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リアルRPG  作者: 龍華ぷろじぇくと
第一ステージ 初めての冒険
6/44

ロールプレイの決意

『っ!!』


 くぐもった息を吐き出す音がした。

 ギャインと目の前の野犬が大きく横に逸れる。

 野犬と縺れるように緑色したキグルミが転がる。

 左手は右手に持ったナイフの柄に添え、ナイフを野犬に突き立てていた。


「バ、バッタ……?」


 悶える野犬に刃を突きたてたバッタは、血飛沫に塗れるのもかまわずさらにナイフに力を入れる。

 あふれ出る赤と血生臭い臭いに吐き気がこみ上げてくる。

 野犬はしばらくもがいた後、痙攣を起こし、力が抜けたように動かなくなった。


「う……あ……」


 あまりにリアルな死に際を見せられ、俺たちは言葉も出ずにただただ野犬の死を見続けた。

 耐え切れなくなった雄一が俺達から離れていく。

 遠くで前倒れになって吐いていた。


『あ……その……』


 バッタはようやく相手が絶命したことに気づいたらしい。

 ナイフを手放し野犬から離れる。ゆっくりと顔の前に持ってきた両手、目で見て分かるほど震えていた。


「バッタ……?」


 助かった、ありがとう。そう言おうとした俺だったが、口から出たのは相手の名前だった。

 バッタは俺に何も答えず立ち上がり走り出す。


 まるで他の誰にも見られたくないとでもいうように、岩山の影へと入ってしまう。

 雄一とは逆の場所に向かったので、一瞬でチームはバラバラ。

 今何かに襲われればどうしようもない。下手すれば全滅だ。


 一度息絶えた野犬を見る。

 未だに血溜まりが増え、自分達が殺してしまったということを否応なく伝えてくる。

 あまり見ているとなんだか辛くなってきたので俺は目をそらした。


 もう見ないようにしてバッタの後を追う。

 岩山の陰に回るとバッタはすぐそこにいた。

 いや、バッタの中身がそこにいた。


 座っているので背丈は分からないが、華奢な少女。

 両手の感触が未だ抜けきらないのか顔の前に出した震える両手を見て自身も恐怖で顔を歪ませていた。


 短く切りそろえた髪はおそらく染めてあるのだろう色素の薄い水色をしていて綺麗だった。

 今は汗まみれなせいか無駄に艶やかに見える。


 全身汗だくで、着ている衣類はTシャツとデニムパンツ。

 長いズボンをわざわざ千切りとって短パンにしたようなラフなものだった。

 下はまだ良かったが、シャツの方は汗で濡れて透けていて、形の良い小柄で魅惑的な肩甲骨とピンクのブラジャーを浮かび上がらせていた。


 ぼそぼそと聞こえづらいが、彼女は何かを呟いている。

 喋れるんだなと場にそぐわないことを思いながら、俺は後ろからバッタに近づく。


「バッ……タ?」


「……しちゃった……」


 真後ろに近づいて、かがんで彼女の頭と同じ位置に頭が来ると、ようやく彼女のか細い声が聞こえてくる。


「殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃった……」


 後ろから覗き見た壊れそうな彼女の喪失感漂う顔に、思わず戦慄を覚える。

 ゲームなら、きっと主人公は彼女を励ましポイントを稼ぐことだろう。

 ゲームなら彼女はきっと攻略キャラで、これはきっとイベントで……違う。これは現実だ。


 俺は主人公じゃないし彼女はヒロインでもなんでもない。

 ただ俺を守ろうとして野犬を殺した何の変哲もない一般市民で、生き物を初めて殺した事実に戸惑っている可哀想な少女。


 もしも俺がゲームの勇者だったなら、彼女が運命の相手なら……きっと彼女を慰められ……る……のに……?

 汗ばんだ手を握る。なんて自分は馬鹿なんだと自分で自分が嫌になる。


 ここには勇者もヒロインも、まして都合のいいストーリーなんてものもない。

 ここにいるのは俺と女の子だけ。ここにあるのは……現実だ。

 だから、俺がこの女性を慰められるわけ……わけが……


 現実だから……なんなんだ? これはゲームだ。

 やり直しが効かないだけの、ゲームなんだ今は!

 これはきっとチャンスなんだ。


「大丈夫……か」


 からからに干上がった喉からなんとか声を絞り出す。

 俺の声にビクンと震えを止める肩。

 恐る恐る振り向く彼女に、俺は勇気を振り絞って笑顔を作る。


「私……私……」


 突然のことで、俺は何をすることも出来なかった。

 不安を打ち消すように彼女は俺に飛びつくと、肩を震わせ泣き出した。

 彼女の勢いに耐えきれず、倒れた俺は尻餅をついて、彼女に抱きつかれたまま戸惑うことしか出来なかった。


 ベチャリと彼女の汗で濡れたシャツが自分の服や体につく違和感。

 嫌悪と歓喜が同時に沸き起こる。

 でも、それをなんとか意識の外に追いやって、必死に彼女を慰めようと努力した。


「殺し、ちゃった。私、どうしよう? どうしよぉっ!? 違う、こんなの違う……初めて、本当に……ッ」


 か細く苦しそうな声、どうすれば良いか戸惑ってるのは俺も同じだ。

 いつもの俺なら絶対に何も声はかけられない。

 でも、でもこれはゲームだから。

 現実かもしれないけどゲームなんだから。


 ゲームの主人公が口にしそうな言葉を思い浮かべる。

 皆やっていることだ。キャラを作る。

 自分が英雄になるストーリーを紡ぎだす。


 俺が勇者で、彼女はヒロインの一人だ。思い込むんだ。

 現実だけど、ここはなりたい自分になれる場所だから。

 英雄は女性に優しくて、勇敢で、絶対に死亡しない。


 俺はこのゲーム、勇者になろう。

 英雄であり続けよう。

 これは、リアルで役割をロールプレイするゲームなのだから。


「大丈夫だ。心配要らない。これは……ゲームなんだから」


 ぎゅっと、彼女の体を抱きしめる。

 触れ合う感触に劣情が湧いてくるが、必死に押さえつける。

 勇者は、ゲームは……どんなにエロい奴でも場を弁える。

 真剣な場面にはシリアスに、自分を律してしまうんだ。


「目を瞑って、大きく息を吐いて落ち着いて……」


 言われるまま、彼女は目を瞑り息を吸う。

 流石にすぐには出来なかったようで、えづいて咽る。

 涙を流すのはよかったのだが、鼻まで出されると可愛さ半減で現実とゲームのギャップにちょっと悲しくなる自分が居た。


 しばらく、そのままじっと見守る。

 二人分の体重を支えているせいか背中は痛いし、すぐにでも倒れてしまいたい。


 地面につけた片手も痺れてきたし、彼女が乗ってる太ももの辺りにはすでに感覚がなくなってきていた。

 服は彼女の涙や汗や鼻水でベトベトだし、魅惑的な汗の匂いもすごいし、ゲームでは何でもなさそうにヒロインを抱きしめていた勇者を表彰したくなった。


 やがて、ようやく落ち着いた少女は、俺の顔を見て顔を赤らめる。

 赤らめるといってもゲームみたいに頬が赤くなるわけじゃない。

 恥ずかしそうに突き離れるだけで、紅が差すなどという目に見えた変化は起こらなかった。


 こういうところは、赤い顔が見えるゲームの方が親切で有難いよな。とおもいつつも、なんとか笑みを作って対処する。

 内心、嫌われたりしないだろうかとか、拒絶されたりしないかとか不安に思うけど、それを全て演技で塗りつぶす。


「あ、あのっ、その……」


「落ち着いた?」


 できるだけ笑みを浮かべて微笑んでみる。

 自分を勇者と例えて、ヒーローならどうするだろうか? 自分の中にある英雄像を総動員して表情と性格を演技する。


 この頃になってようやく目に見えて彼女の頬が赤みを孕んできたように見える。

 それでも大した変化ではないので見分けにくいが、恥ずかしがっていることだけはすぐに分かった。


「はわ、はわわっ」


 人間、慌てた時に本当に「はわ」とか口にするんだな……と思いながら、彼女がバッタのキグルミを着直すのを待つ。


『し、失礼しました……』


 くぐもった消えそうな声が聞こえた。

 申し訳なさそうにバッタは肩を落としている。


「気にしてないよ。それより、その……助かった」


『え? あ……いえ、必死でしたから……』


「町で休むか?」


『いえ、大丈夫です』


「そっか。これからも戦闘はあるんだ。その、耐えられそうにないと思ったら遠慮せずに言って欲しいんだ。その……ええと……」


 ああ、もう。もっと気の利いたことを言ってやりたいのに、言葉が思い浮かばない。


『本当に大丈夫です、冒険を続けましょう』


 少し心配だったが、俺はバッタと共に雄一の元に向かった。

 まだ少し手を見て震えたりしているバッタだが、気分はどうやら持ち直してくれたようだ。


 それにしても、結構可愛かったなバッタさん……

 彼女の汗の臭いもなんか臭いというよりはむしろ逆にいい……って俺、そんな趣味あったっけ?

 きっと初めて女の子を抱きしめたから嬉しさで全てを許容しているんだろう。

 久我山環架

装備:ショートソード、皮の鎧、皮のベルト

所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖

所持金:950L


 保科雄一

クラス:重戦士

装備:鉄の斧、皮の鎧

所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖

所持金:400L


 バッタ

クラス:マルチウエポン

装備:ナイフ×2、ロングソード、小型のボウガン、ショートソード

所持アイテム:バッタのキグルミ、火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖

       組み立て式・鉄塊、ハリセン

所持金:3000L

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