せかいはこんなにうつくしい
姿をなくした少女のお話。
見えなかったもの。知らなかったもの。
愛する人、幸せですか。
きらきらと光る金色の花。花びらには銀色の露。
あなたと出会った次の年、あなたがくれた鈴蘭のブローチ。
わたしの、宝物。金と銀の、小さなひかり。
『なんでその花が好きなんだ?毒になるんだろ?』
どっか不服そうな声に、くすりと微笑めばさらに不機嫌になって。そんなあなたが可愛くて、愛おしくて。
わたしを心配して、そんな顔をしてくれることが、うれしくて、心地よくて。
五月一日、あたしの机の上にこのブローチが置いてあった。
驚いてブローチをつかんで、あなたに会いに行った。
何も言わずに見つめていたら、パッと背を向けて。耳が真っ赤だったよ?
五月一日にこの花を贈られると、贈られた人には幸せが訪れる。
そんな話を覚えていてくれたあなたを、思わず泣いて困らせたね。
今も時々、あなたはこの部屋に風を入れにくる。
あなたに贈るためにわたしが育てていた鈴蘭に、愛おしそうに触れたりして。
やわらかくため息をつきながら、そっと部屋を整えてくれる。
散らかしたままだったもんね。ごめんね?ありがとう。
知ってますか?鈴蘭の花言葉。幸せ、だけじゃないんだよ。
【意識しない優しさ】――その花言葉を知ったとき、あなたが思い浮かんだ。
それからわたしは、この花がもっと大好きになった。あなたが、大好きだから。
どうか、あなたが悲しみに崩れませんように。いつだって、幸福が訪れますように。
今もあたしの机に置かれているブローチに口付ける。
何か感じたのか、あなたが振り向いた。視線が何かを探す。
…あぁ、そっちじゃなくて、こっちなんだけどな。まぁ、慣れたけど。
わたしの笑顔は見えないでしょう。わたしの声は聞こえないでしょう。
姿がなくなるってちょっと寂しいよ。気付いてもらえないし。
でもね、最近わかったことがあるの。
春の風はあたたかいのにすぐにぬるくなっちゃう。
でも、桜が咲く頃の風は、色んなアカやピンクに染められてるんだ。
夏には蝉の声を聞き入るうちに、気付けば山より高い位置に浮かんでしまうの。
どうせなら、入道雲を抱きしめられたらいいのに、って思う。
あなたは雨が嫌いだから、いわし雲が嫌いだったね。
でもね、夕日や朝日に照らされたり、青空に染められないいわし雲は、涙が出るほど美しいんだよ。
冬はね、時々空が晴れてるのに、雪がふわりふわり舞うんだよ。風花っていうの。
雪の花が風に舞う――いい響きでしょう?
月日が流れて、季節がわたしの横を通りすぎていく。生きているときは気付けなかったこと、感じられなかったこと…今だからこそわかること。
姿をなくしたわたしは、風に踊っているよ。様々な風と季節の美しさと、あなたとの思い出。
色んなものが、わたしを笑顔に、幸せにしていく。
忘れないでね?いつだって、わたしはここにいる―あなたの、すぐそばに。
そっとあなたの腕に触れると、あなたの目がわたしの居る方を見た。…そう、わたしはこっち。
震える手をおそるおそるのばすあなたに微笑みかける。
吹き込んだ強い風に身をゆだねて、空に心を飛ばす。
夕日がやわらかくブローチとあなたを輝かせた。鈴蘭の甘くて涼やかな香りが、カーテンを揺らす。
――あぁ、こんな景色も、今初めて見つけたな。
終