〈2〉限られた時
内戦続くシェーブル王国の南東の森の中、ひっそりと打ち捨てられた館。
できることならば、二度と足を踏み入れたくなかったその場所に、一同はいた。うらぶれたその場所に集った若い男女の集団は、人知れず集会を開くためにこの場を選んだのである。
内情が不安定なこの国で、これだけの人数が集まれば、反乱を企てる不穏当な集団なのではないかと、あらぬ疑いをかけられても仕方がない。
ただし、彼らにとって、それはあらぬ疑いではない。
彼らこそ、この国に多く存在するレジスタンス組織のひとつ、『フルムーン』の主要メンバーだった。
空席の王座が長く続き、隣国レイヤーナの干渉を受けるこの国は、レイヤーナの属国に成り果てるという最悪の事態に対する抵抗が盛んなのである。ただ、『フルムーン』の掲げる目標は、レイヤーナに対する抵抗のみではない。彼らが目指すものは、民主国家。『王様のいない国』の実現である。そういった意味では、少々特殊な組織かも知れない。
そして、この組織が特殊であるもうひとつの理由は、そのリーダーの存在だった。
レヴィシア=カーマイン。若干十六歳の少女である。
彼女は、同じくレジスタンス活動家であったが、志半ばで倒れた父親の遺志を継ぎ、組織を旗揚げした。
ただし、本人は至って普通の少女である。統率力に優れるわけでも、戦闘力に秀でているわけでもない。それでも彼女がここまで戦い抜いてこられたのは、仲間たちのお陰である。彼らに力になりたいと思わせ、彼らを繋ぎ合わせることこそ、彼女の最大の能力だった。
「もう、ここには来たくなかったのに……」
栗色をした、短めの前髪とポニーテール。まだ幼さを残したかわいらしい顔立ちをしたレヴィシアは、大きな青い瞳を曇らせた。
「けど、ここなら目立たないんだから、仕方ないだろ」
隣でそう返した、中性的な顔立ちをした少年は、ルテアといった。レヴィシアとは父親が親友同士という間柄で、再会してからというもの、ずっとそばにいたかのように気安い関係である。彼自身もレジスタンス組織を結成していたのだが、『フルムーン』と合併し、リーダーの座をレヴィシアに譲って共に活動を続けている。
そんな二人のそばに無言で立つ長髪長身の青年は、ユイという。端整な顔立ちには、常に悲哀が入り混じっている。それも仕方のないことであり、彼自身はレヴィシアを守るためだけに存在するという認識が自他共にあった。
「それでも、絶対に安全とは言い切れない。早く済ませるに越したことはない」
眼鏡を押し上げながらそう言ったのは、ザルツという青年だった。レヴィシアの幼なじみである彼は、組織の参謀にしてパトロンである。文字通り、組織の核だ。
「リッジのこともあるし……」
不安げにそうつぶやいたのは、ショートカットのすらりとした美人だった。レヴィシアの姉のような存在で、プレナという。彼女は少し前に拉致されるという悲惨な目に遭い、最もこの場にいたくない人間だったりする。
「油断はできないけど、さすがにすぐには戻ってこないか?」
浅黒い肌をした垂れ目の青年が口を挟む。プレナの兄、サマルである。彼は情報収集、かく乱を組織一得意とし、いつも忙しく飛び回っている。
そして、彼らの最大の心配事、リッジなる人物は、もともとは彼らの仲間であり、今は組織を妨害するためだけに暗躍する青年である。いつも黒衣に身を包み、黒い髪に黒い瞳と穏やかな微笑を持つ。
彼はこの場所でプレナを人質に、ザルツとサマルを殺害しようと画策した。それを、行きがかりで巻き込まれてしまった二人の旅人により阻まれてしまったのである。
その二人、ユーリとリトラは一時的に活動に参加するということになった。
今回は、その二人を交えた作戦である。それがどう出るのか、今はまだわからない。
「あ、来たよ」
レヴィシアはそう言って手を振る。
他の町に隠れていたメンバーの合流だ。
「レヴィシアちゃん! 遅れちゃってごめんね」
そう言って、まだ幼い赤毛の少年は素早く駆け寄り、レヴィシアの腰にしっかりと抱き付いた。
「あれ? クオルは留守番だと思ってた」
「そのつもりだったんだけど、行くってうるさいし、連れて来た。まあ、物騒だしな」
クオルの父、シェインがそうぼやく。鮮やかな赤毛に、透かしの入った剣を帯びた傭兵である。その妻で医者のアーリヒと共にやって来たのは、ロイズとエディア親子だった。
ロイズはレジスタンス活動の末に投獄され、心身共に傷を負っている。一人で歩行することも困難なため、娘のエディアが彼を支えていた。
「父がどうしてもと言うもので……」
彼女が、背中まであったまっすぐな髪を、突然肩口までの長さに切ってしまった理由を尋ねられる者は誰もいなかった。
もう一人、ロイズを支える逞しい体躯の男性は、ティーベットという。レヴィシアの父であるレブレムと共に活動をしていた人だ。彼は、ユイとは決して目を合わせようとはしない。それも仕方のないことだった。
「なんでも、リッジと会ったとか? そう聞いては、無理もなかろ」
杖をついているものの、不思議と危うくもなく歩いている老人は、最長老のフーディーである。フーディーはロイズを心配そうに見遣っていた。リッジが離反した最大の原因となったロイズを心配しているのだろう。
そして、彼らの背後から、おずおず、おどおどと付いて来た、丸顔でぽっちゃりとした青年。彼はゼゼフといい、組織の新顔だった。
「呼んでいないはずだが?」
抑揚のないザルツの一言に、ゼゼフは涙目になった。慌ててエディアが割って入る。
「たまたまお会いしたので、誘ったのです。いけませんでしたか?」
「いけなくはないが、いても発言しないだろう?」
内気なゼゼフが、大勢の前で意見を述べるとは思えない。事実だが、ゼゼフは落ち込んでしまった。
すると、ぽつりと下から声がする。
「いちいちイジけるなよ」
クオルは女性は大好きだが、男には厳しい。ゼゼフは十三歳も年下の少年の一言に、更に落ち込んだ。
そんな『フルムーン』のメンバーたちを冷ややかに眺めていた青年は、うんざりしたように嘆息した。
鋭い眼光と近寄りがたい雰囲気。鳶色の髪と瞳を持つ精悍な青年は、助っ人のリトラである。もともと乗り気ではないため、投げやりだ。彼と初対面である数名は、彼の放つ空気に凍り付いた。
けれど、彼のそばでその痛々しさを緩和するように微笑んだ女性のお陰で、場の空気が少し和らいだ。チェリーブロンドの短髪を揺らし、もう一人の助っ人であるユーリは言った。
「皆さま、初めまして。私はユーリと申します。こちらはリトラ。私たちは他国からやって来た、旅の者です。今もまだその途中ですので、協力は今回に限ったこととなりますが、どうぞよろしくお願いします」
可憐に微笑むユーリを見て、クオルの表情もパッと明るくなった。後ろを向いてこぶしを握り締める。
「そう、これだよこれ、このトキメキ! こういうのを待ってたんだ!」
ゼゼフもうっとりとうなずく。こちらは眺めているだけで十分なのだが、クオルは自分の年齢を有効活用する術を知っている。精一杯子供らしく無邪気を装い、前に出た。
「うん、よろしくね、おねえちゃん!」
と、ユーリに向かって跳び付こうとしたクオルの顔面を、大きな手が遮った。クオルの顔をリトラが鷲づかみにしている。
「リ、リトラ……」
ユーリは唖然としていたが、リトラは本能的にクオルの本性を見抜いたのだろう。ただ、子供相手に大人気ない、とその場の数名は思った。
「何やってるの!」
「別に」
と吐き捨て、クオルを解放する。ユーリはクオルの視線に合わせて屈んだ。
「ごめんね、大丈夫?」
普段ならここで泣きまねのひとつでもして胸に飛び込むのだが、後ろでにらみを利かせている男がいる限り、それは止めた方がいい。クオルはおとなしくうなずくばかりだった。
こうして自己紹介を終え、ようやく本題に入る。
増えたなぁ……と、しみじみ思いました(笑)




