表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/311

〈18〉脱出

 レヴィシアとユミラは、脱出の決行を明朝と決めた。運ばれて来た食事を済ませると、ユミラの部屋にある色々なものを使って、下まで届く縄を作る。

 高級品ばかりだとわかっているけれど、ユミラは好きにすればいいと言ってくれた。お言葉に甘え、ベッドのシーツも幕もカーテンも裂いた。人間を支えなくてはいけないので、太くきっちりと結わえて行く。


 途中で長さが足りないなんてことにならないように、夜のうちに一度だけ、二人がかりでテラスから垂らし、長さを測った。夜中までかかってしまったけれど、完成した後は少しだけ仮眠をとった。レヴィシアは昨日もあまり眠っていないので疲れていた。それでも、今はそれを言っている場合ではない。

 疲れていたせいか、ユミラが譲ってくれた、シーツはなくとも上等のベッドの寝心地のせいか、レヴィシアは時間になっても起きられなかった。結局、ユミラに起こされる。


「大丈夫? 行ける?」

「ぅ、ん、ごめんなさい」


 レヴィシアは目を擦り、慌てて起き上がる。両頬を打って気合を入れた。

 カーテンのない窓からは強い光が差し込む。テラスに出ると、風が吹き抜けた。

 二人はお手製の縄をテラスの手すりの、壁よりの端にしっかりとくくり付けた。入念に何重にも。二人がかりで引っ張り、外れないことを確認する。それでも、正直に言ってかなり怖い。

 それを表に出さないように、レヴィシアはユミラに向かって微笑んだ。


「じゃあ、あたしから行きます」


 ユミラは血の気の引いた顔でうなずいた。けれど、少し気になることがあったようだ。


「あの、それどころではないとわかっているつもりなんだけれど、その格好で下りるのかな?」


 スカートのことを言いたいらしい。


「早朝だし、誰も見ていないからいいんです! じゃあ、行きますからね」


 レヴィシアは、ユミラに借りた手袋をはめた。滑り止めと、摩擦防止のためだ。

 縄をつかみながら、慎重に手すりを越える。顔を壁側に向け、壁を蹴るようにして少しずつ下りて行く。レヴィシアは安穏な生活を送ってきたわけではない。こういった場所から逃げ出すことも多々あった。初めてではないから、ためらいはない。けれど、ユミラは不安だろう。

 それでも、やらなければリュリュには二度と会えないかも知れない。その一心でがんばってもらうしかない。


 レヴィシアは、前世はリスかサルかと思われるくらい、器用にするすると縄を下りて行く。ただ、後もう少しだというところで、下から声がした。


「……おい、すごい眺めだぞ」

「えぇ!!」


 その声に、思わず片手でスカートを押さえた。片手で体重を支え切れずに落ちるのは当たり前である。

 死ぬほどの高さではないけれど、地面に叩き付けられる痛みを、落下する途中で想像した。冷静になれなかった頭は、受身を取るという手段を忘れ、ただまぶたを硬く閉じさせただけだった。


 そんな彼女の体は、地面よりも柔軟な何かに受け止められる。それは、背中とひざの裏に特に強く当たった。恐る恐る目を開けると、受け止めてくれた青年は、ほっとしたように柔らかく笑う。


「おてんばメイドは誰かと思えば、昨日の子じゃないか」


 レヴィシアを抱き抱えたままの青年は、門番の片割れだった。頭の形がはっきりとわかるチャコールグレーの柔らかな猫っ毛。中肉中背に柔和な顔立ち。二十代半ばくらいだ。


「大丈夫か?」


 彼はゆっくりとレヴィシアを下ろしてくれた。レヴィシアは答えるよりも先に何度もうなずく。

 その間に、ユミラも手製の縄を伝って下りて来た。意外に鮮やかなものだった。


「レヴィシア、ハルト、けがはないか?」


 門番の青年は、ハルトというらしい。


「上から声を張り上げるわけにも行かなくて、どうしようかと思ったんだけれど、ハルトでよかったよ」


 番兵に見付かったというのに、ユミラはほっとした様子だった。ハルトは咎めることなく、レヴィシアに向かって苦笑する。


「急に声かけてごめんな」


 見かけ通りに優しい人だ。だから、レヴィシアは素直に礼を言う。


「ううん、助けてくれてありがとう」


 ユミラは周囲を窺いながら小さく言った。


「ハルトたちは門番だけど、実はいつも内緒で通してくれていたんだ。だから、大丈夫だ」


 そんな発言に、ハルトは嘆息する。


「ばれたらクビだけどな。ま、ユミラ様に恩を売っておくのもいいかなって」


 冗談交じりに言う。ユミラが必死になるわけを知るからこそ、協力してくれるのだろう。


「――ユミラ様、急ぎましょ」

「そうだね。じゃあ、ハルト、いつものように見なかったことにしてくれ」


 二人が駆け出すと、ハルトはその背を見送った。


「はいはい、いってらっしゃいませ」


 ひらひらと手を振っている。貴族の主従にしては仲がよい。あの父親より、ユミラは屋敷の者たちに人気がありそうな気がする。きっと、いい当主になるだろうから。


 そして、二人は駆け足で門に向かう。ハルトとは別のもう一人、初老の門番がいた。けれど、ここもユミラが人差し指を唇に当てると、黙ってうなずき、外から門を少しだけ開いてくれた。

 レヴィシアとユミラはその隙間をするりと抜ける。脱出には成功したものの、これはまだ第一段階に過ぎない。これから、ルテアとリュリュを探し出さなければならないのだから。


 こうなったらいっそ、素直に謝って、ユイとユーリにも協力してもらった方がいいのはわかっている。けれど、それをしたらまた部屋に押し込まれる。


 ――じっとなんかしていられない。

 今、この時、ルテアたちはどんな思いでいるのだろうか。


 おてんばさん……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ