上手に断るためには、マイルールも必要よ!
「川原さん。ちょっといいかな」
放課後、またもや声をかけられる。
緋色と一緒に部活に行こうとしていた、渡り廊下でのことだった。
振り返ると、2人の男子。ネームプレートを見ると緑色。2年生ね。
用件はわかっているし、返事もわかっているから、聞こえないふりをしたいところだけど。
しょうがない、話を聞くだけは聞いてみる。
「なんでしょう?」
わたしは少し微笑むような顔を作ると返事をした。
よく見ると2人とも顔は悪くはない。中の上といったところ。なんとなく好感が持てるような男子達だ。
それはいいとして。
「あの、さ、今度の土曜日に買い物に付き合ってくれないかなと思って」
「買い物ですか?」
「うん」
そういいながら、彼らの視線が緋色に移る。
そのとたん、ぼーと見惚れるように目が彼女にくぎ付けになる。
まじかで見ると更にかわいさが倍増するみたいなのよね。当たり前だけど。言葉を失うというのはこういうことなのだろうなと思う。大抵の男子達の反応。
女のわたしだって見惚れるのだから。
しかも、緋色は何にもわかっていないから、男子達の視線をそのまま受け止める、だから、余計に彼ら達の熱が上がる。
緋色にとって見られるから、見るだけという行為であっても、男子達にとっては、かなりのインパクトがあるみたいなのよね。
それはそれで面白いのだけど、いつもと同じ、代わり映えのない反応。好感度は悪くはないとはいえ、興味はない。
そろそろ行かなきゃ。
部活が始まる。
「部活に行きたいんですけど」
少々言葉を強め、彼らを現実に引き戻す。
2人は、はっと体を震わせ、わたしのほうを向いた。
「あっ、えっと、ああ、そうだった。」
いつまで見惚れている、さっさと用件を言え、と心の中で乱暴に突っ込みながらも、表面はあくまでも穏やかに、にっこりと、余裕のある表情で次の言葉を待った。
「次の日曜日、母の日だから、プレゼント一緒に選んでもらえないかなと思って、えっと、桜木さんも一緒に」
照れたように、顔を赤らめながら言った。
桜木さんもって、うん、確かにこのせりふは重要よね。
ていうか、外せない。
緋色は、突然自分の名前が出てきたので、わたしも? って感じでぽかんとしているだけ。
本当は自分が誘われていることに気づいていない。
ついではわたしのほうなのに―――
「俺達も2人だから、ちょうどいいかなと思って」
どこら辺がちょうどいいのかわからないけど、まあ、人数的には動きやすいわよね。付き合うのが買い物なら、あんまり大勢になると面倒だしね。
母の日のプレゼントか。
よく考えたわよね。それだけで情にほだされるような感じだけど。
でもよく考えてみてね。プレゼントするって言っても、所詮親のお金でしょ。
母親にしても、中学生の子供に何か期待しているわけでもないと思うし、それでも感謝の気持ちを伝えたいと思うのなら、無難に花でいいんじゃないの?
それだけで十分喜んでもらえると思うわよ。今はどこの店に行ってもそういう商品は溢れているしね。
だから、わざわざ一緒に行かなくてもいいんじゃないかなって。
いけない。
思わず、現実的なことを考えてしまったわ。
これは緋色を誘うための手段であって、目的ではないのよね。
男子達も色々考える。
映画や遊園地、動物園、カラオケ、ショッピングモールとか、一緒に勉強とかもあったわよね。緋色のこと、どの辺の成績だと思って誘ったのかしらね。誘った本人の成績も気になるところ、その場で聞いてみたらよかったかしら? どちらにしても、一度としてOKしたことはない。
彼らは自分達の用件を言い終わると、返事を待つかのようにわたしをじっと見た。
その表情は期待しているような、不安なような、合格発表でも見るみたいにドキドキしている顔だった。
答えは始めから決まっているんだけどね。
即答するのも、呆気なさすぎて面白くないから、たーぷり間を取って、彼らの祈るようなその表情をこれでもか眺めまわしてから、口を開いた。
「ごめんなさい。実は、彼女のお母さんが体調を崩していて、今彼女が家事をしているんですよ、だから、土曜日も、ちょっと、無理かもしれません」
わたしは申し訳なさそうに見えるように、俯きかげんに少し声を落としてゆっくりとした口調でいった。
あくまでも、断るのが申し訳なく不本意なように。
彼女が誰を指しているのが、彼らにもわかったみたい。
はっとしたように緋色を見つめた。緋色はわけがわからず、首をかしげている。
わたし的には緋色に家事って似合わないんだけど。
もしかして? 緋色のエプロン姿なんか想像しちゃったんだろうな、家で食事を作ったり、掃除や洗濯をしたりって。
彼らがしゅんと項垂れていくのがわかった。
「こちらのほうこそごめん。そんな事情があったなんて知らなくて」
知らなくても当然よ。嘘だもの。
ほんの悪戯心で、母の日に引っかけた断るためのただの口実。
すまなさそうに頭を下げて謝る彼らに、割といい人だったんだと思った。
これ以上、嘘の余韻は引きずりたくないし、さっさと退散しましょう。
「それでは、失礼します」
軽く頭を下げると、緋色と2人その場を後にした。
それにしても、あの2人名前名乗らなかったわよね。
緊張して忘れていたのかしら?
こちらはしっかり名札も見たし、顔もばっちり覚えたからね。
「里花ちゃんって、もてるんだねえ」
隣から、のんびりとした感心したような声が聞こえた。
「そう思う?」
「うん。里花ちゃんって美人だもん」
躊躇なく返事が返ってくる。その言葉に思わず頬が緩む。
まったくもうこの子は。
自分の魅力に全然気づかない。
人目を引く容姿をしていることさえ知らない、自分に関心がないのよね。
もったいないわ。
わたしが緋色だったら、その容姿を武器に、色々利用するけどね。
100%緋色への誘いなんだけど、純粋で人を疑うことを知らないから。
緋色に任せておいたら、すべて承諾させかねられないと思い、彼女の代わりに返事をしていたら、男子の間で、わたしがOKしたら、緋色と付き合えると思ったらしく、最近ではさっきみたいにわたしに直接話を持ってくるようになったのよね。
ただ1対1ではなく複数でだけど。グループ交際のほうが近づきやすいと思っているのかもね。
ある意味、わたしも緋色と同じように有名人なのかしら?
知らない上級生から名前を呼ばれ、声をかけられるくらいだから。
ほんとは目立ちたくないのにね。