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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈10〉困った欠点

 誘拐事件の調査と平行して行っている、貴族の協力者探しは、順調といえば順調だった。


 リトラはやたらと女性受けがよく、彼を気に入った令嬢の乳母や侍女たちに引き止められ、すでに三軒の邸宅へ招かれている。

 屋敷の主たちは、最初にリトラを見た時、決まってひどく嫌な顔をした。娘に悪い虫が付いたと思ったのだろう。

 けれど、彼が手首にある銀の腕輪をちらつかせた瞬間に態度を軟化させた。

 一時入国者の証。

 これがあるからこそ、ユーリはリトラに調査官役を割り振った。

 例の調査官の噂が耳に届いているのだろう。貴族たちは探るような目をしていた。

 

  ――娘が君を気に入ったようだ。ゆっくりして行ってくれ。


 そう言いながらも、屋敷の当主は娘よりも長く時間を共有しようとする。


  ――その隙のない動きは、何か訓練を受けたのかな?

   もしかして、軍……いや、なんでもない。

   けれど、どことなく、顔立ちがこの国には珍しいような?

   この町には何をしに来たのかね?

   頼みがあれば言ってくれて構わないよ。

   何、私も君が気に入ったんだ。

   それだけだよ。

   ただ、それだけ――。


 と、大抵はこういう話になる。

 リトラは神経が太く、よきに計らえとでも言わんばかりの尊大さだった。昼間から平然とワインを煽り、貴族宅でふんぞり返っている。ザルツは豪奢な部屋のテーブルに、あふれんばかりに盛られた料理や酒にあまり手を付ける気にはなれなかったのだが。


 余裕の笑みを浮かべ、リトラは貴族や富豪と会話をするが、その内容の節々に、この町の上流階級の人間模様を窺わせる。一見すると好き勝手している風だが、リトラは自分の役割を忘れていないらしい。それらは傍らの自分に聞かせているのだと、ザルツは気付いた。

 ザルツの頭の中にはようやく、数名の貴族の名と力関係の構図が出来上がって来た。

 

 そして今、眼前でリトラに熱く語っている小太りで巻き毛の中年男は、メンテナールという男爵である。

 彼はこの町に別荘を持つ貴族の中で身分は高い方ではないが、人に取り入るのがうまいのか、友好関係だけは広いようだ。自分でもそのように述べているし、他の屋敷でも彼の名は耳にした。そのことに嘘はないだろう。

 行く先々で、リトラは滞在している館の主よりも使えそうな人物の話が出ると、決まって同じことを口にする。


「それはすばらしい。ぜひともお会いしてみたいものです」


 そう言われてしまうと、大抵の貴族はひるんだ。

 メンテナールも同様だ。一瞬だけ頬を引きつらせ、それでもすぐに笑顔で取り繕う。


「え、ああ……それなら、近いうちに」


 その交流を自慢げに話した以上、紹介くらいできなければ立場がない。けれど、もし本当にこの男が調査官だとしたら、もっと親密になっておきたい。自分が最も優遇されるように。他を出し抜く切り札となるように。

 そう考えていることくらい、二人には透けて見えた。

 逡巡の結果、時間を稼ぐような言い回しをする相手に、リトラはそれをさせなかった。


「では、明日にでも」

「あ、明日?」

「ええ。お忙しいでしょうが、こちらにも少々事情がありまして。無理にとは申しませんが……」


 無理に、という一部に強い抑揚が付く。慇懃無礼そのものだ。

 それくらいできるだろ? できなきゃお前に用はない。つまりはそういうことである。


「ま、まあ、私が直に頼めば、すぐにでも都合して下さるよ」


 結局、見栄と意地でそう言うしかないのだ。リトラはそんな貴族の性質をよく理解しているかのようだった。ただ、本当に嫌なやつだとザルツは嘆息する。頼もしい限りなのだが。


 最初は、こんな手を使わなくとも、町を歩いていればいいのではないかと思った。ほめられたことではないが、令嬢を使って転がり込む。それを繰り返せばいいのではないかと。

 そう思ったのだが、リトラのやり口にはどうにもならない欠点があった。


 ――町一番の有力者リレスティ領主、クランクバルド公爵。


 目標を高く掲げるのなら、最終的にはそこに行き着きたい。

 そこにたどり着くためには、このやり口では駄目なのだ。何故なら、クランクバルド公爵家には年頃の娘がいないのである。こればかりはどうしようもない。


 後どれくらい、こんなやり取りを繰り返せば、そこまでたどり着けるのだろうか。

 家柄を抜きにして、人間性だけで判断するなら、今のところは本気で国の行く末を憂うような人物には出会えていなかった。目の前のメンテナールを含め、自愛ばかりの俗物がほとんどだ。

 上を見てはきりがないとはいえ、妥協するわけにも行かない。

 今はまだ出会えていないだけで、人格者である貴族もいるのだと期待するしかないのだろうか。


 話がまとまり、また涼しい顔でワインを飲むリトラの横顔をなんとなく見遣った。

 この男が、この瞬間もユーリを気にかけていないとは思わない。

 策を立てるということは、人の恨みも買う。人を傷付けもする。

 頭だけで考える知恵者だったなら、その重みに耐え切れなくなるだろう。事実、ザルツ自身も常にそれを感じている。


 ユーリはどうなのだろうか。彼女は、すべて理解して選んでいるように思えた。

 その強さは、どこから来るのか。

 リトラでさえも踏み込めない信念が、彼女を動かしている。そんな気がした。

  

 リトラの顔立ちが本当にこの国で珍しいわけではありません。そう言って話を引き出そうとしているだけです。

 顔立ちそのものは、外国でも、諸島内ならそんなに変わりはないです。

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