<刀夜は嗤う、世界も嗤う>
「人殺しの現行犯だな。やっぱり通報するか」
「人聞きの悪いこと、言わないでくれる?」
焔に言葉を返しながら男を蹴り飛ばし、槍を腹部から引き抜く。
そのまま、決着はついたとばかりにギャラリーの輪から出ようとする少女。
腹に風穴の開いた男は、蹴られるままに力無くグデンと転がる。
容態を見ようと、それに近寄ろうした焔だったが、どこからかタンカを持って現れた黒服たちに遮られる。
黒服に連れられていった男を、怪訝な顔で見送る焔。
それらを一瞥した刀夜は、事情を知るであろう少女を呼び止めた。
「できれば、説明してもらえるかな?」
「私が説明しましょう!」
少女に声をかけた刀夜。だが、返答は横から返された。
返答を返したのは、痩せ型で、眼鏡をかけた、如何にもオタクそうな野暮ったい服装の男だった。
「私は一介の観客ですが、BBB初期の頃から見ていた者として、それなりにキャリアはあります!
ですからあなた方の様な初心者に何度も出会っていますので、説明慣れしておりますのでご安心下さい。
さて、件の質問でありますが、それはこの場における霊的エネルギー、そう私はエーテルと呼称しておりますが、そのエネルギーの変容と受容の結果と申すのが正しい解と成るのですが、それでは意味が通らないのも、これまでの経験上分かっております、そこで、まず基礎知識となる事柄の解説から初めさせてもらいましょう。えー、まず始まり、はい、今から数えること紀元前―――」
「長い。三行で頼む」
「聖域では、神威が活性化する
神威が活性化すると、人はとても頑丈になる
神威が散らされても、意図的に殺そうとされない限り、めったに死なない、OK?」
「桶把握」
「ん? 話し終わったか?」
しゃべり続けるオタクを無視して、三行にまとめた少女と、それに定番で返した刀夜。
そもそも話を聞く気が無く、むしろ、黒服が消えた方をジッと見ていた焔。
「ああ、概ね理解出来た。
噂話しだけだと不明瞭な部分が多かったが、こうして確認が取れたからな……後は、ワタシに適正があるかどうかだ」
「あん? 何の話だ」
「すぐに分かるわ。ほら、アレよ」
少女の視線を辿った先には、台車に乗せられた、真四角の箱だった。
無骨な鉄製の箱は、鎖でがんじがらめにされ、異様な雰囲気を放っていた。
その箱の上面には、余裕を持って手を差し込める程度の穴が開いているが、その中は漆黒に閉ざされている。
「よーわからんが、くじ引きでもするのか?」
「当たらねど遠からず、ね」
「ここで引き当てる結果は、偶然ではなく必然だ。運ではなく、己に相応しいモノが、必然的に当たる」
刀夜はそう言って笑い。一切臆すること無く、奈落を思わせる中の見えない穴に手を差し込む。
そして、中を探ることもなく、確信を持ってソレを掴むと、一気に引き抜いた。
「コレは……牙?」
「……どうみても、穴より大きいのが出てきたんだが?」
手に掴まれたモノは、なにか大型の動物の牙の先だった。
牙は腕より太く、切っ先は矢の如く鋭い。これで白ければ、象牙を彷彿とさせるが、その色は銀に輝いていた。
「牙。ってことは、貴方は変身タイプのようね」
「なあ、箱の大きさと、その牙の長さが合わないこともスルーか?」
「なるほど……使い方は理解した。いや、感覚で分かる。と言うべきか……」
「……俺、帰るわ」
常識も含め、色々と諦めて帰ろうと、焔が振り向こうとした時、横合いから声がかけられる。
「残念。不戦勝ならず、か……」
声をかけて来たのは、茶髪で、サングラスを掛けたチャラけた雰囲気の男だ。
刀夜は、それを見て口角を歪ませ嗤った。
「ふむ、それは残念だろう。不戦勝でも無ければ、ワタシには勝てないのだからな」
「ハハハッ! ルーキーらしいバカセリフだ!
ポンっと力を手に入れて、調子に乗ると、そんな風な大口叩きやがる」
「そうだな、ワタシが調子に乗ってるのは否定できんな……
ここまで都合よく、ここまで面白いと思ったのは、初めてだ」
「……確かに珍しいな。
お前が“本気”で楽しそうにしてるのは、俺も初めて見たぜ」
「そうね、さっきの胡散臭い笑顔と違って、まだ見れるわ」
「余裕ぶるのもソコまでだ! この俺が、現実を教えてやる!」
「現実? これが現実ね……質の悪いドッキリの方がマシだぜ。
―――茶番には付き合いきれん。やっぱ、俺、帰るわ」
「おいおい、楽しいのはココからだぞ?」
「結果の見えてる勝負に、興味はねーよ」
「ハハハハっ! お友達は、よーく分かってるじゃねーか
どうだルーキー、謝るのは今のうちだぜ? へへへっ」
「あん? 何勘違いしてんだ?。ザコがこいつに勝てるわきゃねーだろ」
「あ? 誰がザコだって?」
「てめえに決まってるだろ? デコハゲ」
「安全圏だからって、舐めてんな?」
対戦相手以外への、意図的な攻撃は禁止されているが、出来無いわけではない。
さらに“参加者”と違って、ギャラリーは神威を持たない。
つまり、巻き込まれたら余裕で死にかねない。
だが、通常はそのような事態にはならない。
参加者にとってギャラリーは、客でありスポンサーだ。
傷つけて得することは何もないからだ。
だが、怒らせた場合は違う。
下手なヤジを飛ばして煽ったギャラリーが、キレた参加者に病院送りにされるのは、さほど、珍しいことではないのだ。
「焔くんだっけ? 観客の安全は、保証されているけど、それはマナー的なもので絶対じゃない。
あまり怒らせると……危ない!?」
格下に挑発された上に無視された。そう捉えたチャラ男は、あっさりとキレた。
決闘中でなくとも、ここはまだ、普通の世界から隔離された幽世。神威は使えるのだ。
キレた男は、容赦なく神威を発動。凡人が食らえば致死必須の一撃を繰り出す。
「韋駄天足!」
焔の前から男の姿が消える。
否、消えたようにしか見えない速度で、動きまわっているのだ。
「ハハハ、どうだ! 見えまい? 見切れまい? 怯えるが良い!
てめえが殴られたことに気付いた時は、天国だ!」
「素人相手に神威を使うんじゃない! 禁則事項を忘れたのか!?」
「知るかよ!
そーら、喰らいやが………ゴフッ!?」
「うるせーわ、ザコがはしゃいでんじゃねーよ」
だが、一瞬の交差の後、地面に伏したのは、キレた男だった。
「なん……だと?」
「おい、ギャラリーが、戦旗保持者を倒したぞ?」
「ありえん!?」
「すげー! ぱねー! すげーよ!」
「どうやって見切ったんだ?」
舐めてかかり、激情のまま繰り出した、見え見えの一撃
だが、神威によってそれは神速となり、常人には見切れぬ一撃となるはずだった。
だが、焔はそれに合わせクロスカウンターを叩きこむ。
なんのことはない、いかに早かろうと、攻撃に移る瞬間の見極めさえ出来れば、合わせることは可能なのだ。
理屈では、銃弾も避けれる。
むろん、それを実践するには超えねばならないハードルは大きい。
だが、今回の場合。相手が良かった。
性格が単純で、行動が読みやすかった。そのため、焔は勘で合わせることができたのだ。
「て、てめえ……なっ!? く、足に来てるだと?
何故だ―! 何故こうなる!?」
「さっき、そこの女が言ってたじゃねーか
神威とやらも物理法則は有効だとな。
それってつまり、ぶん殴れば、倒せるってことだろ?」
「……理屈はそうだ、でも、神威を使えるホルダーと、一般人では火力も耐久も違いすぎる。
――それなのに、なぜ?」
「武器の仕様は有り何だろ?
だったら、これくらいは良いよな?」
焔が己の血で滲んだ拳を開く。その中に握りこまれていたのは、そこらにあった砂利だ。
「でもま、ホルダーってのが強いのは、よーく分かったぜ。
だが、ぶっちゃけ、殴った拳が痛い。骨逝ったんじゃないか? コレ……」
「ククク……ハハハハ……アーハッハハハハハッー!!
さすがだ焔。やっぱり君は面白い。まさか、そんな小細工一つで、ここまで結果を出すとは思わなかったよ」
「うるせーよ。褒めてるようで、遠回しにバカにしてるだろ?」
「遠回しに言わなくても、十分バカよ」
「ああっ?」
「まてまて、騒ぐのもそこまでだ。今の主役はワタシだ。
だから焔。人の獲物を横取りするのは止めてくれ」
焔と対戦相手のチャラ男の、間を遮るように刀夜は立ち位置を変える。
このまま焔にまかせても、恐らく焔が勝つだろう。
だが、確実に深手を負い。下手しなくとも命に関わる事態になりかねない。
こういった時。焔が引かない事を、刀夜は知っている。
だから、獲物と言い切り。理と情で諭して割って入ったのだ。
「む? そういやそうか、あいよ。っと、で、勝てるのか?」
焔は巻き込まれにように数歩下がる。
遮ったのが、刀夜でなくば、焔は決して引かなかっただろう。
焔もまた知っている。
刀夜は自己犠牲的精神からは程遠く、こういった時、勝算なしに動く人間ではないことを……。
それでも勝てるか、敢えて聞いたのは、焔の甘さであり、気遣いでもある。
「愚問だな。
“まだ”、一般人のキミでも勝てる相手に、負けるわけがない」
「俺は、人間止める気はねーぞ」
「そうか……だが、ワタシは止めるつもりだぞ?」
「はぁ?! 正気かおい!」
「きさまらー! とことんコケにしやがって!!」
「ようやく立てるようになったか、だったらBBB決闘を始めよう
ワタシの栄えあるデビュー戦だ、派手にやらせてもらう!」
「ふざけるなルーキー! ぶっ殺し…て……や……る?」
刀夜は嗤う。声を殺して、感情を殺して、溢れる力を押さえつけ、心で世界を嗤い続ける。
本人曰く、無駄に優秀なワタシにとって、この世はツマラナイ。
―――だから胸の内、表に出さず、心の底から“嘲笑う”
世界を嗤い、愚者を嗤い、自分を嗤い、神を嗤い、常識を嗤った。
そんな刀夜であるからこそ、この神威が発現したのだろう。
彼の使った神威は、転神
身に宿す力は、北欧の神話に語られる。『神殺しの魔狼』
牙を掴んだ、刀夜の姿が見る間に変わる。
手に持った、象牙より大きな牙、それに相応しい姿、大きさへと変わる。
ギャラリーと焔、そしてチャラ男はあっけにとられ。
少女は、驚愕を押し隠し、目を細め、睨むように見上げ。
黒服は、慌てたように携帯を取り出し、どこかに報告を行い。
そして、巨大な銀毛の狼へと姿を変えた刀夜は、路地裏から世界に轟く、咆哮を上げた。
これは世界への―――神々への、刀夜からの宣戦布告。
そして―――
―――チャラ男。終了のお知らせであった。