病院の惨状
普通、RPGというのは、初めの町周辺は雑魚モンスター。
冒険を続けるごとに敵は強力になり、レベルアップを繰り返した主人公たちは、魔王にすら匹敵する力を手に入れ魔王を撃破する。
これが王道RPGと呼ばれるものだ。
でも、よくよく考えてみて欲しい。
これ、現実には絶対にありえないことなのだ。
冒険に使われるフィールドとは即ち陸続きの大地。
いくら生息地が違うといっても弱い魔物だらけ、強い魔物だらけということはありえない。
地域ごとに動植物のピラミッドが築かれているのである。
運がよかったのだ。
スライムや野犬などという雑魚に出会ったのはまだ幸運だったと言う事実。
現実は、凄惨だということに……
町に戻った俺達は、現実という名の地獄を目の当たりにすることになった。
正門を潜ると、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
正門から左に二軒の場所にある病院には、死傷者が列を作って並んでいた。
泣き崩れる者。
仲間に当り散らすもの。
狂ったように意味不明の言葉を叫びだす者。
「畜生ッ、なんで通じねーんだよッ!?」
一際大きな声。
思わずそちらに目をやると、若い男がスマホを地面に叩き付けた所だった。
地面に投げつけられたスマホが壊れる。
「スマートフォン……携帯電話!」
そうか、携帯電話を使えば外と連絡取れるし、仲間同士でも連絡取れる。
この危険なリアルRPGを作った機関を逮捕したり、世間に伝えて助けを呼ぶ事だってできるはずなのだ。
喜び勇んで携帯を取り出そうとして、バッタに手で止められた。
「え?」
振り向くと、バッタは首を横に振った。その後前足で一点を差す。
そこでは同じように携帯電話を壁にぶつけて破壊している男達。
また、何度も何度も電話をかける女性たちも眼に入った。
「携帯電話、電波が届かないみたいだね」
雄一もポケットから取り出した携帯電話をいじりながら呟く。
当然といえば当然か。
こんな人権無視なゲームを行っていることが民間に知れれば、犯罪として捕まることは確実。
あ、待て、ということは、秘密を知っている俺達参加者を生きたまま帰そうとするだろうか?
そもそも俺達はなんのためにこのゲームに参加させられたのだろう?
一ヵ月後には生き残って帰ることは出来るのか?
もし、一か月経っても船が来なければ?
もしくは一か月後には一斉浄化とか言われて島中に火を付けて全滅させられるとか……
さまざまな不安が急に押し寄せてきた。
もしも、もしもこのゲームを終えた時、自分がどうなっているか。
病院に群がる怪我人たちを見て、自分の姿が重なった気がした。
俺も一歩間違えれば顔面に食いつかれ、皮を肉を食い破かれて……目の前にはその状態に陥った患者も居た。
右半分の顔から血が滴り、筋肉繊維が顔を出している。
眼球は飛び出て歯茎が見えていた。
喉に穴が開いてヒュウヒュウと音を立てている人も居る。
あの人はもうダメだろう。
「あ、あなたっ!? あなた――――ッ」
重症な人もいた。島に入った時見かけた家族連れだ。
いや、あの人ももう……
「お父さんどうしちゃったの?」
妹が兄に聞いている。男の子は喉をゴクリと鳴らし、震える声で答えた。
「お父さんは、ゲームオーバーになっちゃったんだ」
「ゲームおーばぁ?」
「で、でも大丈夫。コンティニューすればほら、また続きから始められ……」
少年が弱弱しい声で妹を元気付けようとした時だった。
辺りに響くほど強力な張り手が、母親から放たれた。
「できるわけないでしょバカッ! お父さんは、あんたのお父さんはもう生き返らないのよっ」
涙に塗れた顔に怒りを浮かべ、母親は自分の息子を罵倒する。
死んでも生き返るのはゲームだけ。
現実では生き返ることなどありえない。死んでしまえばそこで終わり。
そんな当たり前の事実。
母親の言葉が場にいた全ての者に影を落とす。
現実を突きつけられた者たちは、ただ俯くしかできなかった。
ふと、この惨状を見ながら何の反応もなく、ただただ町外の警戒にのみ意識を集中している黒服を思い出す。
町の入り口に配置され、外へ出る時と町に入る時、IDチェックをしてきた黒服。
入り口側からこちらの様子を見ているが、争いを止めに入るでもなく元気付けるでもなく、不気味に立ち尽くしている。
俺は雰囲気の重くなったその場を離れる。
黒服に文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだ。
俺の後を付いて雄一とバッタも付いてくる。
黒服は近づいてくる俺たちに気付くが、直立不動を崩さない。
「なあ、あんた。あの惨状見て何も思わないのかよ」
俺の接近に気づき、黒服はサングラスをこちらに向ける。
「私の仕事は入出管理と道案内ですので」
淡々と答えた黒服。冷静な態度が怒りを誘う。
「どうなってんだよこのゲーム? いや、ゲームなんて言葉じゃ言い訳できねーぞ」
「そういった苦情はゲーム説明屋管轄ですのでそちらにお申しください」
「んなっ」
あまりの平然とした態度に、思わず襟首掴み上げようとした俺に、制止の声がかかる。
「あ~だめだめ。お役所仕事みたいだから何やったって意味ないわよそいつら」
それは雄一でもバッタでもない。聞き覚えのない女の声だった。