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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈8〉手の中に


 一方で、宿の留守番組のもとに来訪者があった。

 レヴィシア、ユイ、ユーリの三人は、ドアをノックする音に顔を見合わせる。けれど、そのすぐ後に聞き慣れた声がして、安堵した。


「俺だ。サマルだ」

「今開けるよ」


 そう言って椅子から立ち上がったレヴィシアよりも先に、ユイが扉を開く。ただ、相手はサマルだというのに、何故かユイは距離を取った。


「大丈夫だって、敵じゃないんだから」


 慌てて付け足すサマルの声がする。レヴィシアが駆け寄ると、サマルの背後にはふたつの人影があった。サマルは素早く二人を中に押し込み、扉を閉める。

 レヴィシアは、そのうちの一人を見て、とっさに言葉が出なかった。すると、向こうから声がかけられる。


「よぅ、また会えたな」


 警戒を解かないユイの隣にいながら、レヴィシアはこの再会を心から喜んだ。


「スレディさん!」


 もう一人の、額にバンダナを巻いた糸目の青年は知らない。けれど、この水面の波紋のような目をした老人は、間違いなく知っている。

 以前、鉄格子の向こうから話しかけてくれた人だ。二度と会うことはないと思っていたのに。


「その驚き方は、なんにも聞かされてなかったって顔だな。おいコラ、垂れ目」

「サマルですってば。いや、びっくりさせてやろうと思って、黙ってました」


 レヴィシアは二人のやり取りに唖然とする。


「うん、びっくりした」


 すると、サマルはにやりと笑った。


「ほら、前に俺、アスフォテの町に通ってただろ? あれがスレディさんのところだったんだ。武器職人のスレディさんを引き込もうとしてたってわけ」

「で、成功したんだ? すごいすごい」


 嬉々とするレヴィシアに、スレディの後ろに控えた青年がぼそりと言う。


「サマル君のお陰?」


 つぶやきに近いのに、嫌にはっきりと聞こえる。サマルは嘆息すると、彼はフィベルというスレディの弟子だと紹介した。


「んなわけねぇだろ。誰がこんなこうるさい垂れ目のために動くかっての」


 と、スレディは白い左眉を跳ね上げた。そんな師匠に、弟子は言う。


「師匠、本題」


 スパンッ、とスレディはフィベルの頭を思い切り叩いた。けれど、フィベルは顔色ひとつ変えない。きっと、慣れているのだろう。

 スレディは肩から提げていたカバンから、白い布に包まれた何かを取り出した。それは細く短い。それを手渡され、レヴィシアは戸惑ったけれど、スレディの目はとても穏やかに見えた。


「これはレヴィシアのための武器だ。少なくとも、俺はそのつもりで作った」


 レヴィシアは以前、町の駐屯兵に捕まり、その時に愛用していた短剣を失くしてしまっていた。サマルがそれを伝えて用意してくれたのだ。突然の再会も嬉しかったけれど、協力はできないと言っていたスレディが、自分のために作ってくれたという事実が更に嬉しかった。


「ありがと、スレディさん」


 素直に笑って礼を言う。まっすぐな感謝にスレディは少し戸惑ったように見えた。

 包みは随分と軽く、長さは手の平から少しはみ出す程度でしかない。レヴィシアはその包みをそろりと開いた。

 まず目に入ったのは、艶やかな白だった。筒状のそれには、光沢の中に波打つ模様が浮かんでいる。


「そこの先端のつまみを倒すと、刀身が出る。軽量化を意識して、コンパクトに作ったからな。服の下に忍ばせられる。ベルトも一緒に用意しておいたぞ。あ、刀身は出したらちゃんと固定しろよ」


 スレディが言うように、銀のつまみを倒すと、研ぎ澄まされた刀身が微かな油の臭いと共に現れる。柔らかな青い光。曇りのない輝きだった。柄と刃の間には丸く輝く乳白色の月長石ムーンストーンが象嵌されている。


「ザルツがさ、レヴィシアが身を守るためのものだから、いくらかかってもいいから、最高のものをって言ってくれたし」


 と、サマルが笑う。

 前の短剣は、父から貰った大事なもの。それを手放した後、誰にも言わなかったけれど、ひどく不安で仕方がなかった。けれど、ここにまた、新たな思いがある。

 丸い月は、理想の姿。手を伸ばしても届かないものが、震える手の中にあった。

 レヴィシアはそのダガーを胸に抱き、そっと目を閉じた。


「ありがとう。これからあたし、もっとがんばれるよ」


 そんな姿を、スレディは満足げに眺めた。



 そんな穏やかな空気は、新たなノックの音で一変する。少し荒々しい。


「おい、ユーリ! シェインだ。報告に来た」


 その途端、ずっとレヴィシアたちを微笑んで見守っていたユーリが、表情を厳しくした。彼女が扉を開くと、シェインは急いで中に入ったが、見知らぬ老人と青年に面食らっていた。


「あれ? サマルと……この二人は?」

「ああ、武器職人のスレディさんとフィベル。敵じゃないから大丈夫」


 サマルが説明すると、シェインはあれだけ慌てて報告に来ていたというのに、報告そっちのけで目を輝かせた。


「スレディ? もしかして、レイシェント=スレディか?」


 スレディはシェインの担ぐ透かしの鍔の剣に視線を留めた。


「ほぉ。随分と懐かしいのを持ってるじゃねぇか」

「師匠、昔の?」


 スレディはガリガリと頭をかいた。


「ん、ああ。随分前のな。今見るとつたなくて、叩き折りたくなる」

「おい、作ったのはあんたでも、今はオレの相棒だ。けなされたら黙ってないからな」


 いつも手入れをして、大事に使っている。それを知っているから、この言葉は本心だと、レヴィシアは思う。それが伝わったのか、スレディもどこか照れくさそうだった。


「そりゃあすまねぇな。そいつに魂があるとすれば、アホらしいくれぇに喜んでるだろ」


 いきなり打ち解けた二人。

 けれど、ユーリは少し焦れているようだった。


「すみませんが、報告を」


 シェインはようやく思い出した。


「あ、悪い!」


 両手を勢いよく合わせる。けれど、シェインは一瞬言い淀んだ。それを察したユーリはうなずく。


「では、隣の部屋で窺いましょう」


 その時、レヴィシアは妙な感覚を覚えた。嫌な予感と言ってしまえばしっくり来るような、そんな感覚だった。

 シェインはユーリの後に続き、部屋を出ようとする。その背にある剣に、スレディは手を伸ばした。


「師匠、駄目」


 それを、フィベルがつかんで止める。スレディはチッと舌打ちした。やっぱり、視界に入ると叩き折りたくなるらしい。職人とは、厄介なものだ。

 

 シェインとスレディ作の剣との出会いは、この国に来た直後のことでした。だから、まだ一年半くらいですね。

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