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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈12〉わかっていても

 〈11〉芽生え の数時間前の出来事です。

 してはいけないことだと思う。

 それくらい、わかっている。

 でも、どうしても、この目で確かめたい。無事だと安心したい。勝手な気持ちが体中をうずかせる。


 レヴィシアは眠れないまま、カーテン越しの僅かな朝日を感じていた。ベッドの上を転がると、隣のベッドですやすやと眠るユーリの姿があった。平和的な寝顔だった。

 こうしている間も、ルテアは危険の中にいるかも知れないのに。こんな時に眠ってなんていられない。

 どうせ横になっていても眠れないのなら、起き上がっていても同じだ。レヴィシアはベッドから下りた。


 先に着替えを済ませてしまう。襟のないワンピースを頭から被った。まだ少し寒い朝に身震いする。そして、思った。

 ルテアはこんな風に心配されることを望まない。それよりも、いつだってレヴィシアのことを心配してくれている。安全なところにいてほしいと言う。

 けれど、そのせいでルテアが傷付くのは嫌だ。ルテアが傷付いてまで、守ってなんかいらない。

 こっちだって、守りたい。仲間が欠けるのはもう耐えられない。


 本当は、ここで待つことをみんなが望んでいる。大事にしまわれる、お飾りの自分だ。

 今までのことを懲りていないわけじゃない。それでも、どんなに叱られても、譲れないことだってある。どんな困難だって、動かすだけの意志を持って動くだけだ。


 髪は手ぐしで整え、結わえなかった。革のショートブーツを履く。それから、受け取ったばかりのダガーをスカートの下に隠れるよう、太ももにベルトで固定した。小さいので邪魔にはならない。

 ちらりとユーリを見遣ったが、やっぱりすやすやと眠っていた。ほっと胸を撫で下ろし、それから書置きを残すためにユーリが使っていたペンを借りようと思った。机の上にある、これもまた難しそうな本の間に紙が挟んであったので、それに書こうと思って本を開いた。船の図解が意味不明に書かれているそのページよりも、しおりのように挟まれたその紙に書かれた文字が気になった。


 多分、いくつかの貴族の名だ。みんなが報告に来るたび、ユーリが書き足していったものだろう。その中のひとつの名前が大きく丸で囲まれていた。

 町の中での屋敷の位置も記されており、その名前が位置する場所は、町の最も高台にあった。


 “クランクバルド”


 その名こそが、目指す場所。

 誘拐犯の貴族。ルテアのいるところ。

 レヴィシアはその紙を裏返すと、するすると書き記す。

 “少し出て来ます。心配しないでね”

 するなと言ってもするだろう。それでも、行かせてほしい。そんな勝手な願いを込めた。

 烈火のごとく激しくか、流水のごとく冷たくか、怒り狂うザルツの様子が脳裏に浮かんだけれど、それを振り払う。


 扉をそろりと開ける。ふたつ隣の部屋にはユイがいるのだから、そちらを特に気を付けなければならない。前を通らなくても階段に行けることだけが救いだった。まだ早朝、起き出した人もおらず、廊下に人はいなかった。身の軽いレヴィシアは、猫のように物音を立てずに玄関先へ到達する。

 そして、かんぬきを外して外に滑り出た。朝の清々しい空気をいっぱいに吸い込み、窓を見上げた。そして、強くうなずく。


 多分、気付いたらユイがすぐに追って来るだろう。連れ戻されたら、今度こそ身動きが取れなくなる。

 チャンスはもうない。大丈夫だと思えたなら、すぐに戻るから、とレヴィシアは心の中でささやいた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 そうして、レヴィシアが部屋を抜け出してからそのことが発覚したのは、三時間ほど後のことだった。ザルツと接触したサマルが現状の報告に訪れたのである。


「なあ、ユイ、レヴィシアとユーリは? まだ寝てるのか?」

「まだ部屋から出て来ないから、どうだろう?」


 一応、女性二人だ。身だしなみもあるだろう、と男性たちは気を遣う。けれど、サマルにはやることが色々ある。そう悠長にもしていられなかった。


「んー、レヴィシアはともかく、ユーリに相談したいし、ちょっと行って来る」


 ユイの部屋を出て、サマルはふたつ隣の女性たちの部屋の前に向かった。後ろからユイも付いて来る。


「おはよう、起きてるか?」


 どんどん、とサマルがオフホワイトの扉を叩く。

 すると、中からユーリの声が返った。


「はい。どうぞ、お入り下さい」


 声からして、寝起きではないようだ。サマルとユイは顔を見合わせると中に入った。

 中にいたのは、ソファーに座っているユーリだけだった。彼女は表情もなく、立ち上がると一枚の紙を二人に向けて差し出した。


「朝起きたら、これが机の上に」


 ユイはそれを受け取ると、呆然としていた。サマルは文面を読むよりも先に、その様子で何が起こったのかを察した。


「ごめんなさい。私がもう少し気を付けていれば……」


 しょんぼりとするユーリに、サマルは慌ててかぶりを振る。


「いや、ユーリのせいじゃない。あいつが無鉄砲なのは、困ったことに昔からだし」


 ユイも顔を抑え、大きく嘆息した。


「レヴィシアのそういう性格を知っていたはずなのに、油断していた。俺のせいだ……」

「行き先に心当たりは?」


 と、サマルが問う。


「ルテアのところだろう。シェインから報告を受けた拠点はどこだ?」


 そう口にしてから、ユイは気付いてしまった。ユーリは困ったように言う。


「場所、レヴィシアさんに教えてありません。教えたら行ってしまうかなって。だから、どこへ行ったのか、私にもわかりません」


 サマルは思わず口をあんぐりと開けていた。


「なんて手のかかる……クソッ、とりあえず俺はみんなに知らせに行く。ユイは探しに行くんだろ?」

「ああ」

「わかった。じゃあな」


 経過報告も忘れ、サマルはまた慌しく去って行った。

 その後、残された二人はピリピリとした空気の中にいる。その空気のもとは、ユイだった。


「……ごめんなさい」


 もう一度謝るユーリに、ユイはゆっくりと顔を向けた。ユーリは一瞬、身構えた。それほどに、ユイの表情が険しかった。


「君は本気で、こういう可能性を予測できなかったのか?」

「え?」


 彼の怒気に、ユーリはひとつ息をついた。


「絶対にあり得ないことではなかった。それは確かです――」


 彼女を責めるのは筋違いだ。そんな暇があれば、探しに行くべきだとわかっている。

 なのに、何故か口を付いて出てしまう。その先を続ける前に、ユーリに先を越された。


「あなたは、レヴィシアさんを守ることを最優先に考えられていますね。それこそが改革へ繋がる、と?」

「当然だ。レヴィシアが唱える理想が国の未来だ。それが……レヴィシアからは家族を、国からは未来を奪った俺の役目だ」


 けれど、ユーリの言葉は冷ややかだった。


「そうでしょうか? レヴィシアさんが活動を諦めてしまったとしたら? そのような事態になれば、あなたはレヴィシアさんか、改革かを選ばなければなりません。どちらも並び立たない時、あなたはどうされるのですか?」


 レヴィシアが諦めるのなら、それでいい。つらいのなら、辞めればいい。

 以前にそう口にした。けれどそれは、レヴィシアが決して諦めないと思ってのことではなかったのか。

 もし、本当にレヴィシアが諦めるのだとしたら、自分はそれでもレヴィシアだけを守るのか。

 レブレム=カーマインを手にかけた償いは、どこへ向ければいいのか。

 国の未来が変えられないのだとしたら、絶望に暗く沈んだ人々への贖罪はどこへ行く。

 ユイはとっさに何も答えられなかった。そんな彼に、ユーリは言い放つ。


「迷いは、時に残酷です。どちらか一方を確実に選ぶだけの覚悟がなければ、どちらも失う。どんな状況であろうと、選ばなければならないんです。どうか、揺るぎない決意をして下さい。あなたを誰より頼りにしているレヴィシアさんだから、あなたの迷いは命取りになります」


 眼前の彼女は、強い目をしてそう言った。

 彼女ならば、どんな時でも選ぶのだろう。けれど、誰もがそう強く在れない。


 ユイは答えることもせずに部屋を後にした。

 部屋の中で、ユーリのため息がこぼれる。


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