〈13〉リュリュの宝物
『ルテア』
名前を呼ぶ声。明るい笑顔。
いつも、跳ねるように動く。
『あたしは――』
夢を見ている。
自覚しなければいいものを、気付いてしまう自分が嫌だった。それでも、その夢にしがみ付いていた。
けれど、ルテアは小さなすすり泣きで目を覚ます。
仕方なく、湿気臭いベッドから起き上がると、隣のベッドで眠っていたシーゼと女の子がそこに座っていた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
優しく問いかけるシーゼに、女の子は泣きながら首を振るばかりだった。寝起きのせいか、女の子の頭はボサボサだ。ルテアはベッドから下り、二人に近付く。
「家族が恋しいんだろ。まだこんなに小さいんだ。泣きたくもなる」
「そうね……」
シーゼはため息をつくと、女の子の頭をそっと撫でた。
「もう少しの辛抱だからね。必ずまたお母さんのところへ帰れるから。ね?」
女の子は返事をしなかった。ひくひくとしゃくり上げている。
ルテアとシーゼは顔を見合わせて、このこの不安をどうやったら和らげられるのかを考えた。
思えば、この子はおとなしく、ほとんど口を利こうとしなかった。名前さえ、まだ知らない。
そこで、シーゼは何かに気付いて耳を女の子に近付ける。
「うん? 今、なんて?」
女の子が何かを言ったようだ。蚊の鳴くような弱々しい声で、何かを訴えている。
「かみのけ」
「え?」
「かみのけ、とれちゃった」
真っ赤な目を更に擦り、言った言葉がそれだった。
「髪の毛? ああ、このリボン?」
よく見ると、女の子の髪の毛を飾っていた白いリボンが解けている。自分では直せないのだろう。
ルテアにしてみれば、それだけのことでとも思う。
「そっか。女の子だもんね。よし、すぐに直してあげるからね」
シーゼは原因がわかってほっとしたらしく、女の子の髪のリボンを一度外し、それから慣れた手付きで結わえ直した。
「ほら、できた」
左右に分けられた柔らかな髪は、ゆるい編み込みが施され、白いリボンはそれを可愛らしく飾っている。鏡がないので、女の子は自分の姿を見ることができなかった。小さな手で髪に触れ、確認している。
きっちりとリボンが結ばれていることがわかると、今度は泣きはらした顔をくしゃくしゃにして笑う。
「おねえちゃん、ありがと」
「どういたしまして」
シーゼも笑って返した。ようやく女の子の笑顔が見れたことが嬉しいのだろう。ルテアにしてもそうだった。状況を忘れてしまうくらいに和やかな空気だった。
「そんなに大泣きするなんて、よっぽど大事なリボンなんだな」
ルテアの一言に、女の子は大きくうなずく。
「うん。にいちゃまがかってくれた、リュリュのたからもの」
女の子の名前はリュリュというらしい。それから、兄がいるということもわかった。
けれど、多分この子はまだ、一人で家にはたどり着けないだろう。この拠点の摘発が始まる前に、リュリュの家を特定するための情報を少しでも聞き出せたら、とルテアは思った。
地下の一室に光は差し込まない。運ばれて来る食事でしか時間を知ることができなかった。
ただ、今はゆっくりと力を蓄えておくべき時だ。そう考える。
それでも、この時もレヴィシアはどう過ごしているのか。それが気がかりだった。おとなしく待っていてくれると信じたいが、何故かいつだって不安になるから。




