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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈17〉期待はずれ

 その時、ザルツはひどくがっかりしていた。


 名門貴族、クランクバルドがこの程度の人物だったとは。これでは、メンテナールと大差ない。似たり寄ったりだ。

 メンテナールの屋敷にて、茶会という名目で集まった貴族たちは、陽気に喋り、茶を飲み、菓子を食べ、奏楽の調べに耳を傾けている。けれど、誰の目も笑っていない。明らかに、この空気は戦場だった。


 ザルツも紅茶に口を付けながら、神経を研ぎ澄ませている。ただ、自由に歩き回る貴族たちの化かし合いにあてられ、ため息ばかりが出た。

 最大の目当てであったクランクバルドは、娘のような年齢の奥方とベタベタしている。一見、洗練された装いであるけれど、せわしない目配りや、対話中の表情の作り方、どう見ても器が知れていた。

 リトラは一応挨拶し、他愛ないやり取りをしていたが、すぐに別の場所へと移って行く。多分、ザルツと同じような判断を下したのだろう。


 その後のリトラは、不敵な笑みを浮かべたまま、妙齢の女性たちの相手をしている。彼が笑う時、それは鎧をまとっているような気がした。一見するとしかめっ面が、彼の自然体なのだろう。

 現に、熱に浮かされた令嬢がリトラの腕に触れたその途端に、彼は刃物のように鋭い視線を無遠慮に彼女に向ける。令嬢が青ざめて腕を下ろすと、リトラは再び作り笑いを浮かべた。あの野生の獣のような男が自分をさらけ出すのは、ごく限られた人間の前でだけなのだろう。


 そんな光景を眺めていると、リトラはようやくザルツのもとへ戻った。

 ふてぶてしい性格をしているだけかと思えば、こういった場に慣れているような、卒のなさもある。ユーリがリトラをこの役どころに抜擢した理由は、腕輪のことばかりではなかったのかも知れない。


 ただ、ユーリの策を疑いはしないけれど、尊敬できる貴族に出会えないのは、どうしたらいいのか。

 確かに、レジスタンスとの繋がりが疑わしくとも、兵士が迂闊に詮索できないような貴族の助けがあれば、理想の実現はぐっと近くなる。クランクバルドほどの貴族の協力があればとは思う。

 けれど、彼の興味は奥方と自分の立場。間違っても憂国の人ではない。協力を願い出ることで逆に自分たちの首を絞めてしまう結果が見えたようだった。

 ザルツは再び嘆息すると、向かいの席に座ったリトラに尋ねる。


「収穫は?」

「ん? それなり、だな」


 にやりと笑う。その肩越しにある視線に気付き、ザルツはうんざりした。


「……おい、クランクバルド夫人がにらんでるぞ。何かしたんじゃないだろうな?」


 すると、リトラはそちらを振り向きもしないで言った。


「何もしてない。だから気に食わないんだろ」

「どういう意味だ?」

「ああいうタイプは、自分の美貌に自信を持ってるからな。若い男が自分を褒めたたえないなんて、我慢ならないんだろ」

「わかってるなら、世辞のひとつくらい言っておけばいいものを……」

「冗談。あれは俺の一番嫌いなタイプだ」


 心底不愉快そうに吐き捨てる。なるほど、とザルツはこんな状況なのにおかしくなった。


「確かに、ユーリとは真逆の女性だな」

「うるさい。黙ってろ」


 顔をしかめて歯をむき出しにするリトラは、少しだけ子供のようだった。


「で、どうなんだ? クランクバルドのひととなりは?」


 一応尋ねてみた。すると、リトラは案の定あっさりと言った。


「あのクランクバルドは小物だな。あれじゃあ、使いようがない。とりあえず、この後はルースケイヴ伯爵ってやつの屋敷に移るぞ。話は付いてるからな。クランクバルドよりも面の皮が厚いやつだ」


 ザルツは正直うんざりした。けれど、仕方がない。


 ルースケイヴは、向こうでメンテナールと話し込んでいる、銀の短髪を撫で付けた男性だ。年齢はそう変わらない風だが、肥満体のメンテナールとは対照的で、こちらは引き締まっている。二人の関係も、ヘビとカエルのようだった。メンテナールはだらだらと脂汗を流している。

 ルースケイヴは一見まともそうだが、外見だけで判断しても仕方がない。もう、誰も選んでも大差がないような気がして来たのは、気のせいではないかも知れないが。



 とりあえず、サマルに連絡を取って、向こうの状況も知りたかった。

 ザルツはレヴィシアが宿でおとなしくしていてくれることを願い、リトラはユーリがおとなしくしていてくれることを願っていたのだった。


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