<B.B.B>
BBB
正式名称である『Banner Bet Battle』の頭文字を繋げた略称。
“旗印を賭けた戦い”と訳される、この興行が居つから始まったのか、それを知るものは少ない。
いつしかインターネット上で囁かれ初め、実際に形を持って開催されるようになったのだ。
概要は単純で、参加表明したものに、独自のバナー。
―――そう、ネット上でバナー広告などで知られる、長方形のアレだ。
ソレの添付スペースが、BBB公式サイトに用意される。
そして、後はランダム(稀に指名)で決定された対戦者と、指定の場所で“喧嘩”すると言ったものだ。
参加資格は不明。
運営側から送られてきた参加要請のメールに、好きなバナー用の画像を添付して返信することで成立することは知られているが、どういう基準で送信先が決定されてるのかは不明のままだ。
勝者は、敗者からバナーを全て奪える。
敗者は、バナーを全て奪われる
勝者は、バナーを増やし
敗者は、バナーを減らす。極めて単純な図式だ。
ただ、実物と違い、電子データであるバナーの特性が生かされている。
そう、最初に登録した“自身のバナー”だけは奪われずに、コピーされるだけで済むのだ。
―――だが、究極的な、ゼロサムゲームであることは変わらない。
対戦頻度は個人により異なるが、凡そ一週間に一回の割合で組まれる。
これは格闘技を基準に考えると、過酷と言うより異常というべき頻度だ。
しかも行われるのは、一対一であること以外は一切考慮されない、文字通り“喧嘩”なのだ。
普通の精神をしていれば、危険過ぎて割にあわないことだ。
だが実際は、好評を箔し、参加者多数で、かなりの盛り上がりを見せている。
様々な理由は有るが、大きな理由の一つに“金”が絡んでいる。
所持したバナーの数に応じて、バナー収入が恒常的に支払われ。
さらに、喧嘩内容に即した、ファイトマネーが懐に入るのだ。
征服欲、物欲、名誉欲、色欲、様々な欲望が、暴力一つで手に入る。それが若者たちを熱狂に駆り立てているのだ。
「なんだ、見る阿呆に踊るアホ。つまり、ただの見世物じゃねーか。
―――興味ねーよ。俺は帰るぜ」
「まあまて、少しは考えてみろ。
単なる―――“普通”の見世物なんかに、ワタシが興味を持つと思うか?」
「あん? どういうこった?」
「一見は百聞に優る。とくにキミの場合はだ。
―――ほら、付いたぞ」
駅前にある、ごくごく普通の少し寂れた商店街。
そこから脇道にそれた路地裏の奥。そこに二人は来ていた。
そこは異常だった。
寂れてはいるものの、それなりに賑わっている表通りの喧騒から、完全に隔離された空間。
その入口に立つ“黒服”としか称しようのない人物がいた。
その人は、懐から何か端末のようなモノを取り出す。それに刀夜はごく自然に、自分の携帯を近づける。
――――ピー! “ゲスト”として承認されました。
無機質な女性っぽい機械音が響く。それに合わせて、黒服は道を開けた。
刀夜は、営業スマイル的な表情を浮かべ、軽く会釈を返し、先に進む。
焔もまた、怪訝な顔を浮かべながら進もうとするが、黒服に遮られた。
「なにしてるんだか、ほら赤外線通信の用意を……」
「んなやり方知らん。任せた」
ああ、そういやコイツはメールすらマトモに打てないんだった、と憐憫の眼差しを浮かべ、放り投げられた焔の携帯を受け取る。
そして、さっと操作を行うが、その動作が途中で止まる。
「おい。さっき来たメールはどうした?」
「消したが?」
「うぉい!!? なにやってんのー!?」
「消されたら困るよなメールを俺に送るほうが悪い」
「ああ、確かにそれには同感だが、状況は改善しない!
まったく、どうしてそうもキミは短絡的な行動しか取らないんだ!!」
「何行ってやがる!
得体のしれないメールの誘いにホイホイのって、こんな裏路地に出かけるようなお前に言われたくないわ!」
「ぐぬぬ。ここにPCがアレば一分掛からずメールを復元してみせるのだが……ワタシのスマホでは無理か……」
「聞いてねえし。
ま、どうでもいいさ。もともと俺は、子供じみた喧嘩に興味無かったからな。帰って寝たほうがマシだ」
「だからそういう問題ではないと、ワタシは言って……」
「子供じみた喧嘩とは、ご挨拶ね
――――だったら、自分の目で確かめてみなさい」
喧々諤々と罵り合う二人に、女の声が割って入る。
振り向いた二人の目に映ったのは、袋に入った、長い棒状のモノを持つ少女だった。
勝気そうな雰囲気を持ち、どこかの高校の制服を来た、サイドポニーの少女は、黒服と言葉をかわす。
「―――ええ、で、どう?」
「―――」
「そう―――、ええ、いいわ。どうせ他に使い道ないから」
「―――」
そして、二人を見ると自分に着いて来るように促した。
あっさりと道を開けた黒服と、それを促した見知らぬ少女に、怪訝そうな顔を向けるも、ま、いいかとばかりに歩き出す焔。
焔を一瞥した後、便宜をはかってくれた少女に、営業スマイルで礼を述べる刀夜。
それに対して「その笑顔、胡散臭いからやめたら?」と返す少女。
親指を立て、抑えようともせず吹き出す焔。
それを睨み、少女を興味深そうに見返す刀夜。
それらを背に受け、闇の中へと歩いて行く少女。
三者三様の少年少女は、背徳と悪徳の祭典である戦いの場へと姿を消した。
それを見送った黒服は、懐から携帯を取り出し、どこかにメールを送った。
サングラスに隠れた、無機質な目に光りは無い。
彼らは“黒服”
運営側であること以外、全ては謎に包まれていた。