〈11〉芽生え
休暇を願い出、めでたく受理されたのだが、あまりのあっけなさにゼゼフは自分の価値を知った。
自分はいらない人間なのだと、いつもにも増して落ち込んでいた彼は、ようやく部屋から出た。へこむのを止めたわけではない。食料が尽きたのだ。気持ちは塞いでいても、おなかは空く。こればかりは我慢ができなかった。
寝てばかりでむくんだ顔を擦り、ゼゼフはエイルルーの商店通りへ向かう。日差しは明るいものの、まだ寒さが残る。
とぼとぼと歩きながら、ゼゼフは考えた。ここで燻っていないで、自分にできることを探すべきなのではないかと。
けれど、噂ひとつ流せずにいる自分が、なんの役に立てるのだろう。何かをしなければと思うほどに足がすくんでしまう。我ながら、なんて大それたことを始めてしまったんだろうか。
いっそ、もう行くのを止そうか。
行かなかったら、きっと誰も呼びに来ない。最初からいなかったものと思うだけだろう。
役に立たないだけならまだしも、足を引っ張って取り返しの付かないことになったらどうすればいいのか。
うじうじといじけながら歩いていたゼゼフは、突然ひざの裏を誰かに蹴られ、受身も取れずにただ派手に顔から転んだ。一瞬、何が起こったのかもわからず、ただ目の前に火花が散る。顔を押さえながら振り返ると、そこには数人の少年たちがいた。彼らはきゃっきゃと嬉しそうに飛び跳ねている。
「や~い、うすのろゼゼフぅ」
「ぶたぶたゼゼフぅ」
「泣き虫ゼゼフぅ」
こんな子供たちにまで馬鹿にされてしまう。あまりの情けなさに、ゼゼフは往来のど真ん中で、土の付いた顔を歪めて泣いてしまった。大人なのに、こんなだから馬鹿にされるとわかっていても、悲しみは怒涛のようにあふれ出た。
「うわぁ、きったねぇ」
「どっか行けよ」
「目障りだぞ」
石を投げ付けられても、ゼゼフは避けられない。ごつんと額にぶつかる。痛みが悲しみを増幅させた。
誰も、助けてなんてくれなかった。あきれたように通り過ぎるだけだった。
わかっている。儚げな美少年ならまだしも、自分のように肥った醜い人間に、救いの手はない。いつも助けてくれるシュティマも、この場にはいない。
だから、仕方がない。耐えて、飽きられるのを待つ。それしかなかった。
諦めがゼゼフにとって唯一の、苦痛から逃れる術だった。
けれど、泣き続けるゼゼフと少年たちとの間に割って入った人影があった。その気配に、ゼゼフはシュティマが来てくれたのだと思った。そして顔を上げたゼゼフが見たものは、小さな背中だった。
背も低く、自分をはやし立てる子供たちと同じくらいの目線だ。
「お前ら、こんなの苛めて楽しいか? なっさけないなぁ」
人をくった高い少年の声。相対する少年たちは山猿の群れのようにキーキーとうるさくわめく。
「なんだよ、お前!」
「偉そうに!」
「お前もやられたいのか!」
けれど、割って入った赤毛の少年は、すでに少年たちに背を向けていた。ゼゼフに向かって怒鳴る。
「おい、いつまでも泣くな! 大人だろ! ほら、早く立ちなよ」
ゼゼフは涙を擦ると、立ち上がって少年を見下ろした。
赤い髪に勝気な瞳。両親と共に『フルムーン』に参加している少年、クオルだ。
恥ずかしいところを見られてしまった。今度は耳まで赤くなったけれど、涙は止まった。
「無視すんなよ!」
少年の一人が腹を立ててクオルの肩をつかんだが、クオルはそれを叩き落とすと、強い視線で少年を射る。
「ボクは忙しいんだ。ガキの相手なんてしてられないね。ほら、行くよ!」
顔をしかめて歩き出す。少年たちはとっさに何も返せなかった。日々大人たちの相手をしているクオルにとって、同世代の子供など取るに足らないようだ。
さっさと背を向けて歩く小さな救世主に、ゼゼフは追い付いてすぐに言った。
「あ、あの、助けてくれてありがとう」
仕方がないから助けてくれた。それでも、嬉しかった。胸の中がほんのりとあたたかいもので満たされたが、クオルは顔をしかめる。
「泣くくらいなら殴ってやればよかったのに」
「え? ええ? そんな、子供相手に……」
「その子供相手に泣かされてるような人が、大人だなんて言えるの?」
「う……」
ゼゼフはただ、しょげ返ってしまった。その通りだ。
それにしても、クオルが助けてくれるなんて意外だった。初対面の時から、どう考えたって嫌われていた。ただ単に、こういった集団によるいじめが嫌いな性格なのだろうか。あの両親の息子なのだから、それもうなずける。
「君はしっかりしてるよね。僕、見習いたいよ……」
思わずつぶやくと、クオルはどうでもよさそうに言った。
「爪の垢でよければあげるよ」
「え? ありがとう」
とっさに礼を言うと、クオルは急に噴き出した。
「なんだよ、それ! 変なやつだなぁ」
「あ、ごめん……」
意味を理解する前にすぐに謝る。そんなゼゼフに、クオルは小さく息を吐いた。
「そのけが、うちのお母さんに診てもらいなよ」
石を投げ付けられた額に触れると、ずきりと痛みがあり、指先に血が付いた。
「ほら、こっち」
強く、まっすぐなこの子は、この先も立派に成長するのだろう。
自分はいつか、この子にとって恥ずかしくない仲間になれるのだろうか。
きっと無理だと思ういつもの自分が、何故かこの時ばかりは、いつかではなく今からならなければならないのだと強く訴えかけた。
友情が芽生えました(笑)




