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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈6〉囮作戦


 その時、ルテアは単独でリレスティの町を歩いていた。

 集会の後、ユーリに呼び止められたルテアは、にっこりときれいに微笑む彼女に、何故か不穏なものを感じてしまったのだが、その予感は正しかった。ユーリの言うことはとんでもなかった。


「人攫いの拠点、早く突き止めたいんだ。だから、できたら囮を用意したいな、なんて」


 かわいく言われたが、言っている内容はひどい。


「それって……」

「そう。頼んでいい?」


 要するに、人攫いに攫われろと言っているのである。ルテアが口をあんぐりと開けていると、ユーリは苦笑した。


「危ないから、ある程度身を守れる人じゃないと駄目だし。ルテア君は戦闘員なんだよね? 君が適任かなって。嫌なことをさせるけど、がんばってくれないかな?」


 もしここで断ったら、彼女は、じゃあ自分が行くとか言い出すのではないかと思った。そんなことになったら、リトラはどういう反応をするのか。考えただけで恐ろしかった。

 それに、これは自分たちの戦いで、本来ならユーリがこんな嫌な頼みごとをする必要はない。嫌な役を進んで引き受けてくれたことを感謝しても、恨む筋合いはないはずだ。


「あんたたちに直接関わることじゃないのに、損な役回りだな」

「私は関わった以上、できる限りのことをする。それが答えでは駄目かな?」


 強い瞳だ。レヴィシアが時折見せる覚悟に似た、信念。彼女にはそれがあるように思えた。

 だから、ルテアはかぶりを振る。


「いや。むしろ、ありがたいよ。……わかった。具体的にはどうしたらいい?」

「えっと、人通りの多いところと少ないところを交互に歩いて。あの噂は流さなくていいよ。構えず、隙を作って歩いていれば、それでいいから。もし人に声をかけられたら、この町には職を探しに来た、親兄弟はいない、それを強調して」

「……了解」


 それから、とユーリは少しだけ目を伏せた。


「首尾よく拠点に潜り込めて、先に捕らわれている人がいたら、その人を勇気付けてあげてね。必ず助けは来るからって」


 常に怜悧で、情に流されないのかと思えば、そういう細やかさもある。そんな彼女に、ルテアは力強くうなずいた。うら若い策士は、ほっとしたように微笑んだ。

 つられてルテアも微笑んだが、その途端にユーリはこまごまとした注意点を挙げた。無理難題だと、ルテアはがっくりとうな垂れる。




 そんな経緯で、ルテアは町を歩くのだった。隙を作れと言うが、そう言われると逆に構えてしまう。

 実は、少し距離を置いて、常に誰かが連絡係として張り付いている。今日はサマルのようだ。

 町の中では、何度か見知った顔に出会った。

 お互いに素知らぬ振りで通り過ぎるが、リトラがドレス姿の女性と親しげに話しているのには驚いた。

 

 ルテアは囮として町を練り歩き始めた翌日、本当にこんなことをしていて効果があるのかとすでに疑っていた。ただ歩くのにも飽き、ぼうっと考え事をし始める。

 ふと考えたのはリッジのことだ。


 リレスティの南に出没したのは、もしかして、この辺りの貴族に取り入って隠れているからではないだろうか。実際に、ルイレイルの町の領主を抱き込み、その領主館をアジトにしていた。領主と交渉をしたのはすべてリッジだという。

 彼なら一見従順そうに振舞うことくらいなんでもない。甘言を弄し、貴族であろうとも騙せるだろう。また、同じことをしているような気がした。

 考え出したらきりがないことだ。

 ただ、油断が命取りにもなる。自分の命なら、油断の責任と言えなくはない。他の誰かであって欲しくないだけだ。



 力を抜けと言われたにもかかわらず、ルテアの眉間には縦皺が刻まれ、こぶしは強く握られている。けれど、ある意味で隙はあったのかも知れない。あまり正面を見ていなかった。

 人々の行き交う往来で、ルテアの眼前が黒く染まった。その瞬間、軽い衝撃があり、少しよろける。


「おっと」


 白い手袋の両手がルテアの肩に乗った。見上げると、すっきりとしたくせのない面立ちの紳士が、自分を覗き込んでいる。


「考え事か? けれど、前は見るようにな」


 細身の体に黒い燕尾の揃い。整えられた薄い口髭。四十代くらいだろうか。笑顔には品があった。

 多分、それなりの身分の人間だろうが、そうした人間が往来を歩いていることに違和感もある。


「あ、はい、申し訳ありません」


 ただ、ぶつかったのはこちらの不注意だ。ルテアは素直に謝った。

 すると、紳士は快活に笑う。


「いや、随分深刻そうな顔だね。心ここにあらずといったところか。何か心配事でも?」

「いえ、特には――」


 素で否定しかけたルテアは、不意にユーリの言葉を思い出した。そうだ、誰が聞いているのかわからない。一応、言っておくべきだろう。


「ただ、この町にやって来たものの、職がなかなか見付からず、どうしたらいいのか思案していたところです。親兄弟もいないので、一人食べて行ければ十分なんですが、それさえ難しい世の中で……」


 信憑性を出すため、ルテアは旅をして来たというように荷物を背負っている。

 紳士はルテアの肩に添えていた手を小刻みに震わせた。その身の上を哀れんでくれたのだろうか。


「それは……苦労したな。いや、けれど、君のようにしっかりとした若者なら、働き口くらいいくらでも世話をしてあげたいものだ。……これも何かの縁なら、私のところで働いてみないか?」


 本当に職をあてがわれても困るルテアは、面倒だからこのまま逃げてやろうかと思った。けれど、この紳士は見るからに上流階級のようだし、お近付きになっておけば、今後の活動の助けになるかも知れない。とりあえずはそう考えた。


「本当ですか? それが叶うのなら、よろしくお願いします」


 演技が下手なルテアは、無感動な声で言った。それでも彼は気にした風ではない。


「私はヘイマンという。君の名は?」

「ルテアです」


 偽名も必要ないだろう、と普通に名乗った。


「そうか、いい名だ」


 ヘイマン卿はそう言って微笑んだ。


「では、ルテア、今からでも来られるか?」

「はい。もちろんです」


 と、うなずく。

 背後にいるはずの連絡係――シェインはどう判断するだろうか。これがどういう状況なのか、ルテア自身にもよくわからない。


 もう少し、流れに逆らわずにいよう。

 どこへ流れ着くのか、それを待つ。


 ちなみに、ルテアが動き出したのは集会の次の日からです。

 なので、この出会いは三日目の出来事です。

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