初めての戦い
「そういえば、君の名前聞いてなかったよな?」
町から出る直前になって、雄一が思い出したように呟いた。
「あ? 俺?」
雄一の言葉に反応すると、何故かバッタもコクコクと頷いてくる。
「久我山環架だ」
簡潔に答えたのは、俺がこの名前をあまり好きではないから。
出来れば自己紹介だけでなく他人からも呼ばれたくない名前だ。
環架。つまり人の環の架け橋となる人物になれと付けられた名前らしい。
今の俺からすりゃ全く正反対の名前だ。好きになれるはずもない。
「環架か。うん改めてよろしく」
と手を差し出してくる。
いくらゲームだとはいえ、面と向かって握手など恥ずかしいことをするのは好きになれなかった。
でも、相手がやっている以上しないと失礼ではある。
仕方なく手を出して握手すると、今度はバッタまで手を出してきた。
観念したように握手する。
「お、久我山じゃん。それお前のパーティー?」
後ろから聞こえた声に、思わず振り向く。
振り向いてから失敗したことに気づいた。
そこにいたのは和則たちだった。
浩介は相変わらずの甲冑に刀を引っさげた装備。
早百合は弓を手にしているが、装備としてはそれだけで、服装は変わっていない。ようするに防具を装備していないわけだ。
和則はリーダーらしくレザーアーマーにロングソード。
赤い鉢巻を身につけた勇者です。といった服装。
レザーアーマーは俺のとよく似ているけど、皮の鎧と違い肩パッドなどが付いている違いがある。
値段も2400Lと高めで、下半身用ガードもついている。ロングソードも確か2000L程の金額だったはずだ。
一人が貰える金額は3000L。
一人では絶対に買えない装備だ。
おそらく早百合の分を彼の装備資金に回したのだろう。
「バッタ? にヒョロいのに……ぷふっ。お似合いね久我山君」
早百合の指摘に浩介まで笑い出す。
しかめっ面で睨むと、苦笑いの和則がフォローを入れようと割り入ってきた。
「ま、まぁまぁ。それより環架たちもこれから冒険行くんだろ? 一緒に行かないか?」
仲間に誘う申し出。冗談じゃない。
こんな奴らと一緒に行くくらいなら今のパーティーのみで魔王に挑んだ方がマシだ。
「和則、ンなヤツほっといて別の町目指そうぜ」
「あ、いや、でも……」
「さっき高台から西に何か見えたでしょ。ほら行こ」
和則を急かすように二人はさっさとフィールドに向かっていく。
両手を拘束された和則も仕方なくといった顔で彼らと共に去っていってしまった。
「今の奴ら……知り合いなのか?」
「あ、ああ。残念ながらクラスメイトだ」
吐き捨てるようにして、俺はフィールドに目を向ける。
「とりあえず、まずは町の周辺を見て回ろう。RPGの基本は遠くに行くほど強い敵がいる。だ」
バッタも雄一も異論はないようで、二人そろって頷きあう。
「そういえばバッタさんよ。アンタ武器は何持ってんだ?」
門番役の黒服に町から出る意思を伝え、町の門を出たところで、俺はバッタに聞いてみる。
今まで聞いていなかったが、俺は剣で雄一は使えそうにない鉄の斧。
わざわざ2000Lも使って重たいものを買った彼の頭の悪さにはもはや何も言うことはない。
とりあえず盾用員は確定したとだけ言っておく。
バッタは、こくりと頷き背後の羽部分から何かを取り出す。
……ん? ナイフ?
それは基本的な武器の一つで、武器屋でも50Lの一番安い武器の一つだ。
「ということはクラスはシーフかい?」
雄一の言葉に首を横に振る。
バッタは再び背中に手を入れると、今度は杖を取り出した。
さらにナイフと杖をしまい、ロングソードと小型のボウガンを取り出す。あの背中は四次元ポケットなのか?
「マルチウエポンか?」
今度はこくりと頷いた。
マルチウエポンとはオンラインゲームによく出てくる。
またはRPGで勇者的立場のキャラがそれにあたり、剣や弓、魔法などあらゆる武具を使える反面、専用のキャラクタほどは使えない。
器用貧乏という二つ名が貰えるほどに強いんだか弱いんだかわからない中途半端なクラスだ。
とはいえ、ここはリアル。現実世界だ。
もしかしたら結構使える人かもしれない。
バッタはどうやら武器を揃えるのにお金を裂いたようで、防具の類は買えなかったらしい。
防具屋にいたのはおそらく金を溜めて買う防具を決めていたのだろう。
欲しいものがあれば金額集めにも熱が入るからだ。
微妙に違和感を覚えないでもなかったがあの武器の数々でも3000L以内で買えないこともないか。と気にしない事にした。
「それで? どこに行くんだい? 君のクラスメイトは西に行くみたいなことを言っていたけど」
雄一の質問に答えることなく、俺は周りを見回した。
きれいな草原が目の前に広がっている。
見晴らしがいいので遠くまで見通せる。
木は植林なのだろう。生え方はまちまちだが規制正しく生えている。
よくよく見ると真下の芝も生えそろっていた。
岩山もいくらかあるが、こちらも不自然さがある。
まるで景観の為にわざわざ削ったり配置したような整いすぎた風景。
ゲームではよく見るが、実際に見るとなんとなく違和感がある。
人工物であるということがどうしても分かってしまうが、確かに綺麗といえば綺麗だ。風景だけを目的に来たヤツにはたまらないだろう。
「あっ」
フィールドをしばらく歩いていると、思わず声を出した雄一が俺の肩を叩いてくる。
そちらに目をやれば、野犬が一匹。
こちらを警戒しているようだ。
「魔物……じゃないよな?」
おそらく、外に出た連中はこの野犬を魔物と見間違えたのではないだろうか?
そう思いながらも、こちらに向ってくるようにグルルと唸る野犬に、俺たちは戦慄する。
「でも危険なことに変わりないよっ」
斧を構えた雄一。
細腕にはきついようでぷるぷると震えている。
当てにはならないので、ショートソードを引き抜き両手で構える。
これ、動物虐待にならないよな? 司会者側が用意した敵でいいんだよな? 倒しちゃっていいんだよな?
俺は力を入れてショートソードを正眼に構え……
と、とととぉ? おわっ。
思いの他重かった。
思わずたたらを踏んで、足に力を入れてようやく踏みとどまる。
剣先が真下に下がりそうになるので腕にも力を込めてグッと握りこむ。
野犬はそれを見逃さない。
俺に向かって襲い掛かる。
万全の助走を付け、凶器の牙を大きく開き、俺の顔へ飛び掛る。
「う、うああああああああっ」
目の前に迫る現実の恐怖に、思わず身がすくんだ。
よく見さえすれば当てられるはず。
しかし、振るった剣は犬の鼻先を掠め、剣に振り回されるように上体が前に傾き、野犬の口が俺の目前へ近づく。
ヤバいと思った。いや、現にヤバいだけじゃない。
死の危険が目前にある。
野犬が後数秒で俺の顔面に喰らい付き、肉やらなにやらごっそり抉っていくのだ。
恐ろしい。怖い。助け――
いろいろな思いが渦巻く。
喉は悲鳴を上げることも出来ずただただ空気が漏れでるだけで、何か行動するなんてことは考えにも浮かばない。
完全に硬直した状態で、相手の成すがされるまま。
俺はこのまま……死ぬ、のか?
久我山 環架
装備:ショートソード、皮の鎧、皮のベルト
所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖
所持金:950L
保科雄一
クラス:重戦士
装備:鉄の斧、皮の鎧
所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖
所持金:400L
バッタ
クラス:マルチウエポン
装備:ナイフ×2、ロングソード、小型のボウガン、ショートソード
所持アイテム:バッタのキグルミ、火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖
組み立て式・鉄塊、ハリセン
所持金:3000L