誘われてもね・・・興味ないのよ
中学生になって早1か月、セーラー服姿にも違和感がなくなり、学校生活も少しずつ慣れてきた頃。
昼休み。
今日は珍しく静かで、こんな日がずっと続くといいなと思いながら、のんびりとまったりと過ぎていく時間と、時折髪を撫でていく風の心地よさに、うっとりとしていた時だった。
「川原さん、桜木さん」
名前を呼ばれ、見上げるとクラスメートの2人の女子が、わたしたちの前に立っていた。
2人ともクラスのリーダー的存在。
「何?」
あまり歓迎できるような話じゃないな、とは思いながら聞いてみる。
「あのね。今度の日曜日、クラスの親睦会をすることになったんだけど、どう? 参加できる?」
表情は普段通りだけど、声が少し硬いわね。
『しょうがなく誘っているだけだから、本当に来ないでね』と後に続きそうに聞こえたのだけど? 言葉のニュアンスから感じる拒否反応。きっと気のせいではないと思うわ。
わたしはちらりと、教室の真ん中あたりに視線をはしらせる。
するとこちらを窺うように見ている4、5人の男子達がいた。
あちらもリーダー的な奴ら。
言い出したのはあいつらだろうなと思いながら、もう一度、目の前の女子達に視線を向けた。
わたしはあくまでも、興味がありそうな表情で聞いてみる。
「何時から? どこで?」
「2時よ。この前と同じカラオケ屋さん」
「2時か、部活があるからちょっと厳しいかなぁ。うーん。どうしよう」
あくまでも行きたい雰囲気を匂わせる。
わたしたちはバドミントン部。
この日は確か午後1時からの練習だったはず。3時間練習があったとして終わるのは4時。それから着替えて目的地までと考えると、最低でも30分はかかる。となると、参加したとしても、そう長くいられるわけでもないわね。
「みんな似たようなものだから、遅れてくる人も何人かいるし、6時まではいると思うから、それだったら、多少遅れても大丈夫なんじゃない?」
気乗りしないながらも、助け舟は出してくれる。前回はあっさりとしたものだったからね。
男子達に絶対に誘ってきてくれ、と言われているのかもしれない。そっちの線が濃厚よね。
前回、参加していないから、今回はどうしても、参加させたいのかもしれないけれど。
まとめ役の女子達も大変ね。
一応、クラスの親睦会という名目があるから、誘いたくなくても、声をかけないわけにもいかないしね。
このクラスってどうしてこう、みんなで集まるのが好きなのかしらね。比較的男女の仲がいいのはわかるけど。
気の合う者同士で仲良くしていればいいのに。
関係のない者まで巻き込まないでほしいわ。
ホント迷惑。
「6時ね、やっぱり、無理かも・・・」
「どうして? 練習ってそんなに遅くまであるの?」
「そうじゃなくて、緋色んち、門限5時なのよ」
わたしは、自分の目の前に座っている1人の少女をちらりと見る。
少女は何も言わず曖昧に微笑んでいる。
「今時、門限5時なんて、信じられない」
女子達は珍しい物でも見たような顔をしている。
5時っていうのはさすがにありえないよね、と言った本人のわたしでさえも思いながら言葉を続ける。
「わたしも信じられないんだけど・・・親が厳しいからね。しょうがないのよね」
わたしは大袈裟にがっかりしたような表情をする。
今回も参加できないことを匂わせると、女子たちの表情が少し変わった。 ほっと安堵したような。
やっぱりね。
「じゃあ、桜木さんは参加できないってこと?」
「そうね。残念だけど」
「川原さんは?」
「わたしも用事があって、無理みたい」
「そう、残念ね」
きっと、心の中ではバンザイしてるんじゃないかしら?
緋色に参加されたら、男子の関心はほとんど彼女にいってしまうだろうから。
女子としては面白くないわよね。
「ごめんね。今度また誘って?」
わたしは『絶対に誘わないでね』と言葉に込めつつ、完全な社交辞令で、心にもない事をすまなさそうな表情で言った。
「今度は絶対ね」
女子達も心にもない言葉で、念を押して去っていった。
やれやれ・・・やっといったか。
ほっと息をついていると、
「えー。だめなのかよ」
こちらの返事を聞いたのだろう、盛大にがっかりした男子達の声が教室に響いた。
これ以上は関知しない。
そう思っていると、ふと目の前の視線に気づく。
「どうしたの? 緋色」
名前を呼ぶと、じっと何か言いたそうに私を見ている。
彼女の名前は桜木緋色。小学生からの親友。
男子達が一番誘いたがっているのはこの子で。
長い睫に縁どられた黒目がちの少し大きめな瞳、ふっくらとしたほんのりと桜色の唇、すっと通った鼻筋、ポニーテールにしたサラサラとした少し栗色がかった長い髪。小柄ではあるけれど、モデル並みのバランスのとれたほっそりとした華奢な身体。
そのどれもが、全てが整っていて魅力的でかわいい。
精巧に作られた愛らしい人形のよう―――
おまけに声もいいのよね。少し高めの甘い声。
その声が媚を売ってるとか、ぶってるとか、女子の一部では悪口を言っているのも知っている。
それは緋色に対するつまらない嫉妬、やっかみ。
わたしはその声で、名前を呼ばれるのが好きなのよね。
初めて会った日、身近にこんなかわいい子もいるのかと感激して、友達になりたいと思った女の子だった。見れば見るほどかわいくて。いわゆる一目惚れというやつ。
それ以来ずっと一緒にいる。
わたし川原里花といえば、艶のある肩ほどまでにのばした黒髪と少し切れ長の瞳と勝気そうな顔立ちが、年齢よりも大人びて見えるらしい。
緋色と並んでいるとわたしの方が年上に見られるから、同級生に見られたことはあまりないのよね。
「里花ちゃん?」
疑問符をのせて、緋色がちょっと首を傾げて上目づかいにわたしを見た。 そんな仕草もかわいらしい。
そんな表情で見つめられたら、男だったらきっと耐えられないわ。
心臓を打ち抜かれたみたいに、たいていの男子は恋に落ちる、と思う。
緋色は男子達にとって、どんなふうに見えているのか知らずに、無意識にやっている。
だから目が離せないのよ。
「なあに」
わたしはやさしく聞き返す。
「あのね、うちの門限っていつから5時になったの?」
話、ちゃんと聞いていたのね。
「ついさっき」
「・・・」
緋色は驚いたように目をぱっちりと開けて、わたしを見た。
もともと門限なんてありはしない。緋色が疑問に思うのは当たり前よね。
あれは誘いを断るための口実で、嘘だから。
「親睦会行きたかった?」
「ううん。よかった。断ってくれて」
緋色は首を左右に振ると、安心したように微笑んだ。
「でしょう?」
その答えに満足して、わたしは笑みを深めた。
わたしもだけど、緋色が人の集まりに興味がない事は知っているからね。
今頃返事を聞いた女子の大半は、内心でバンザイ三唱でもしているんじゃないかしら。男子の手前、明らかには喜べないだろうからね。
緋色に群がる男子達、ていうのも見てみたい気もするし、女子達の悔しがる姿も想像できて、実際にそれを見るのも面白そうよね。
実は、行くも行かないもわたし次第なのよね。
感謝してね。
今回も、あなた達の気持ちを汲んであげたんだから。
最初はね、結構愉しかったし、面白かったのよ。
だけどね・・・