』と言いたそうに首を横に振って見せるのだ。


「だからっ! 結婚したきゃ勝手にしなさいよっ! 初めから私は結婚なんてしなくなかったわよっ!」


 なんだこの茶番。なんで好きでもない男にフラれた感じになってるんだろうか。しかも私が駄々をこねてる風な扱いだ。本当に冗談じゃない。

 私にだってプライドと言うものがあるのだ。バカにすんなっ。


「まぁまぁ、アンバー。今回はご縁がなかったのよ。諦めてちょうだい。ね? 初恋は実らないっていうじゃない」


 優しく言い聞かせようと引きつった顔で笑う母のこの言葉で、私の怒りは限界を振り切った。


「誰が、いつ、誰に恋をしたと言いましたかっ。好きにすればいいでしょっ。ウンザリなのよっ!」


 政略結婚もいいだろう。親が娘を道具として使うのは珍しいことではないし、相手が望むなら望む人を差し出せばいい。

 だが、いくらなんでもやり方ってものがあるんじゃないのかと言いたいのだ。

 貴族の娘じゃなければ、どんな暴挙も許されるとでも言いたいのかっ!

 しかも、私の家族が率先して伯爵の我がままを後押しするっておかしくないか? もう異常と言ってもいいくらいだ。

 本当に腹が立つったらない。

 私は頭につけた飾りやらなんやらを乱暴に床へと投げ捨て、手に持っていたブーケを叩き付けると、着替えるために奥の部屋へと引っ込もうと踵を返す。が、そこにいつ来たのだか分からないが、父が私を慌てて呼び止めた。

 今までどこに居たの父さん? ちょっと気が付かなかったわ。


「ま、待てっ! アンバーっ。お前はどこに行く気なんだっ」


「うるさいわねっ。どこも何も家に帰るわよっ。さすがにこのまま妹の結婚式に参列するほど図太くないんですよっ! 私はっ!」


「と、とにかく落着きない。結婚がなくなったとはいえ、さすがにお前がこっちに戻るのは不味いだろ。その、色々、体裁とかなぁ」


「は? 体裁? 当日になって結婚を花婿にぶち壊された花嫁の立場だって、外聞悪いと思いますけどねっ」


「どちらにしてもだ。ご近所の目もある。結婚式当日に花嫁が実家に帰るなんて、変なうわさでも流れては困るじゃないか。今後にも関わるだろ」


「流れないほうがおかしいわよ。そもそも花嫁交換を当日に許すそっちがおかしいんでしょ」


「それはもういいっ。とにかくお前がうちに帰って来たところで、すぐに次の相手が見つかるわけはないし、せめてほとぼりが冷めるまでは、バリネウス家でご厄介になっててくれないか?」


「はい? 今まさに人を馬鹿にしてるとしか思えない所業をやってのけた家にご厄介になれと? なに言っての? 父さんも私を馬鹿にしてるの? 親の言葉とは到底思えないんですけどねぇ?」


 さすがの私も実の親にこんなことを言われては、この家族との今後の付き合い方や関係と言うものを考え直さざるを得ない。

 そもそも、結婚しないのに厄介になれって、どうしろと。


「父親だからこそ、頭を下げてお前を侍女として雇ってもらえるように話を付けてきたんだ」


 そう言って、不機嫌そうな顔で眉間にしわを寄せる父に、私のほうが不快感全開の顔を見せつけてやるが、父とのにらみ合いは膠着状態だ。

 でも冷静に考えれば、これはいい機会なのかもしれない。

 父のこの態度と物言いから分かる通り、このまま実家に戻ったところで私の居場所はないだろう。家を追い出される可能性だって皆無じゃない。

 だからと言って、着の身着のままで家を出ても、先立つものも依る当てもない私が、無事生きていくには状況的に厳しい。

 おまけに、うちの両親ときたら親戚連中と仲が悪く、私が親戚を頼ろうとすれば、双方からいい顔はされないだろう。

 そうなれば、確かに家族やバリネウス家――と言うかユージーに対して、腹立たしい気持ちが簡単に消えるとは思えないが、家を出るにも都合がよく、ある程度のお金が溜まってしまえば、バリネウス家を出て好きに出来るかもしれない。

 次いつまた、両親の道具に使われるともしれないのなら、いっそ自立しよう。

 そうすれば、今までやりたかったことも出来るかもしれない。学校に通うとか、働きに出るとか、出来れば恋の一つもしてみたいとか、まあ、私のやりたいことなんてたいしたことじゃないけど。

 数年くらいは今回のことですぐに結婚相手なんて見つかりそうにないし、しっかりお金をためて、自由を手に入れよう。

 もう二度と、両親の道具になんてなりたくないっ!


予定していたお話がどれも出来上がらず、まったく別のものを書いていると言う。今回の主人公は全く戦えないけどツッコミ最強な子にしたい。前回はツッコめなくて書いてる本人が一番「むあーー!!」ってなってました。

今回は恋愛カテゴリーのくせにツッコミを重視したいと思っております(あれ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ