〈9〉何処にいる
隣室で、ユーリはシェインから報告を受けている。
今回、レヴィシア自身は居残りで、自分とは関係のないところですべてが動いている。けれど、こんなことでいいのかと不安になる。作戦の全容も聞かされていないし、疎外感がなくもなかった。
「さて、俺はそろそろ行くよ。色々情報も集めておかないとな」
ひとつ伸びをし、サマルが言う。
彼は常にそうだ。椅子があたたまることがない。
「うん、気を付けてね」
「ああ。そっちもな。じゃ、スレディさん、フィベル、ありがと」
颯爽と去って行った彼の背中を、残った四人は見送る。その後、スレディはフン、と小さく鼻を鳴らした。
「俺たちは用済みか」
「そんなことないよ。ゆっくりして行って。活動に参加してくれたら嬉しいけど」
レヴィシアが微笑むと、フィベルは一見しただけではほぼわからない程度、眉根を寄せた。
「師匠、それに興味ないから」
スレディのことを案じているのだろう。けれど、スレディは弟子の言葉を聞き流していた。ぼんやりとユイを見上げていたかと思えば、急にかぶりを振る。
「駄目だ駄目だ。こういう、棒切れ持たせただけで強ぇってやつはおもしろくねぇ」
困ったようにユイは苦笑する。
「後ろの彼も相当でしょうに」
「え?」
レヴィシアは思わず声を上げてしまった。意外と言ってしまっては失礼だけれど、そんな風に見えなかった。当のフィベルはにこりともしない。スレディも苦虫を噛み潰したような顔をしただけだった。
「こんな糸目の地味なやつ、どうだっていいんだよ。それよか、メンバーの中に創作意欲の湧くような、おもしれぇやつはいねぇのか?」
「おもしろい? おもしろい……」
ユイが駄目なら、リトラも駄目だろう。棍棒を振り回すか素手で殴り付けるティーベットも論外だ。そうすると――。
「ルテアかな」
「ルテア?」
「うん。槍使いなんだけど、いつも携帯できるように槍をいくつかのパーツに分解して隠し持ってるの。組み立てるの、すごく早いんだよ」
それを聞くなり、スレディの目にはわかりやすいほどに生き生きと輝いた。
「そいつはおもしろそうだ! で、そいつは今どこにいるんだ?」
けれど、とっさに答えられなかった。
「え? えっと……どこ?」
思わずレヴィシアはユイを見上げた。そういえば、このところ顔を合わせていない。ユイも詳しくは知らないのか、困ったようにかぶりを振る。そんな二人の様子で、スレディは顔をしかめた。
「なんだぁ? いねぇのか? クソ! 会えねぇと余計に気になっちまう!」
フィベルにはその先が読めたのだろう。すかさず口を開く。
「師匠、他の仕事残ってる」
けれど、スレディはその頭を叩いた。
「うるせぇ。そいつに会って、おもしろそうだったらそれでいいんだよ! やる気に水差すなって、何度も言わせんな!」
そんな二人のやり取りを、レヴィシアはぼんやりとすり抜けた。急に、ルテアがいないことが不思議に思えて仕方がなかった。
何故、いないのだろう。
どこかへ行く前に、知らせずに行ったことはほとんどない。そもそも、そばにいないことの方が少ない。
レヴィシアの考えが手に取るようにわかったユイも心配そうに彼女を見た。
そんな時、隣室からユーリとシェインが戻った。ユーリの顔を見た途端、レヴィシアは考えるよりも先に尋ねていた。
「ね、ユーリ、ルテアはどうしてる? みんなと一緒に噂を流しに行ってるの?」
ユーリの隣にいたシェインが何故かぎくりとのけぞる。けれど、ユーリは動じなかった。にこりと微笑んでいる。まるで考えが読めない。
「計画のために動いてもらってるよ」
「どんな風に?」
「えっと、人攫いの拠点を突き止めてもらう役だよ」
「突き止める? どうやって? 誰と組んでるの?」
そんなに簡単に突き止められるとは思えない。詳細を尋ねようとするレヴィシアに、シェインはハラハラとした視線を送っていた。ユイもそれに気付き、口を開きかけるが、それを遮るようにはっきりとした口調で、ユーリは言った。
「単独だよ。囮だからね」
二の句が告げなかった。開いた口が塞がらず、間抜けな顔をしていたと思う。心臓が一度止まってしまったかのような感覚だった。
「な、なんで……」
ようやく言葉が出た。けれど、その後に続いたものは、自分でも驚くような大声だった。
「なんでそんなことさせるの!」
けれど、ユーリは眉ひとつ動かさなかった。きれいに微笑んでいる。笑顔で心を隠す彼女は、リッジを思い起こさせる。ここで感情を表してくれたなら、多分すぐに謝った。けれど、彼女は微笑むだけだ。
「なあ、嬢ちゃん、落ち着けって。ルテアは自分の身は自分で守れるから」
シェインが宥めにかかる。けれど、レヴィシアは続けた。
「すぐに止めさせてよ!」
もう、仲間が欠けるのは嫌だ。怖い。
それでも、ユーリはかぶりを振った。
「もう無理だよ。さっそく、エサにかかったみたいだから」
平然と口にする。彼女にとって、ルテアはほとんど口を利いたこともない相手で、すぐに別れることになる人間だ。心配なんてしないのだろう。適任だからと、任命した。あまりの合理的な考え方に、レヴィシアは強く反発する気持ちを覚える。
「ひどい……」
のどを押さえたレヴィシアは、震えが止まらなかった。
大丈夫、すぐに戻って来る。戻って来ないなんて考えの方がどうかしている。必死でそう考えるのに、自分は騙せなかった。
そんなレヴィシアの肩に、ユイがそっと大きな手を乗せた。
「このところ、色々なことが目まぐるしくあったから、気持ちの整理が付かないんだ。仲間が危険な目に遭うと思うだけで不安が拭えない。申し訳ないが、理解してくれ」
と、ユイはレヴィシアを庇うようにして言った。ユーリはそっとうなずく。
「仲間の身を案じるのは当然です。私も、ひどいことを頼んだという自覚はあります。……ただ、不安でも恐ろしくても、信じてほしいとしか、私からは言えません」
その柔らかな声音で、レヴィシアは泣き出しそうだった自分を馬鹿だと罵った。
きっと、ザルツもこういう策が必要な時は同じことをして、一人で傷付いただろう。それを回りに覚られないよう、平然と振舞ったはずだ。嫌な役回りであろうと、誰かがやらねばならない。それを引き受けてくれた人を責めて、傷をえぐって、その上泣いていたら、自分はただの馬鹿だ。
そんな人間に、誰が付いて来てくれるというのだろう。
ひとつ息を吐いて気持ちを落ち着けると、レヴィシアはしっかりとユーリの目を見た。
「何も考えないで、ひどいとか言って……ごめんね、ユーリ」
「私のことはいいよ。謝らないで」
その瞳には翳がない。強い光だった。どうしたら、こう強く在れるのだろうと思う。
けれど、この時点で彼女の覚悟を理解し得た者はいない。




