5 唇とハーモニー
オッス、あたし白者。地球では弁護士やってるよ。
……こっちの世界では、絶対信じてもらえないと思う。
あれから、火・時・癒しの三属性魔法を散々練習した甲斐があって、魔法が不発に終わる事は無くなったし、多少の力加減も出来るようになった。
でも婆ちゃんに言わせると、私の魔法は威力が大き過ぎるらしい。魔法が無い世界で育った私には、イマイチよく分かんないんだよねぇ。
そんな修行の日が続く日の朝。今日も今日とて、婆ちゃんから課題を言い渡される。
「今日は水魔法の訓練じゃ」
最近の婆ちゃんは、眉間にシワを寄せた表情がデフォルトになっている。きっと、出来が悪い生徒を受け持った心境なんだろう。
今日は水魔法かぁー。おお、そういえば!
「水で思い出した。婆ちゃん、いい加減トイレを水洗式にしようよ! 訓練ついでに手伝うからさぁー。ポットン便所って落ちそうだし、なんか怖いんだもん」
こういう毎日使う場所って、結構重要だよね!
消臭の魔法がかかってるからニオイはしないけど、現代っ子の私に汲み取り式はちょっとキツい。
婆ちゃんの魔法があれば、水洗式に改造出来そうな気がする。
「駄目じゃ。そんなに水で流したければ、おぬしの魔法で流せ」
「毎回トイレで歌うの⁉︎」
何が悲しくて、ウ○コした後に本気で歌わなきゃいけないのさ!
しかも、前の火起こしみたいに失敗したら、便器から水柱が上がることになる。
「水洗式の何がそんなに嫌なのさ?」
「あれは植物の肥料になる。土に埋めれば土に還る物を何処へ流す?」
……婆ちゃんは大地に優しい魔女だった。
「ほれ、分かったなら訓練を始めるぞ。今日は浴槽に水を溜めてみろ」
「……ほーい」
――その日、バスタブから屋根を突き破る水柱が上がった。
屋根を壊した罰として、一週間の風呂掃除と、魔法を使った湯沸かしを言い渡された。
また魔法を失敗して破壊したら、もう一週間罰が延長されるから必死で頑張ったよ!
その甲斐あって、今では一発でバスタブに湯を張る事が出来るようになった(嬉)
水を溜めてから沸かすなんて面倒な事しないよ? 火と水の魔法を掛け合わせて、最初っから『適温の湯』の状態で出せる上に、保温も出来る。どーだ、凄いだろ。
それから、もうひとつ嬉しい進歩があった。――聴いて驚け!
『もぉう火柱なんて怖くないぜぃー
〈チャッチャチャララー〉
水柱がぁー Oh なんぼのモンじゃーい
〈ジャジャーンジャッジャッ〉』
歌うと伴奏が付くようになりました。アカペラバージョンも出来るよ。
お風呂場で歌うと、音響が効いてて気持ちいいよね! でもこの伴奏、一体どこから聴こえるんだろ?
そんな感じで順調に成長する日々を過ごしてたある日の朝、私はこの異世界で初めて寝坊した。
「少し遅くなったけど、婆ちゃんオハヨー。今日はお願いがあるよ」
「……一応言ってみろ」
「夜更かししてもい「却下」」
いや、最後まで聞けよ。
「夜更かししたいのは地球の私だよ! 最近仕事が忙しいっぽいから、決まった時間に寝るのが難しいと思うんだよね。でもこっちの生活もあるし、何とかならない?」
寧ろ、今まで規則正しい生活が出来てたのが奇跡でしょ。
異世界生活を始めて分かったんだけど、地球で眠ってる私が携帯アラーム等で目覚めを促されると、白者の方は強烈な眠気に襲われる。多分逆バージョンも同じ。
今みたいに、行動範囲が結界のある小屋の近くだったら自力で戻れるけど、ひとりで遠くに居る時にウッカリ眠りこけちゃったら、魔物がウヨウヨ存在するこの世界では外敵から襲われ放題だ。
「ふーむ、時魔法で多少の時間調節は出来るが……念の為、妖精と契約した方が良いかもしれんな。力のある妖精と契約を結べば、昼夜を問わず悪意ある者からおぬしを守ってくれるじゃろう」
魔法や魔物が存在する時点で何となく予想してたけど、やっぱり妖精もいるんだね! テンプレ万歳。
「妖精って見た事無いけど、どこに行けば会えるの? 契約方法は?」
「奴等は気紛れに姿を現すが、森の中で出会う事が比較的多いのう。まあ、散歩がてら気長に探すことじゃな。契約方法は妖精によって異なる故、直接本人に聞いてみろ」
うっし、今日は森を探索してみるか。
*
――妖精を探し求めて、森を彷徨うこと約四時間。
鬱蒼と茂る木々を丁寧に調べ、たっぷり水分を含んだ苔が生えた湿地帯を歩き、腐葉土と化した土を掘り返してみたりもした。……全く見つからない。
ここで漸く私は気付いた。
「妖精ってどんな生き物?」
透明な羽根が生えた、掌サイズの可愛らしい女の子を想像しながら探してたけど、詳しい見た目を婆ちゃんに聞くのを忘れてた。
歩き回り過ぎて足が痛いし、段々探すのも飽きてきた。ここらでちょっくら休憩するか。
この森には規模は小さいけど、水が凄く綺麗な湖があって、狩りで疲れた時なんかはよくここで休憩する。
「あー、疲れた。どっこいしょっと」
私の定位置になっている切り株に腰掛け、硬くなった脹脛を揉みしだく。
しかし、いつ見ても綺麗な湖だなぁ。透明度が高くて、水底に居る魚まではっきり見えるし。
ここで思いっきり歌ったら気持ちいいだろうなぁ……ちょっと練習してみるかな。
『恐ろしやぁー ポットン便所ぉ(べんじょー)
穴が深すぎぃー 底無し地獄ぅー(じごーく)
出る物もぉー 引っ込んじゃうよぉー(縮こまるぅー)
最強のぉー 魔女なんてぇー 名ばかりじゃーん
(最強のぉー 魔女なんてぇー 名ばかりじゃーん)』
ふぅー、日頃の鬱憤がちょっと晴れた気がする。最後なんか綺麗にハモれたし。
「え……ハモった?」
立ち上がって、声がした方に恐る恐る振り返る。
そいつは……薔薇を連想させる赤色で、瑞々しく官能的なツヤがあり、プリップリで肉厚な――くちびる。
横幅50センチ位の美しい唇が、空中にプカプカ浮いてた……。
「で、出やがったな魔物め! まだ覚えたてだけど、この魔法で成敗してくれ――あれ?」
さっきまで目の前でプカプカ浮いてた唇が、忽然と消えた。
辺りを暫く探してみたけど、やっぱり居ない……幻だったのか?
でも、あれだけハッキリ見えたんだから、特殊な魔物なのかもしれない。
歌が好きそうだったし、いつまた現れるか分からないから、今のうちに倒しておこう。
よし、もう一回歌っておびき寄せてみるか。
『最強の魔女はぁー(ルルルー)
いつもぉー 黒い服ばかりぃー 買ってくるぅー(安いからぁー)
何でもかんでもぉー(ラララー)
黒けりゃー いいってモンじゃないのよぉー(ナンセンスぅー)
バカのぉー ひとつ覚え――うがぁっ‼︎』
「いってぇぇぇー‼︎」
「全くおぬしというヤツは……さっきから下品な歌だと思えば、今度は悪口かっ!」
だからって、殴る事ないじゃんか! いつの間に背後に居たんだ――って、あぁぁぁぁ!
「婆ちゃんの所為で、魔物が逃げちゃったじゃん! 折角上手くおびき寄せれてたのに」
「魔物? さっきの口の事か?……阿呆かっ、あれは声の妖精じゃ」
「妖精⁉︎ アレが?」
「しかも、あれは上位の妖精じゃ。もし故意に危害を加えたら、契約どころか世界中の妖精を敵に回す事になるぞ」
「アレってそんなに強いの? どう見ても戦闘力低そうだし、見た目も気持ち悪いよ」
「あの妖精が人前に姿を見せるのは稀じゃ。これも何かの縁じゃろうから、つべこべ言わずに契約してみろ。歌で語りかければ応えてくれるじゃろ」
「えー、もっと可愛い妖精がいいなぁ――おっと危なっ、暴力反対! 分かったよ、やればいいんでしょ、やれば」
婆ちゃんがゲンコツを構えている横で、渋々歌い始める。
『声のぉー 妖精さぁーん
(なあにー)
私とぉー 契約しましょー
(毎日ぃー 唇のぉー お手入れをー してくれるならぁー いいでしょうー)
リップケアねぇー バッチこいやぁー
契約ぅー 成立ねぇー
(契約ぅー 成立ねぇー)』
何このデュエット会話。
婆ちゃん曰く、契約をしていない声の妖精は、歌を通さないと意思疎通が難しいらしい。面倒くせえ!
その日の夜、早速お手入れを催促されたんだけど……この唇妖怪は、リップケアにかなりうるさい。
あの口の中がどうなってるのか分からないが、ケア用品一式が収納されてるらしく、それらをペッペと吐き出す様は異様だった。
今まで苦労して自分の舌でケアしてたけど、これからは楽になる! と、凄く喜ぶ様子に、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
*
早いもので、異世界に来て三ヶ月が過ぎた。
随分前に世界の均衡がどうとか聞いたような気がするが、出向くのが面倒なので忘れるようにしている。ある意味ニートだ。
地球での仕事の関係で、多少不規則な生活になることはあるが、魔法の訓練も順調に進んでると思う。
平和ないつもの小屋に、天窓から降り注ぐ朝日が眩しい。気持ちの良い目覚めだ。
でも私は今、非常に困惑している。
「うーん、どうしたものかなぁー」
目が覚めると、すぐ隣に10歳位の見知らぬ男の子が寝ていたのだ。婆ちゃんと私以外には見えない小屋に、一体どうやって入ったんだろ?
気持ち良さそうに寝てるところを無理に起こすのも可哀想なので、ちょっと観察してみる。
婆ちゃん以外の人を見るのって、ここに来て初めてだしね。決して変な趣味があるわけじゃないよ!
ちょっと細身な紺色のローブは染みひとつ無く、袖口と裾付近に複雑な模様がシルバーの糸で刺繍されている。生地もしっかりした物だし、きちんと靴を脱いでベッドにいる辺り、育ちの良いどこぞのボンボンなのだろう。ケッ。
でもこの子、綺麗な顔をしてるとは思うけど、髪の色が頂けない。真っ黄色だ、蛍光カラーだ、目が痛え。
うーん、染めてるのか?
考えられる可能性は二つ。
一、この世界の人は皆残念な髪色である。
二、この年齢にして激しくグレた。
さてどっち? シンキングタイム スタート!
――あ、起きた。
「ん……うーん?」
お? 眼は婆ちゃんと同じグレーだ、普通だ。これは二番が正解か?
「……おーい、二度寝するな。起きろー」
柔らかな頬っぺたをツンツンしてやると、漸く目が覚めたのかガバっと起き上がり、ツンツンしてた私の手を握り締めてこう言った。
「白者様っ、僕と結婚して下さい!」
……はぁ?
「ちょ、抱き付くなっ。乳揉むなっ、小さいの気にしてんだから! はーなーれーろーっ‼︎」
「僕と結婚するって言うまで離しません!」
どう考えても、子供と結婚とか無理っしょ。それに、そんな趣味は全く無い。断じて無いと言い切れる。
地球での仕事柄、こーゆーの敏感なんだから!
結局、このひっつき虫を引き摺りながら家に行く事にした。婆ちゃんヘルプミー!
「婆ちゃんオハヨー、コイツなんとかし……それ誰?」
彼女はいつもの作業台で、知らない男とお茶してる……。
見た目の年齢は、私と同じ位だろうか。ライトブルーで切れ長の垂れ目、真っ直ぐ筋の通った高い鼻に薄い唇……さっきの少年といい、彼も随分と整った顔をしている。
少しクセのある髪を後ろに流し、ヒョロっとした体型だけど、少年が着てたローブの大人バージョンを優雅に着こなしている。見た目は典型的な優男って感じかな。
が、やっぱり髪色が残念だ。蛍光ブルーって……。やっぱ一番が正解だったのかぁ。
「おお、やっと起きたか。この男は儂の彼氏じゃ」
「ファッ⁉︎」
私の耳が悪くなったのだろうか? 珍しく朝から機嫌のいい婆ちゃんが放った言葉が、何故か全く理解出来ない。
石と化した私を見兼ねたのか、優男が微笑を浮かべながら話し掛けてきた。
「初めまして白者様。お話はサヴェンスヴォリィから伺っております」
「いや、私は何も伺ってないよ⁉︎」
「私は宮廷魔法騎士団長、マバレン・トストラと申します。お義父さんって呼んで下さいね。白者様にしがみ付いてるのが、息子のゲルク・トストラです。彼も宮廷魔法騎士団員なんですよ」
「お前、今サラッと面倒臭い事言っただろ! てか、彼氏? 息子って婆ちゃんとの?」
「ゲルクは、亡くなった妻との子ですよ」
あービックリした。
優男曰く、婆ちゃんとは長い間交際しているが、彼の役職上お城を離れるのが難しくて中々会いに来れなかったみたい。
彼からの猛アタックで交際を始めたという、要らない情報まで教えてくれた。
「熟女好き……と言うか、熟成され過ぎでしょ」
「失礼な奴じゃの。儂はまだピチピチの435歳、マバレンの442歳より年下じゃ」
「よんひゃ……⁉︎ 一体こっちの世界の平均寿命は幾つなのさ。しかも年下とか、全然話が分かんないし」
「平均寿命は900歳位かのう。ただし、魔力が強い者は千年以上生きる事も珍しくないの」
「千年以上……化け物じゃん」
「僕達は、まだ普通の方なんですよ?」
「こことは別の大国の国王は、世界最長寿記録所持者で1800歳を超えています。現在も記録を更新中なんだとか」
「何そのスーパージジイ」
寿命の概念が無く、生まれてから消滅するまで同じ姿の白者にはあまり関係無いが、この世界は一日が三十時間、一ヶ月が三十日、一年が二十ヶ月だから、地球時間に換算すると化け物以上の寿命だ。
体が大人になる100歳が成人で、大体の人はそこで成長が止まる。そして寿命を迎える百年位前から、再びゆっくり年を取る。
「お酒とタバコは百歳から!」とか言われるのだろうか。ちょっと聞いてみたい。
「ねえ、その説明だと、婆ちゃんの見た目年齢が合わなくない?」
「儂はマバレンの好みに合わせて、魔法でこの姿をとっておるだけじゃ」
まさかの愛のパワーだった。気持ち悪い。
「私は、サヴェンスヴォリィの外見を愛しているのです。中身なんて二の次ですよ」
「見た目重視とか、お前サイテーだな!」
婆ちゃんはホントにこんな奴がいいのか?
「……因みに聞くけど、亡くなった奥さんってもしや……」
「彼女は結婚して十年でゲルクを産み、息子の成長を見ること無く、に二年後に老衰で亡くなりました」
「チョット待てーーーーい‼︎ アンタご老体になんちゅー事するんだっ。しかも奥さん子供産んだの⁉︎ 出来るの⁉︎」
するとこの変態優男は、お茶をすすりながら
「私は宮廷魔法騎士団長ですよ? 愛の力でどうとでも出来ます」
と、笑顔でのたまった。
「アンタ鬼や、変態鬼畜男……略して変畜だ!」
「白者様に名を与えて頂けるとは、光栄の極みです」
……とことん変畜だ。
「ところで婆ちゃん、コイツ私のベッドに居たんだけど。あの小屋って、婆ちゃんと私だけしか入れないんだよね?」
このひっつき虫、私が幾ら引き剥がしても、再びしがみ付いてくるのだ。
「どうしても今すぐ白者を見たいと聞かんでの。愛しのマバレンの息子じゃから、今回は特別に許可してやったんじゃ」
「私の許可は⁉︎」
しかも超私情。そういう依怙贔屓は良くないと思うぞ。
「白者様、父上にだけ名を与えるなんて狡いです! 僕にも名を与えて頂けませんか?」
いや、別に与えてないからね?
そして、いい加減腰にしがみ付くのヤメロ!
「はぁー、お前はお坊ちゃんぽいから、略して坊。文句は認めない」
「ゲルク、名を貰えて良かったですね。でも、結婚相手にあまり我が侭を言ってると、嫌われてしまいますよ」
「いつから結婚相手になった⁉︎」
「あ、申し訳ありません! 白者様を一目見た時から、その外見に夢中になってしまって……。僕にとって、外見が全てなんです! 寧ろ、白者様の外見だけと結婚したいんです!」
「お前等、親子揃ってサイテーだな!」
それから四人で朝食を食べたが、私の生肉だらけの食卓を見て、「今代の白者様が、生肉を食されるというのは本当だったんですね」と感心されたり、やたらキラキラした目で、「やはり僕の白者様は凄いです!」と、よく分からない感動をされたりして、落ち着いて食べれなかった。
この変態親子の相手は、ホントに疲れる……。