〈5〉彼の手腕
ゼゼフとシュティマのそんなやり取りがあった、その少し前に遡る――。
噂が微かに広がり出した頃から、リレスティの町を二人の青年が並んで歩くようになった。
リレスティは上流階級の人間が多いため、服飾店や宝石店、少し値の張るような店が立ち並んでいる。そのショーウインドーの前には主を待つ馬車や従者も連なっていた。
リトラは気楽なもので、物珍しげに辺りを見回している。ユーリを外へ出さないようにしたので、心配事がなくなったのだろう。
こうしていると、最初に会った頃の突き刺さるような鋭さは、少し薄らいだように思う。それでも十分に謎めいていて、得体が知れないのは確かだけれど。それはユーリも同様なのだが。
彼らに対し、もしかするとという仮説はある。ただ、それが信じがたいことのように思えて、未だに確かめることはできなかった。確かめた途端、多分二人は協力を拒む。そう思えた。
そんなことを考えながらザルツは歩いていた。リトラは会話をするつもりもないようで、黙々と歩き続ける。かと思うと、町並みにもすでに飽きたのか、重々しく嘆息した。
「ただ歩いて待つのは時間の浪費だな」
「そうは言っても、あまり目立つ動きは困る」
調査官を装うなら、まず人目を気にしてほしい。隠密調査と言いつつ、目立つ行動を取るなど論外だ。
そんなザルツの心配を、リトラはまるで汲み取ろうとしない。どうでもいいからさっさと終わらせて去りたい。それだけのような気がした。
「とりあえず、貴族の家に転がり込めればいいんだろ」
と、いとも容易く言う。それができたら苦労はない。
ただ、リトラはザルツには到底真似のできないような手段を取った。
彼がしたことといえば――一点を集中して見た。ただそれだけだったのだが。
ザルツがその視線をたどると、その先には供を引き連れ、煌びやかなフリルのドレスに身を包んだ令嬢がいた。リトラは一言も発することなく、離れた位置で立ち止まると、ただ視線だけを彼女から外さずにいる。
世間知らずな令嬢は、途端に白面を真っ赤に染め上げた。どこか謎めいた雰囲気のある男性からの熱い視線は、きっとしばらく忘れられずに残るだろう。リトラは、最後に少しだけ口の端を軽く持ち上げて笑った。令嬢はぼうっと虚ろな目でリトラの背を視線で追う。ザルツが歩きながら振り返ると、令嬢はお付のメイドに体を揺さぶられていた。
「さ、次」
この男は、とザルツはあきれるしかなかった。
これを繰り返すこと数回。ザルツはなんとも複雑な心境だった。
「……ユーリの前ではこんなことしないんだろう?」
ため息混じりにつぶやくと、リトラは途端に鋭い眼を向け、牙をむくように言った。
「あいつに余計なことは言うな」
「…………」
ただ、ザルツが思う以上にリトラのやり口は効果的だったのである。物思いにふける令嬢たちの口から、その家族へ、その謎めいた青年の存在が語られるのだった。




