<神を裁いた槍を持つ少女>
「おい。アレ銃刀法違反なんじゃないのか?」
「刃渡りはそうでも無いので適用外……と言いたいが、アウトだろう。まあ、そんなことはどうでも良いさ
――――重要なのはコレからだ」
数十人のギャラリーの囲まれた少女は、その囲いの中で、ウオーミングアップを始める。
肩がけの担いだ竿状のモノから覆いが外され、全貌が明らかとなる。
それは“槍”だった。
穂先の刃がキラリと光る。作りモノとは明らかに違う輝きを放つソレを、頭上でブンッと一閃。
そのまま、バトントワリングの如く、左右で回した後、勢いをそのままに頭上に放り投げる。
建物の裏側。路地裏の壁と壁の合間から覗く、ろくに見えない星空へと上り、引力に焦がれ落ちてきたところを、少女は事も無げにパシッと掴んだ。
「うん。調子は上々。さあ、お相手は誰?」
パチパチパチと、拍手が鳴る。
それに合わせ、割れたギャラリーの隙間から、一人の男が歩み出た。
「さすが、さすが、まさに、さすがはランカーさん。
―――実に良い動きだ」
「ありがと。でも、そう言ったあなたもランカーでしょ?」
「ははは、俺なんてランキングの端に辛うじて引っかる程度のザコですよ」
長柄の凶器。本物の槍を持った少女を前にした二十代の男は、武器らしいモノは持っていない。
―――にも関わらず、全く臆した様子がないのが不気味に思える。
「女は武器有りなのか? 剣道三倍段どころじゃない気がするんだが……」
「いや、ただの偶然だ。武器の使用は男女問わず有りだ」
「オカシイな。俺はケンカだと聞いてたんだが?
―――コレじゃ殺し合いだろ」
「噂通りなら、それに限りなく近いな」
「……通報するか」
「無駄だから止めとけ」
「何故だ?」
「さっきの黒服、見ただろ?
どう言うカラクリか分からんが、通報しても、警察は介入して来ないそうだ」
「マジか?」
「マジだ」
ワー! ワー!
歓声が上がる。
どうやら、試合が始まったらしい。
「先手必勝! 雷神鎚!!」
男が叫び、両手を組んだまま頭上に振りかぶりると、そこにバチバチと帯電放電現象が起こる。
ありえない現象、その異常をものともせず、雷光放つスレッジハンマーは、そのまま、振り下ろされた。
路地裏に閃光が走り、落雷を思わせる―――否。落雷そのままな轟音が響き渡った。
「甘い!」
放たれた雷撃は、避雷針宜しく、地面に突き立てられた槍の直撃。
槍を手放した少女は無傷。
それどころか、雷撃を放った男の隙を突いて、横薙ぎに回し蹴りを放った。
放たれた蹴りは、男の横面に直撃。
女の力で成せたとは思えぬほどの勢いで、男は壁へと叩きつけられた。
「……特撮か TVカメラはどこだ?」
「現実逃避は良くないぞ?」
目の前で繰り広げられた攻防は、焔にとっての常識を遥かに超えていた。
一方、刀夜は事前に知っていたらしく同様は無いが、ソレを目のあたりにした興奮は隠しきれていなかった。
「どう? これでも子供の喧嘩に見えて?」
「むしろ、子供の喧嘩であって欲しかったぜ……」
うつろな目をして、少女に言葉を返す焔。だが、戦いはまだ続いている。
「痛ぅ……、いやいや、効いた効いた。
―――いやはや、さすがさすが、素晴らしい反応だ」
ヒビが入るほど、強烈に壁に叩きつけられた男は、頭を振りながらも何事もない様に戻ってきた。
「いくら神威と言っても、物理法則を完全に無視することは出来無いわ」
「ええ、ええ、全くもってそのとおり。
いやはや、魔法の如き力をそんな安直な方法で防がれるとは思わなかった」
「……なんか、中二チックな単語が聞こえたんだが?」
「BBBでの戦いは、神域で行われる。神域では神の御力。神通力の行使が許される。それ即ち、神威成り」
「おい、お前も発病したのか?」
「BBBの常識だ。それに、実際に力を持っているなら、それを中二病と切り捨てるのは間違いだとワタシは思うぞ?」
「どっちにせよ、ドン引きなんだが……」
「すぐに慣れるさ」
「慣れたかねーよ」
地味にテンションが上がってる刀夜と、その正反対にテンションダダさ下がりの焔。
そんな対照的な反応を見せる二人を置いてきぼりに、戦いは続く。
「力帯!」
男の命を遠慮無く刈り取らんと、槍を突き出した少女も少女なら、その穂先を素手。それも片手で鷲掴みに受け止めたばかりか、力ずくで少女ごと持ち上げる男も男であった。
「あの槍。刃引きされてるのか?」
「いや違うな。推測だが、力帯とやらの効果だろ」
「雷撃と馬鹿力。端とは言えランク入りするだけの事は有るようね」
「いやいや、ランク一桁台のあなたに比べれば、児戯に等しい力ですよ――っと」
持ち上げたまま、力任せに槍ごと少女を壁に叩きつける。
だが、少女は壁に水平に着地するが如く動き、その勢いのベクトルを巧みに変え、槍を捻るようにして取り返した。
「お返しとはいきませんか……いやいや、さすがさすが」
「さっきの雷撃は使わないの?」
「使いませんよ。あれだけ綺麗に返されたのじゃ
―――ここぞと言う時にしか使えませんねえ」
「なら、そろそろこっちの番ね」
「ええ、ええ、見せてもらいましょうか―――噂に名高い。“神殺し"の力を!」
少女が歌い始める。
それは戦いの場に相応しくない、落ち着いた曲調の歌だった。
それは賛美歌。
ただし、どことなく日本風。それも、祝詞と言うべき曲調の間延びした歌であった。
「何を言ってるのか、さっぱり分からん」
「ラテン語の歌だな。内容は―――懺悔っぽいな」
歌自体は短い。
ただ、曲調がスローモーなため、長く感じる。
いや、それだけではない、ゆったりと舞うような動きも遅く見えてる原因だろう。
だが、遅く見えてるだけで、実際は素早いのだろう。
歌い踊る間も、男は攻撃を仕掛けていた。
それを、先読みするように―――決められた殺陣を演じるかの様に、軽やかに避けているからだ。
「美しい……ハッ!?」
「ん? またなんかのネタか?
―――でもまあ、美しいってのは間違っちゃねーな」
見惚れながらもネタを挟む刀夜と、それを呆れた眼差しで返す焔。
そんな二人の前で行われている戦いは、佳境を迎えようとしていた。
「咎人は汝や?」
歌い終わりの締めに呟かれた言葉。それが合図となり、文字通り“光速”で槍が男に叩き込まれた。
「……アレ、死んだんじゃね?」
「一応殺人は禁止されてる……はずだが?」
ヤバイものを見た、とばかりに顔を片手で覆う焔。
惨劇を目にしても動じず、ただ疑問に首を傾げる刀夜。
そんな二人の目の前には、両手で保持した槍で、男の腹から背中まで綺麗に貫いた少女の姿があった。